始まり

第41話 1893年7月23日 アメリカ合衆国 ルイジアナ州 ニューオーリンズ ミシシッピ川 セント・カタリナ号

南北戦争終結から28年後の1893年のアメリカ合衆国は熱暑の限り

そして、ニューオリンズのミシシッピ川の半ばの波止場、蒸気船セント・カタリナ号の上部先頭甲板は、ただ賑わう

クラシカルな紳士淑女が行き交う中、蒸し暑さを諸共しない、自然とアメリカ合衆国に馴染む、若き見た目日本人三人組


最新鋭のスーツが馴染む、階上喜一郎

「なあ、挨拶に出る程、そんなに熱いものか、ミシシッピ川、」

同じく最新鋭のスーツが馴染む、草上一之丈

「さあな、平安に出仕していれば、こういう蒸し暑さ慣れたものだよ、それより、俺達、見た目日本人だから、珍しくも挨拶してくれるんだろうさ、気性は良い国じゃないのか、」

澄まし顔で挨拶を待つ、ハイネックの白い格子柄のデイ・ドレスでの三笠ガブリエル慶子

「ねえ、それ違うわよ、私の馴染みのドレッサーにお願いして仕立てて貰ったスーツだからよ、」

喜一郎、不意に

「ネクタイって奴か、ボータイの方が、皆と一緒で目立たないだろ、」

一之丈、神妙に

「目立つも何も、皆鼻筋通っているが、日本人だからな、今更だろ、」

慶子、怒りも露わに

「だからね、一之丈も喜一郎もスーツがお似合いなの、だから話しかけられるのよ、もう、」

喜一郎、流暢にも

「I am speaks English as fluently as if he were an American. How is this?」

一之丈、ふわりと

「I don’t know. Even if the business to Mexico is canceled, do not forget the Spanish.」

慶子、神妙にも

「もう、流暢な英語で離すと、それで通す羽目になるわよ、」

一之丈、喜一郎、共に視線も遠く

「それ故に、放っておけないものか、」

慶子、くすりと

「何れも放っておけないわ、もうね、その掛け合いも慣れたわよ、」真顔に戻り「そう、良いのよ、追跡したら、もうこんなにも、捕らえられた大方が子供ばかりなんて、本当呆れるわ、一之丈と喜一郎から、振り切っても逃げれるものじゃないのにね、」

一之丈、神妙に

「とは言え、開放した皆、帰る場所がもはやアメリカなんてな、リンカーンの奴隷解放宣言は受託されても、そして、今日のこの地に至るのがな、それでも新しい国アメリカ合衆国なら、共に助け合って行くだろうさ、ここは祈ろう、」丹念に十字を切る

喜一郎と慶子も共に丹念に十字を切る

喜一郎、不意に

「さすが一之丈と言うべきか、御所の指南役は、言葉で収めようというのが、相変わらずなのか、そこが一之丈の良さでもあるか、」

一之丈、くすりと

「同僚が良くも言うよ、力任せに各県方に介入するのも、俺は止むえんと思うが、それが高じに高じて、殿上直々も見聞を広める為に使節を拝命されたのだろう、俺は最後まで付き合うけどな、」

喜一郎、神妙に

「一之丈、それ、帰る場所あると思うか、」

一之丈、くすりと

「喜一郎、長きに渡る戦べたの毛利家は横槍しかない、まあ何だ、お互い頭を下げる柄でも無いだろう、日本に戻ったら、どこかに出仕するさ、」

慶子、何度も頷き

「そうそう、そこは大丈夫、信頼のおける教会筋に充分すぎる伝手があるから心配しないで、」

一之丈、はきと

「まあ、北海道も悪く無いか、」

喜一郎、神妙に

「三陸からも開拓に出てる、何れはだったかもな、」

慶子、ただ目を細め

「一之丈も喜一郎も、振り幅大き過ぎるわよ、そうじゃないのよね、」

喜一郎、不意に自室に視線を送り

「というべきか、報奨金で、金貨100枚も貰って良いものか、」

一之丈、こくりと

「当たり前だ、アメリカに入国した以上、立派な生業だぞ、」

慶子、我が物顔で

「そう言う事、如何にも日本の武士って感じで良いじゃない、弱きを助ける、凄く良い行いよ、何かな、一之丈と喜一郎、海外だからって可愛い子ぶってるのが癪だったのよね、」

