友人がネズミになった日

おっぱな

第1話友人がネズミになった日

 ______東京・新宿______


 ネオンきらめく街並みは相変わらずである。


 変わった所といえば、あれだ。

 長年工事をしていた南口の前がバスロータリーになった事くらいか。

 新宿までバスで来るか、電車で来るか選べるようになったのは有り難い。


 他は所々、お店の入れ替わりがあったかもしれないが、私の興味をそそるほどではなかった。


 私は5年ぶりにこの街に来た。


 いつも、この駅は混んでいる。

 行き交う名前も知らない人々。

 排気ガスの臭い。男と女。酔っ払い。学生。込みまくっているスタバ。


 映画や小説の舞台にもなっている東京・新宿。

 はっきり言って私はこの街があまり好きではない。

 新宿と一言で言えば事足りるにも関わらず、格好つけて東京・新宿と表現する文化人も嫌いだ。


 「どよーん」「ぬわーん」「ほめえ~」

 そんな効果音がこの街には合っている。


「よう! 久しぶり! 少し、太った??」


 東口ロータリーの奥から人波を掻き分けて、私の元まで来たこの色白で脆弱な身体をした草食系ボーイが、私をここまで呼び出した張本人。


 彼は私の大学時代の友人の佐藤義久さとうよしひさ

 佐藤とは学部は違ったが、同い年で、好きな映画のジャンルが同じという事もあり仲良くなった。

 大学を卒業してからは、私が地元に戻り家業を継いだという事もあり連絡を取っていなかったのだが、数日前、佐藤から突然、私の携帯に連絡があった。


『久しぶり! 今度、呑みにでも行かないか?』

 

 佐藤からの連絡はいつも突然だ。


 私は休みという日が定まっていない。

 用がある時に休みを作る自由気ままな生活をしている。

 佐藤は週末休みという事なので、私が予定を合わせ金曜日の夜に会う事となった。


 

 □ □ □



 新宿駅から少し離れた洋食屋に、私と佐藤は入り、ビールを頼み、乾杯。

 夕食時だというのに、それほど混んでいるわけでもなく落ち着いて話が出来る。

 学生がいないという事も更に良かった。

 

