妄想遊戯のガールズスキャット7

 お昼休みも終わり私はすみれと別れて教室に戻るはずでした。


 世界が塗り変わっていく感覚がありました。それも強く。


 世界はゴッホの風景画みたいな抽象的な情景で延々と続くライ麦畑が見渡せました。


「こっちだよ」


 私が声の方を振り向くとそこには一人の女の子がいました。小学生ぐらいでしょうかセミロングでカチューシャをつけていました。金髪碧眼でどう見ても外国の方でした。

 ゴスロリ服を着ていて、それが様になるという美少女っぷりです。


「はじめましてかな。それともひさしぶりの方が楽しいのかな。特殊なパターンだとどうやって挨拶するべきか悩んじゃうなぁ」


 無邪気に笑顔を振りまきながら私に隣へ座る用へ手招きしました。

 私はそろそろ何とも関わりたくないので、真剣に引きこもりになる事を検討したいぐらいなのですが。この世界では引きこもれそうも無いですね。スマホも圏外で役に立ちません。


「そろそろ私も変な状況になれてきて驚きよりも鬱陶しさの方が強くなってきました」

「そんな寂しいことを言わないでよ、みのりお姉ちゃん」

「どこで名前を?」


 それにしてもお姉ちゃんって響きって素敵ですね。もしかしたら私は妹が欲しかったのかもしれません。妹。私が一方的に欲求をぶつけてもそれを嫌々ながらも受け入れる存在。


 ゾクソクしてきました。


「世界から、私は世界に繋がった訳でも無くて、世界に選ばれた訳でも無いの。世界の代行者とでも言うべき存在だよ」


 少女がそう言うとベンチの形が変形してそのままティーテーブルセットに変形しました。もちろんお茶と茶菓子もセットです。


「私が誰かなんて本当にどうでも良いことなんだよ。ソイツって呼んでも構わないし代行者と呼んでも構わないよ」

「お姉ちゃんは人間としての名前が聞きたいなぁ」

「代行者になる前はミカエルって名乗ってた」

「じゃあカエルちゃんとお呼びしますね。私の事はお姉ちゃんと及びください」


 小学生でソイツ呼ばわりはさすがに気が引けます。確実にケイと美春ともう一人の子が殺した相手だとしても。


「お姉ちゃんってば優しいね。殺すかもしれない相手にそんな風に言うなんて。解ってると思うけど京子を殺したのは私だよ。いきなり会うとビックリすると思ったから挨拶代わりに殺しておいたよ」


 お姉ちゃん。素敵な響き。録音して毎朝のアラームを全部お姉ちゃんにしたいぐらい素敵。


「あぁそうだったんですか」

「反応薄いね」


 まぁ友達が一人減っただけですしね。そこから葬式とか全校集会とかあって、友達同士でなぐさめあったりしたら最悪ですけど、別に存在が消滅したぐらいならどうでも良いです。


「私としては殺しあいとか遠慮したいんですが」


 私はカエルちゃんの分まで紅茶を入れました。紅茶の味はあんまり美味しく感じませんでした。むしろ水?


「それはお姉ちゃんの意見でしょ。望んでるのはお姉ちゃんじゃ無い。だから私はまた殺す。それもまた私の意思じゃないの。世界の代行者だから」

「そんなの止めてずっとお茶しましょうよ。もう授業の遅刻とかもどうでもよくなってきました」


 ケイに引っ張られてるのか私も大分不良が板について来た気がします。


「お姉ちゃんはどうして生きてるのか考えた事ある?」


 それは人間全員が持っていて当然の疑問でした。

 そして私はそれがすっかりと欠如している事に初めて気付かされました。


「……」

「ちょっと待ってよ。そこで答えが来ないと次の話に進まないのよ!?」

「ごめんなさい。死ぬ事はよく考えるんですがどうして生きてるのなんて真面目に考えたこと無かったです。

 そうですねぇ―――

 生きるために考える動物はいっぱい居ますけど、どうして生きるのか考えるのは人間だけです。

 何で人間だけこんな事に悩まなくちゃいけないんですか? 私はクラゲ。クラゲだから悩まないことにします。どうやって生きるかに悩むことにします」


 カエルちゃんはクッキーをお上品に食べていました。

 私もクッキーひとつまみ、こっちもあまり美味しく無い。


「変わってるって言われない?」

「変わってる事を自覚していれば見せたい自分を演出するのはそんなに難しくないんですよ? めんどうですけど」


 それが私の生存戦略です。この子が学校に来て私の友達グループに入ってくるような事なんてまずあり得ないでしょう。何より敵だと自分で断言してます。

 だったら何も自分を作りあげる必要性が解りません。

 友達と話すより敵と話す方が気が楽だなんて……どういうことでしょうね?

 それともこれが妹セラピーと言う奴でしょうか?


「結局死ぬ運命は避けようが無いのにどうして死を避けようとするの?」

「それもそうなんですよねぇ。みんな年金が欲しいからだと思いますよ」


 私の分まで年金制度あるかなぁ。でも小学生にこんな話したくないなぁ。


「ここまで会話が成り立たないと怒る気力も沸いてこない」

「せっかくですから戦う気力も無くしてください。カエルちゃんですよね。ケイと美春ともう一人の子と戦っていたの」

「そうだよ。だから挨拶に来たんだけど、こう、何か違う……」

「私としては和平交渉に来てくれる方が良いんですけどね」


 いや、違いますね。和平交渉なんてもったいないもっと過剰な要求をすべきでしょう。


「私の存在を消してください」

「普通それ要求する?」

「だって私もイマジンの力でどうにか痛み無しで死ぬ事ができるか試してみたんですが、全然出来ないんです。カエルちゃんはその専門家みたいですし、是非ともお願いしようかと……来世は出来ればクラゲでお願いします」


 カエルちゃんは唖然としていました。ティーカップを持つ手が微動だにしません。


「それは出来ない相談だよお姉ちゃん」

「どうしてですか?」

「お姉ちゃんと戦う為に来たんだ。戦わずに死んで貰うと私が困るの、それに今日は挨拶に来ただけ」


 カエルちゃんは立ち上がると麦畑に走って行きました。


「またすぐ会えるよ。でも次に会うときはきっと殺し合う。それまでに考えておいてよ。どうして生きているのか。」

「可愛い女の子との約束ですからね頑張ります」


 恩を売れば楽に殺してくれそうな気もしますしね。


「殺すときは痛くないようにお願いします」

「本当にお姉ちゃんは不思議な人」


 そしていつの間にか私はいつもの学校に戻っていた。時刻もほとんど変化が無く、午後の授業に間に合いそうでした。

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