一之丈、思いも深く

「武士も何も、江戸時代なんてとっくに終ってるけどな、」

喜一郎、はきと

「そちらの秋月家は、明倫堂を引き継ぐ学び舎運営に恵まれているから、そうも言えるんだよ、南部家はただ必死だよ、」

一之丈、くしゃりと

「言うかね、そちらの藩主南部様は島津家からの養子だろ、明治政府の元で安泰じゃないのか、」

喜一郎、ただ深い溜息で

「家柄と地面は別だよ、とにかく作物を実らせないとな、」

慶子、ゆっくり頷き 

「前向きね、大いに結構な事よ、青森県各地のりんごは栽培は順調でしょう、皆の為に私達はもっと見聞を広めないと、そう、それなのよ、」

一之丈、笑みを湛えては

「それ言って良いものか、」

喜一郎、はきと

「それ聞くなよ、とにかく慶子の話が長くなる、」

慶子、憤慨しては

「喜一郎、何それ、そもそも、このいつもの面子だから話が長くなるものでしょう、それを然も説教みたいに、私だって剥れるわよ、」

喜一郎、とくとくと

「ガブリエルは、仲間増やそうとしても駄目だ、明日の予定さえ立たない俺達に同行したら、同行の仲間が散財するぞ、」

慶子、ぶすっと

「何でよ、大道芸なら手慣れたものでしょう、」

喜一郎、ただうんざり顔で

「おいおい、ネタの無い手品を余興で延々やったら、流石に素行がばれるだろ、」

慶子、尚も

「それ、今更でしょう、訪問地でかなり取っ散らしておいて、最低体でも80年は行けないわよ、」

喜一郎、視線そのままに

「あのな、我慢出来ずに啖呵を切るのが、慶子だろ、さも俺達がの表現は一切止めろ、良いか、絶対仕掛けるなよ、」

一之丈、不意に手をぽんと

「いや、慶子の思惑も有りだ、この一件で、漸くここアメリカ南部中程だ、この先が世界中なら、仲間は大いに越したことはないな、俺達が目立つのも希釈される、」

慶子、堪らず一之丈の左腕を掴み

「そうでしょう、さすが一之丈、分かってるわ、」

喜一郎、歯噛みしながら

「一之丈も乗るか、まあか、但し、条件がある、」

一之丈、こくりと

「そうだろうな、それは任せる、」

喜一郎、やっと柔らぎ

「ああ、そうしてくれ、」

慶子、ただ二人の間を右往左往しては

「ちょっと、待ってよ、話が飛ぶわね、何で私の頭の上を飛んで行くの、ねえ、何がそうなの、」

一之丈、はきと

「慶子、面子の出自は目処が付いている、ただ人当たりが良いからって秘蹟を与えられても困るんだよ、良いか勝手に迎えに行くなよ、この先も、俺達の案内役はしっかり勤めて貰うからな、」