 居酒屋ではない如何にも老舗風の洋食屋でこいつと酒を飲むようになったんだな... ...。

 時間の流れとお互いの成長を沁沁しみじみと感じ、ビールを飲み干した。


「そういえば、岡田は地元帰って、何してるんだ?」


「実家が農家だからな。畑やったり、米育ててるよ」


「へえ~。何か、岡田がトラクターとか乗ってる姿想像すると面白い」


 口の周りに付いた泡が髭のようになっている佐藤は私にそう言った。


「佐藤は何やってんの?」


「普通のサラリーマンやってるよ」


「普通って、どう普通なの?」


「うわ。岡田に『普通』って言葉使うとそう返してくるの忘れてたよ。相変わらず、面倒くせえな」


 なんか懐かしいな。

 学生時代にもこんなやり取りをしていたのを思い出した。

 面倒くさいと人に言われるのは、どれくらいぶりだろう。

 少なくとも社会人になって、私の事をそう言う人間はいなかった。


「そういえば、岡田、彼女いんの?」


「二年くらい前に別れてからいないな」


「まあ、農業なんてやってたらモテないだろうな」


「おいおい。そんな事言うとJAの職員にぶっ飛ばされるぞ」


「JAってなんだ?」


「なんだ?  JAも知らないのか?  田舎もんだなお前」


「なにそれ?  農家ジョーク?」


「そう。これ、地元じゃ鉄板だから」


「ははは」


 佐藤はおもちゃの人形のような甲高い声で笑った。

 変な笑い方も変わってない。


「お前は... ...。その感じだと彼女いそうだな」


 私がそう言うと、佐藤はワザとらしく歯を出して笑い、スマホを片手に彼女との2ショット写真を自慢気に見せてきた。


 可愛い。

 佐藤のくせに写真に写る女性はモデルのような白い肌で目が大きく、ぷるんと柔らかそうな唇。

 そして、何とも言えないアバズレ感があった。


 佐藤は羨ましさから唇を噛みしめる私を見て、見下すようにニヤニヤする。


「で、早く、女紹介してよ」


「えー! 何か、彼女に対する感想ないの?」


「そんなのどうでも良い。はよ。女」


「んー。そういえば、この前、パーティで知り合った子がいるからこの子とかどう?」


 佐藤は『パーティで知り合った女』という如何にもアバズレ感満載の紹介の仕方をし、その女の写真を見せてきた。


 んがわいいい... ...。訳:とても、可愛い。

 そして、写真からでも分かるアバズレ感。


「今日はハロウィンでオールナイト♡」


 FACE BOOKに掲載されている写真には、そのような文章が付けられていた。

 いいね!の数も800あり、一気にアバズレ感が加速した。

 なんだ、こいつサイボーグかよ。

 加速装置でもついてるのかと思った。


「なにこいつ? 加速装置ついてんの?」


「加速装置? なにそれ?」


「あ? まあ、いいわ。他にも女いないの?」


 私は強欲であった。


「うーん。じゃあ、俺の中学校の時の先輩は?」


「そいつ、アバズレ?」


「え!? 何言ってんの? 岡田、面白いね」


 笑い所なんかあったか?

 私は不思議そうに佐藤の事を見た。

 佐藤は再び、スマホを操作するとその中学時代の先輩とやらの写真を見せてきた。


 黒い髪の毛に眼鏡をかけて、如何にも、田舎にいそうな感じの子。

 私は少しホッとすると同時に少し残念な気持ちになった。


「この子だったら、すぐに紹介出来るよ」


「そうか。じゃあ、今度、飲みの席でもセッティングしてくれ」


「OK!」


 私と佐藤は再び、酒を飲み始めた。



 □ □ □


 

 既にビールを中ジョッキ5杯ほど飲んでいたが酔うほどではなかった。

 佐藤も同じくらいの量を飲んでいたが、顔も赤くなってなく、酔っている様子でもない。

 終電で帰る予定だったので、そろそろ帰ろうかと私は時間を気にしていた。


「そういえば、岡田は休日なにしてるの?」


 なんだ、この女子みたいな質問は。

 私は佐藤がサラリーマンになったんだなー。

 とその質問を受けて、そう感じた。


「パチンコ行ったり、アニメみてるかの二択だな」


「へえー」


 興味がなさそうに佐藤はそう答えた。

 そして、聞いてもないのに自分の話を私にしてきた。


「俺は旅行サークルに今入ってて、休みの日は旅行に行ったりしてるよ。あと、社長さんの話が好きだから講演会とか行ってる」


「ふーん」


 私も興味がなさそうに答えた。

 佐藤に対する反抗心でそう答えたのではなく。

 本当に興味がなかった。

 

 百歩譲って、旅行サークルっていうのは何となく分かる。

 休みの日を使って講演会?

 仕事ならまだしも。


「やっぱり、社長さんの話聞いてるとタメになるよね! 社会で成功している人の話は面白いし! そうそう。この間、講演会に行った社長さんは10代で会社立ち上げて、まだ、30代なんだけど、ヒルズに会社があって、年商が30億もあるんだよ!」


「お、おう。すごいな... ...」


「ね! すごいよね!」


 彼は早口になり、少し興奮した話し方で特に有名な会社の社長でもない人の話を饒舌に語る。

 

 ______気持ち悪い。


 熱心な佐藤に対して素直にそう感じた。


 私は別に人の趣味や尊敬している人をバカにするような人間ではない。

 そこらへんの良識はあるつもりだ。

 しかし、その時は佐藤にそのような感情を抱いてしまった。


 余談だが、私は年収ではなく年商で話をする人間が嫌いだ。

 まあ、年収の話をする人間も嫌いだが。

 

 そんな佐藤の社長に対する話は続いた。


 やれ、IT関係の仕事。

 やれ、有名な企業の社長とも仲が良い。

 やれ、彼女が30人いる。


 俺が興味がなさそうにしているのが分かっていないのか。

 分からないふりをして話を続けているのか。

 私はワザと時計を見る回数を多くした。


 ”パーティで知り合った女”

 ”旅行サークル”

 ”講演会への参加”


 佐藤が私を呼び出した理由が分かってきた。

 

 そして、その呼び出した理由とやらが当たっていた場合、私は、佐藤と縁を切る覚悟だった。


 □ □ □


 延々と社長の話を続ける佐藤に私は「そろそろ、帰るよ」と切り出した。


「え? もう少し話そうよ!」


「いや、明日、仕事だからさ」


 明日、仕事というのは嘘だ。


「じゃあ、あと、五分だけ!」

 