慶子、ただ思い倦ね

「何れはそうじゃないかなと、はっとはしたけど、それって、どうしても日本人になっちゃうの、町廻り衆もなんて、どうなのかしらね、」

一之丈、凛と

「その方が好都合だ、宮家には、日頃から話はがっちり通している、何せ、この使節の発案は宮家だから、申し分は立つ、」

慶子、思いも遥かに

「そうか、面子増えちゃうか、」

喜一郎、神妙に

「慶子、いざ、怯むってどうした、」

慶子、デッキの手摺りを掴んでは視線も遠く

「適度に世界中に分散してくれた方が行脚も楽しいかなって、ほら、時が経つって結構長いものじゃない、」

喜一郎、うんざり顔で

「冗談言うな、こんな危なっかしい、見た目レディを放っておけるか、」

一之丈、素っ気なくも

「慶子、そこは、愛情有りきだからな、」

慶子、急に澄ましては

「もう、喜一郎、一之丈、何かもどかしいわ、何なのかしらね、」


上部先頭甲板への廊下が不意に響くと同じく、再び船室から居出る紳士淑女達


喜一郎、きりと

「嵌められたか、」

慶子、憮然と

「それ、今更でしょ、私達を英雄だって、停宿の主人が一週間も観光案内する訳無いでしょう、まあよね、足止めにしては満喫したけど、」

喜一郎、ただうんざりと

「慶子は、知ってて乗るか、」

慶子、事も無げに

「だって、見聞を広めるんでしょう、隅々まで話を聞けて訪問出来るじゃない、」

一之丈、凛と

「いや、喜一郎も慶子も覚えていないかも知れないが、この甲板で何れも挨拶した連中は、アメリカに入ってから幾度かすれ違っている、ここ一連の拐かしのそれとは無関係だ、」

喜一郎、不意に右腕を揉み解し

「それじゃあ、毛利家の連中か、しつこいな、」

一之丈、神妙に

「それは無いな、先頭の日本人、至って常識人だよ、」

日本人顔の中肉中背の中年紳士、日本語を撥と

「何れも、お一人足りませんが、見紛う事なき話題のお三方ですな、仲がよろしく、何より見目麗しい限りです、」

慶子、ふわりと

「このイントネーション、やはり、日本人なのかな、」

喜一郎、はきと

「お尋ね申す、お主は、何処の藩主様の使節団はぐれだ、」

一之丈、うんざり顔も

「いや、喜一郎、そうじゃないな、事情有りきの御仁だ、」

中肉中背の中年紳士、忽ち畏まり

「ご挨拶が遅れました、私は一橋家の家老の佐々木格之進と申します、今はロックフェラーに席を置き、市場調査を正確に行っております、」

喜一郎、神妙に

「一橋家は懇意に尽きるが、格之進とやらは見た事が無いぞ、」

一之丈、遮る様に

「言うな、喜一郎、何せ一橋様は大所帯だ、馴れ合いの江戸幕府財宝会議に重責者全員が出て来ると思うな、」

格之進、大仰にも

「一之丈様には、どうしても悟られますな、」

一之丈、はきと

「そこは能力の何れは抜きだ、二頭船室に血走った連中いるなら悟りもするさ、」

喜一郎、事も無げに

「まあな、何時でも、川に飛び込めるぞ、」

慶子、ぶるっては

「待って待って、延々甲板にいるのって、それなの、それは嫌よ、見てよ、岸にあんなに鰐がお昼寝してるのよ、無理無理、絶対無理、」しつこい程に岸に上がった鰐の大群を差しては「ああ、もう、これなら兼房を手元に置いておくべきだったわ、」

喜一郎、憤懣遣る方無く

「言うか、慶子、名家亘理を使いっ走りに、先々の高級宿取らせに行かせるのも程々にしろ、」

慶子、目を細めたままに

「だって、四人連れなら、この繁忙期に泊まれないでしょう、そうよね、」

一之丈、はきと

「まあ、女二人男二人なら、やや体裁は整えないとな、」

慶子、ただ猛然と

「一之丈、もう、何言ってるの、兼房も伊達様のご下命で必死に化粧して、男子なの、女子扱いしたら、切腹しちゃうわよ、そういう子でしょう、ねえ、」

一之丈、悩まし気に

「全く、慶子のお供を音を上げず勤め上げるのは兼房だけなのに、もう少し労れよ、」

慶子、膨れっ面のままに

「もう、ちゃんと労ってます、それにね、兼房も口では言わないものの子爵家の嫁入りは嫌みたいよ、私に付き合わせて正解じゃないの、そうじゃないの、」

喜一郎、漫然と

「まあ、池田家に嫁いだところで、大所帯だし、肩身が狭そうだな、と言うか堪忍袋の緒が切れたら、瞬殺だな、池田家は墓になんて彫るんだろうな、一之丈、せめて供養には行ってやるか、」