 佐藤は肩を掴み、立ち上がろうとした私を無理矢理、着席させた。

 そして、おもむろに大きなリュックサックからA4サイズの紙を取り出す。

 何回も読んでいるのか、その紙はシワシワになっており、至る所にシミのような跡が付いていた。


「岡田。さっきの話聞いてた?」


「聞いてない」


 飲み始めた時の楽しい雰囲気はもうそこにはなく、お互いに何かを牽制するような空気が流れている。


「岡田。今の人生に満足してる?」


「してるよ。朝、決まった時間に起きて、田んぼの様子見に行って、近所の爺さんとくだらない会話して、酒飲んで寝る」


「それで、満足なの? 俺は、最低でも年収一億くらい稼げる大人になりたいし、キレイな女と付き合いたいよ。ヒルズにも住む!」


「まあ、いいんじゃないか。人生の満足感なんて人それぞれだよ」


「年収一億欲しくない?」


「欲しくない」


「ヒルズ住みたくない?」


「住みたくない」


「キレイな女と付き合いたくない?」


「付き合いたい。でも、別に付き合えなくても良い」


 オウム返しのように答える私に佐藤はイライラしている様子だった。

 これまでの一連の流れで80%私の予想は当たっていると思う。

 ただ、100%ではない。


 佐藤は友人だ。

 可能であれば、友人のままでいたい。

 

 だが、私の切な願いは叶う事はなかった... ...。


「とりあえず、この文章読んでみてよ!」


 佐藤は右手に持っていた紙をテーブルの真ん中に置いた。

 A4サイズの紙にビッシリ書かれた文字を見るのが面倒だった訳ではないが、私は佐藤に冷たい言葉で返した。


「いや、興味ない」


「まじで読んで。人生変わるから... ...」


 先程とは明らかに声のトーンが低く、小さくなっている。

 子犬のように震える佐藤。

 そんな、佐藤に少し同情し、一応、目を通すそぶりを見せた。


「読んだよ」


「どうだった!?」


「興味ない」


「もっと、ちゃんと読んでよ!!!」


 佐藤の声は人が少なくなった店内に響いた。

 このままでは、しばらく、帰してもらえないだろうな... ...。

 

 そう思った私は、自分から核心を突いた。


「お前、マルチだろ?」


 佐藤の表情が一気に強張った。

 言葉に攻撃力があるのなら、効果は抜群だ!

 と言ったところか。

 

「あー。岡田。そう思うんだ」


「いや、どう見てもそうだろ」


「確かにね! でも、これは違って... ...」


 佐藤は弁解の言葉を並べていった。

 もしかしたら、本当にマルチとは違うのかもしれない。

 ただ、私の中で結論は出ていた。


「まあ、どっちにしろ、本質は一緒でしょ?」


 そう言うと、佐藤は黙ってしまった。

 そして、私に憎たらしい言葉を浴びせる。


「あー。やっぱり、岡田は騙されなかったか」


「まあ、お前から連絡来た時点で予想はしてたからな」


 私がそう予想出来たのには一つの理由があった。

 一つの理由があったと格好つけて言ってはいるが、単純に前に騙されそうになった経験があったからだ。


 

 ◆ ◆ ◆



 本屋で立ち読みをしていると後ろから見知らぬ女性に声を掛けられた。


「その本好きなんですか? 私も好きなんですよ!」


 彼女の名は真知子と言った。

 

 それからラインを交換して二回ほど飲みに行った。


 真知子も社長がどうの、転職がどうの、ボランティアだの言っていた。

 

 まあ、一回ヤレたらいいやと思っていたので興味がない話も笑顔で聞けた。


 そして、真知子は私をパーティに誘ってきた。


 最初は興味がなく「いや、行かないよ」と言っていたのだが、真知子の「女の子たくさん来るよ!」という魔法の一言に釣られてしまった。


 パーティは楽しいものであった。

 10帖ほどの小さなバーに合計で30人ほどの男女。

 酒を飲んだり、レクリエーションをしたりした。


 何より、可愛い女の子が多かった。


 また、行きたい。


 何も知らない私はそう思い、そこの代表者とやらに元気に挨拶までしてしまった。


「はっはっはっ! 君、素質あるよ!」


「ありがとうございますぅぅぅ!!!」


 素質?