一之丈、神妙に

「その手の融通が効かないのが兼房だ、気紛れでも言うな、本当にやりかねん、見ただろ、奴隷の閉じ込められた船倉を生身で打ち抜くなんて、喜一郎でも敵わないぞ、」

喜一郎、溜息も深く

「まあ、話がしんどくなる前に止めておく、亘理家なら、入り婿にすべきだよな、候補は三人か、」

一之丈、凛と

「その面子なら、一人だけだ、鍋島家なら両家が納得するだろう、しかも次男坊なら好都合だ、」

喜一郎、くしゃりと

「冬二郎か、全く際どかったな、その次男坊、延々博士気取りで、書物読み耽っては、娶る事なんて毛頭なかったぞ、」

慶子、ただ大はしゃぎに

「ああ、はいはい、鍋島さんの御次男ね、正しくの冬二郎よね、同志社ですれ違うけど、私にだけ頬笑むなんて、実に出来てるわ、そう、良い、実に良いわ、一之丈、喜一郎、ふふん、同じ見解大いに結構、伊達様に二人の名前を出してがつんと言えるわ、」

一之丈と喜一郎、同時に俯き

「またか、」

見守る格之進、ただ慌てる素振りで

「ふう、ここですね、よろしいですか、皆さん、ここはお持ち下さい、そうでは有りません、これも事情有りきで、セント・カタリナ号を貸し切りにしている迄です、暫しお付き合い下さい、」

喜一郎、ふわりと

「いや、今回の奴隷開放の件は、もう話す事が無い、取材は他を当たってくれ、」

一之丈、淡々と

「喜一郎、そうは行かないだろ、何せロックフェラーだぞ、先々も金にあかせて着いて来る筈だ、」不意に喜一郎に視線を送る

慶子、忽ち察しては頻りに地団駄しては

「もう、齟齬有りまくりよ、鰐は絶対嫌、はいはい、私、何でも言います、」

格之進、ただ拝謁のままに

「ガブリエル様、これはこれは、恐悦至極に存じます、」

喜一郎の右腕に青いリングが灯ると、ブーム音でセント・カタリナ号が大きく揺れる

「ガブリエルを、察してるか、」

一之丈の右腕にも、青のリングがゆっくり灯る

「どうしたいんだ、俺達を、」不意に右腕を対岸へと手を伸ばすと、同じタイミングで未発掘の間欠泉から直上20mまで激しく迸る温泉

慶子、ただ目を覆い

「あちゃー、やる気だわ、」


しかし、紳士淑女等は構える様子を一向も無し


格之進、慇懃にも

「一之丈様、喜一郎様、そして慶子様、どうか私の不躾をお許し下さい、志同じ武家の家の出自の皆さんをどうのこうのも全く微塵もございません、ここは宜しいでしょうか、前置きから始めますが、アメリカ合衆国は未だ南北戦争から最近の恐慌と揺れています、ここはどうしても細かな記事にしないと行けませんので、是非共お付き合い下さい、」

慶子、はちきれんばかりに

「格之進さん、それって、写真有りよね、そうでしょう、そうと決まれば、その前に、」次々と喜一郎と一之丈を回っては共に右手をぴしゃりと叩くと消滅する二つのリング

格之進、こことぞばかりに写真屋を手招きしては

「ええ、マスコミュニケーションも重要な産業です、写真器は有りますよ、納得が行く迄良い写真を撮りましょう、」

慶子、仰け反らんかとばかりに

「ふふん、何か事が進んで気分上々、ここで記念写真よね、大鰐以外は良いロケーションだわ、」

喜一郎、溜息混じりに

「全く、慶子は、文明の利器にすぐ齧りつくよな、」

一之丈、くしゃりと

「言うな、また長くなる、」

慶子、ご機嫌にも

「そうそう、格之進さん、記事にするなら、大大記事にしましょう、勿論、それなりの報酬は頂きたいわね、」

格之進、満面の笑みで

「宜しいでしょう、ただこちらも聞き入れて貰いたい事が有ります、皆さんは、バンパイアのお話は聞いたことは有りますか、」

喜一郎、訥に

「いや聞かんな、メリケンの話題は、新聞で漸くだ、」

一之丈、はきと

「バンパイヤのそれ、吸血鬼の事だよ、」

格之進、こまっては

「左様ですな、一之丈様はよくもご存知です、お見逸れします、」

一之丈、尚も

「いやこちらも、然程多くは言えないが、類い稀な身体能力の代わりに、新陳代謝を良くしなくてはいけないんだろ、実際のところ、人間の血はそんなに効力あるのか、逆に知ってる限り聞かせてくれないか、」

喜一郎、視線そのままに

「慶子、バンパイヤの何れも、昨日の今日の出来事じゃないんだろ、」

慶子、ぽつりと

「えっと、私に振られても、夜しか行動しないバンパイアなんて面識無いわよ、」

喜一郎、不意に左手で顔を覆い

「知ってるな、おい、」

一之丈、神妙に

「言うな、慶子は正直そのもだ、」

格之進、居を正し

「ここは私が搔い摘みましょう、バンパイアは人間の血を蓄えると、休養無しで昼でも動けます、もっとも彼の血族も好きでバンパイアになった訳は有りません、血族故の遺伝です、」

喜一郎、こくりと

「切ない話になるな、」

一之丈、喜一郎の肩をぽんと

「喜一郎、決して自分のギフトに置き換えるな、そのバンパイアだが、その近しい血族故に、どの集落も割れては和議の繰り返しさ、」大袈裟にお手上げで

格之進、はきと

「如何にも、寸分違わずアメリカも同じ状況です、ですが、ここからが大問題です、そのバンパイアの一派に、メフィストフェレスが接触したとの事です、人類にとっても由々しき状況です、」

慶子、はたと

「メフィストフェレス、道化の分際でしゃしゃり出るなんて、どうしても召還の玉が伝わってしまうのね、都合13度目なんて、節目よね、」逡巡するも

喜一郎、凛と

「格之進、俺達に戦えって事か、」

一之丈、不遜にも

「戦相手は選べん、逆に俺達以外に誰がいる、」

慶子、軽やかに一歩踏み出し

「ふん、上家衆に掛かれば、バンパイアは疎か、メフィストフェレスもぎゃふんって言わせるわ、」

喜一郎、訝しんでは

「おい、上家衆って、」

一之丈、上家衆の字面をなぞりながら

「慶子、御伽衆の雰囲気だが、それは強いのか、」

慶子、振り返っては一之丈と喜一郎をこれでもかと指差し

「もう、上家衆はあなた達、そう一之丈と喜一郎よ、上家衆は草上と階上の上を取ってこその命名、あとお誘いするならお仲間もまとめてね、皆含めた総称よ、何か強そうでしょう、」