 その時はよく分かっていなかった。


 パーティの帰り、都内にいた時によく通っていたバーに久々に顔を出した。

 そこでマスターに今までのいきさつを話すと、マスターは笑いながら私に言った。


「はっはっはっ! それは、マルチだから、もう行かない方がいいよ!」


「マルチ? 何それ?」


「簡単に言うと詐欺みたいなもんだよ。でも、詐欺じゃない。法律の抜け穴を上手く利用してるからね。ハッキリ言って、グレーゾーン」


「グレーゾーン? 脱法ハーブみたいなもの?」


「おっ! 分かってんじゃん! そういうこと~」


 マスターは、オネエのような口調で私に、マルチについて教えてくれた。

 オネエ口調になるマスターの事を「マスターも、グレーゾーンだな」と思ったのはマスターには内緒だ。


 それから、私は真知子と連絡を取ることを止めた。

 

 


 ◆ ◆ ◆




 店を出て、私と佐藤は人混みに紛れ、新宿駅に向かって歩いた。

 店の代金はすべて私持ちだった。

 「奢れ!」などと言われた訳ではない。


 最初は佐藤が「奢るよ」と言っていたのだが、私が自ら「今日は俺が出すよ」と佐藤に申告したのだ。


 変な借りを作りたくないと思ったのもそうだが、一番は佐藤に同情したから。


 マルチには種類が色々とあり、一概に悪とは言い切れない。

 本当に、良い物もあるかもしれない。

 ただ、佐藤の薦める”お金持ちになる本”はそれとなく悪に近い印象を受けた。


 「色んな人に薦めた」「地元には、もう、帰れない」「もう、親に薦めるしかない」

 と駅に到着するまで、佐藤は騙されなかった私に対して恨み節を言う。

 私は佐藤と目を合わす事すらしなかった... ...。


 佐藤にはノルマがあり、その商品を売るか、新たな人を上司? だか誰かに紹介しないと商品を買い取りしなければいけないらしい。

 度々、消費者金融からお金を借りることもあるそうだ。


 ノルマ達成のために商品を買い取りするという行為は別に普通の会社でも営業がやっていることだ。

 特に珍しいことでもない。

 会社は「勝手に本人が自ら買った」と言えば、事足りるだろう。


 正直、何が白で黒でグレーなのか農業をやっている私にはよく分からない。

 ただ一つ言える事は、それでも、社会は回っているという事だ。


 


 □ □ □




 終電間際の新宿駅の改札前には来た時よりも多くの人がいる。

 終電が間に合わずに絶叫する若者。

 酔いつぶれて寝るサラリーマン。

 私は既に終電を逃していた。


 だが、佐藤にそれは伝えなかった。

 佐藤も薄々、私が終電を逃した事に気付いていたかもしれない。

 だが、佐藤は私に何も言わなかった。


「じゃあ、俺、そろそろ」


 そう切り出したのは佐藤の方からだった。


 私は咄嗟に佐藤に握手を求めた。

 佐藤も右手を差し出し、お互いにガッチリと握手。

 普段、私は力を込めて握手をする事はない。

 変にやる気がある奴だとか、バイタリティー溢れる奴と思われたくないからだ。

 

 しかし、佐藤と交わした握手に私は力を込めた。


 もう、佐藤と会う事は一生ない。


 佐藤がどこで死のうが関係ない。


 もう縁は切った。


 だが、佐藤とは数時間前までは友人だったことに変わりはない。

 彼の進む道は険しい道だ。

 成功する為には汚い事をしなければいけないかもしれない。


 目つきも服装も言葉も心も変わってしまうかもしれない。


 逮捕されるような事をするかもしれない。


 私の知る”佐藤”に会うのは今日で最後。


 だけど、もし、次に会う機会や見かける機会があったなら遠目からでもいい。

 昔の佐藤であって欲しい。

 面影だけでも残っていて欲しい。

そう願う私は偽善者なのかもしれない。


 もう、佐藤と縁は切った。

「頑張れよ!」なんて言葉はかけたくないし、かけられない。

 だけど伝わって欲しい。「頑張れ!」という気持ちが... ...。


「それじゃあ、またね」


「... ...」


 私は佐藤に声をかけずにゆっくりと頷いた。



 □ □ □



 佐藤を見送り、当てもなく夜の街をぶらついていると「そうだ。南口を見に行こう」と思い、記憶を頼りに南口のバスターミナルの場所まで向かった。


 バスターミナルに到着すると、工事の時からは想像もつかないほど近代的な様相に圧倒された。

さすが都内最大級のバスターミナル。バスの本数が多い。

 長年工事していただけある。


「あっ」


 停車中のバスの行き先を見ていると私の地元の駅まで出ているバスがあった。

 終電を逃し、漫画喫茶かカプセルホテルを覚悟していた私には嬉しい出来事だった。


 捨てられるゴミ。待ち時間が長い横断歩道。高いビル群。


 私は新宿が嫌いだ。


 それは今後も変わりそうにない。


 だが、このバスターミナルの事は少し好きになった。


  次、新宿に来る時はバスで来てみよう。


 私は車窓から変わり行く風景を眺めながらそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友人がネズミになった日 おっぱな @ottupana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