喜一郎、何度も首を横に振り

「全く、何時から思いついていたやら、」

一之丈、はたと

「上家衆、まあ、悪く無いが十把一絡げはどうかな、」

格之進、ただ西洋かぶれのオベーションのままに

「いやいや、素晴らしいです、上家衆、その全てが腑に落ちます、しかもガブリエル様の命名とはこの上無い名誉です、是非共闘をお願い致します、」

喜一郎、うんざり顔も

「まだ言うか、美辞麗句並べても、慶子の素性はそこまでだ、」徐に手を翳す

一之丈、諭す様に

「止めとけ、ロックフェラーの名前を出してる以上、配慮もしてくれる筈だ、そうだな格之進、」

ガブリエル、喜一郎の翳した右手をただ両手で押し下げ

「だから、喜一郎は駄目よ、本当、上家衆として上品にまとめたのに、放っておけないわね、」

格之進、慇懃にも謝辞

「これはこれは、限られた集いとは言え、失礼致しました、」

慶子、格之進に向き直っては、はきと

「とにかく良い情報だわ、この機会にバンパイアを黙らせましょう、メフィストフェレスを召還出来る陣営なんて、その行い許せないわ、」

喜一郎、憤慨も

「待てよ、おい、そのバンパイアって何人いるんだよ、」

一之丈、思いを巡らしては

「日本は四集落で、200人は固いからな、アメリカだと何人だ、」

格之進、片手の指全てをどんと差し出し

「これです、ざっと、敵味方合わせて5000人です、この昂る集団を沈黙させられるのは上家衆にお頼みするしかありません、どうかお願い申し上げます、」固く謝辞


格之進に倣う、甲板の紳士淑女一同、微動だにせず


喜一郎、凛と

「あい分かった、面を上げられなさい、」


格之進そして一同、気色が一気に戻るも


一之丈、神妙にも

「格之進、まとめ過ぎだな、それでだが、味方のバンパイアは何人いるんだ、」

格之進、硬直したままに

「はっつ、もう一言言わせて貰えれば新政府も一枚岩では有りません、そしてアメリカの何れの地域のバンパイアも然りです、」

喜一郎、神妙にも

「格之進、まさかとは思うが、良いバンパイアと手を組めと言うのか、組んだら和議のしようがなくなるぞ、一橋家の家老たるものが惚けたか、」

格之進、慇懃に

「大事に至る内戦などと、アメリカ合衆国において二度と許されません、我々が戦い抜き、そして勝つ迄です、」

喜一郎、ただ皆を伺う程に嘆息

「この皆の眼差し、何れの国も同じであるか、」

格之進、尚も

「皆さん、ご安心下さい、バンパイア陣営それぞれですが、味方のマサチューセッツ連合はヨハネス教会と共闘して、日々敵のカリフォルニア連合と奮戦しておりますので、必ずやお力になります、」

喜一郎、さもありなんと

「奮戦とは、九分一分の分が悪い方か、」

一之丈、うんざり顔も隠さず

「喜一郎、聞くな、ここに至るという事は、もっと分が悪い、」

格之進、慌てる素振りも無く

「詳しいお話は、一等船室にてサンタクルス首班とハンス神父がおりますので、ご納得の行くままに、」

慶子、綻びながら

「それは、あのハンスね、本当に懐かしいわ、その面子なら良いかもね、」

喜一郎、目を細めては

「おいおい、慶子、そう言う節回しは止めろ、名目上慶長遣欧使節由来の案内人だからって、同行してるが、くどいのは何なんだよ、」

一之丈、はきと

「喜一郎、今更言うな、伊達様のお人柄が悪いのは今に始まった事じゃない、現に、まあ転がされてるがな、」

慶子、神妙にも

「そうかな、関ヶ原の合戦の評定で、百万石のお墨付きが反古になったけど、伊達様は奸佞の輩はきっちり滅ぼすし、敵でも、ああ、こいつ出来るじゃないなら、ちゃんと一本釣りして虎視眈々よ、そこは子孫まで格言みたいなものよ、」

喜一郎、ただ嘆息で

「何か、伊達正宗公のところにいた素振りだな、」

慶子、事も無げに

「まあ、そこもおいおいにね、はあそうよね、喜一郎は八戸藩よね、岩崎一揆上手く行くと思ったのにな、ちゃんと下調べもしたのに、頑とした留守固め相手に、あっという間の総崩れ、うう、あいつがいるなんて、」ただ打ち震える

喜一郎、凛と

「態々、一見凡庸な南部様を狙うのが、伊達様らしいが、俺等代々の家臣団知らない訳でもあるまい、」

慶子、まじまじと

「そうなのよね、階上家始め一騎当千は慶長出羽合戦に出張った筈なのに、そう、何であの朱槍が残ってるのよ、何なのよ、ねえ、」

喜一郎、困惑がちも

「だから話が長い、それで自ら興奮するものか、良いか慶子、そこは一切気にするな、階上家の勘は随一だ、それにもまして井原家の朱槍は諸侯聞き及んでいる筈だろ、野戦では伊達成実を巻き込んでも七分三分の完勝だからな、」

慶子、ただ地団駄を踏んでは

「そう、そうそれ、成実も何時迄も西方の調略してるのよ、だから慶長出羽合戦に遅参するのよ、」

喜一郎、ただうんざり顔で

「おいおい、慶子、事細かに知り過ぎだな、限られてるとは言え、人前で語り過ぎだぞ、」

一之丈、はたと

「さて、政宗公は、知恵が回り過ぎて、落ち着いついてしまうか、まあな、明治の伊達家の拡散考えたら、腑に落ちるがな、」

慶子、目を見張っては

「ああ、もう、伊達家のあれそれは、皆のお気に入りの瑞巌寺は私の知行でのやりくりだからこそなのに、それを主人が留守がちだからまかりならないなんて、長州の役人は何なの、明治政府のお召し上げで一気に瑞巌寺は廃寺寸前よ、もう、」

一之丈、居を正しては

「瑞巌寺か、手を差し伸べて下さった祐宮様は英邁なお方だ、慶子、無礼はならないからな、」

喜一郎、同じく居を正しては

「一之丈。そこまで言うな、宮家がここで話に出られては難しくなる、ここまでにしよう、」

慶子、打ち震えるままに 

「もう、言いたい、言い足りないわよ、ねえ、」

格之進、伺っては

「あの、やはり、バンパイアに至るそれは、難しいお話でしょうか、」

慶子、素に戻っては確と

「いいえ、そんな事は無いわ、」

喜一郎と一之丈共に、互いに堪らず顔を逸らし

「おい、まあか、」

慶子、事も無げに

「大丈夫よ、昼間に闘えば、目に見える早さよ、そう直に慣れるわよ、」

喜一郎、ただうんざり顔で

「どれだけ、早いんだよ、初戦敗退なら二度目は無い相手じゃないのか、」

一之丈、神妙に

「気にするな、昼も夜も、滾る殺気は隠せない、俺達の一派なら行けるよ、」

喜一郎、はきと

「おい、一之丈、何時闘ったんだよ、」

一之丈、とくとくと

「三年前の夏か、松浦党の祭事で御神酒を収めに行ったら、民家の瓦が立て続けに割れて鍋島藩の化け猫騒動かと、俺まで引き出されたが、不意に宙に黒い影浮かんだから、雹降らせたら、軒並み屋根から豪快に滑り落ちて、現れた人間が無様に転がっては何処へと消えた、まあ察した通りなんだが、松浦党を引き連れ、山の集落に行ったら収穫の人足配備で揉めに揉めてたよ、だがそこは、二年三作にして麦の加工品作ろうと諭したら収まった、もう明治だよ、集落も何時迄も年貢に拘るものかね、」

喜一郎、くしゃりと

「一之丈も、まあ、俺等の世直しは今に始まった事じゃないか、」

慶子、只管頷き

「そうそう、流石、一之丈ね、年貢の取り組みに、誰もいいえと言えない日本も、末期と言えば末期よね、まあ世界中どこもなのだけど、」

一之丈、眼差しそのままに

「それを正した上で、理想の国が出来ると思うか、結局は新たな搾取が始まる、俺は許容したくないな、」

喜一郎、ぴしゃりと

「慶子、終らない話はそこまでだ、」向き直っては「一之丈、敢えて聞くが、バンパイアは本当に話し合いが通じる相手なのか、」

一之丈、はきと

「時代の変化は相変わらずも急だが、市民の生活はどうしても旧体制を引き摺る、そこは粘り強い交渉だよ、」

格之進、驚天動地に、

「おおお、流石、一之丈様、我々の望みはそこです、」

一之丈、ただ声を張り

「その割りには、ガンマンを雁首揃えて雇ってるのが解せないがな、」

慶子、困り顔も

「一之丈、下の船室にも聞こえちゃうわよ、ここにバババンの蜂の巣も嫌よ、ねえ、」

喜一郎、凛と

「一之丈、これは戦だ、人間の血を吸うなら、自警団は必要だろ、分別付けろよ、」

一之丈、神妙に

「戦の歴史はそんなものか、やられる前にやる、無法覚悟に、徹頭徹尾それに至るか、格之進、ここは敢えて方針を切に聞きたいな、」

喜一郎、はきと

「どうなんだ、格之進、自前の兵隊は言い聞かせられられるものか、」

格之進、訥に

「何れの内乱を避ける為にも、手段は問えません、何をおいても互いの陣営を座に座らなせばなりません、ここは平に御容赦願います、」

喜一郎、くしゃりと

「対峙するなら止む得ないか、内乱は、もううんざりだな、」

一之丈、はきと

「いや、ここは有り体に決意を聞けたから良しとしよう、放っておいたら、バンパイアのなすがままに、本格的な内戦に発展しかねない、」

格之進、はきと

「御察し頂きありがとうございます、」

慶子、上機嫌にも

「格之進さん、改めて、お部屋に行く前に、良いかしら、ちなみにお幾ら程、頂戴出来るかしら、」


不意に道が開かれると、二人の男が進み出る


壮年の神父服の男、笑顔もそのままに

「Jesse,How do you do.You seem happy today.」

慶子、くすりと

「Hans will become an adult as it is.」

ハンス、くすりと

「Because I was brought up with love of everyone,Of course,」

進み出る、紺のスーツに長身の金髪の伊達男、慇懃にも

「Wonderful to meet you.I am Santa Cruz of the Massachusetts Alliance.No way, I am honored that we can meet the Archangel.」

慶子、訥に

「Don't stand on ceremony. Now it's the keiko of a Japanese guide.」

ハンスとサンタクルスと紳士淑女一同共に

「御意、」

喜一郎、くすりと

「待てよ、俺達は殿上じゃないぞ、」

格之進、ただ神妙に

「いえいえ、皆ですが、日本に憧憬を持ち始めています、習い立ての日本語で恐縮ですが、何卒ご指導もお願い致します、」

一之丈、サンタクルスを見つめては

「サンタクルス、長期戦になるぞ、相手もバンパイアなら、必ず弱点をついてくる、戦い抜ける事が出来るのか、」

サンタクルス、神妙にも

「勿論です、一之丈様、夜も昼も闘い抜きましょう、我々は昼も慣れたものです、何せ、何れ豊潤たる種蒔きはいつするのですか、」

一之丈、はきと

「もはや、俺達に様は止めろ、慶子も含めて、そういう柄じゃない、」

サンタクルス、大仰にも

「Oh my God!Calling Archangel as keiko.」

喜一郎、はたと

「サンタクルス、隠密戦兼ねるなら、日本語で話せ、」

一之丈、神妙に

「そもそも慶子がだ、大天使を名乗ったは一度も無いぞ、皆が信じられるのが不思議だよ、」

ハンス、思いも深く

「一之丈さん、今から54年前、バージニア州は毎年不作が続き、農地はもはや廃れたものでした、今年もまたかと絶望の中で皆が農作業に従事していた時に、ジェシーがカトリック教会の派遣だと言っては現れて、皆と汗を流してくれました、そのお陰で豊作に恵まれ、Sweet Peasは実りに実りました、その年のSplit pea soupは今も鮮明です、美味しかったですよね、慶子、」

慶子、ガッツポーズそのままに

「よし、料理だけは褒められるのよ、」

一之丈、神妙に

「そこは確かにな、器用に年季を舌で感じるよ、でもな、」

慶子、はたと

「一之丈、そこまで、水を差さないで、五穀豊穣は皆の力あればこそよ、」


ただ切に、十字を切って行く一同


喜一郎、不意に

「さて、良いかな、話を戻す、格之進、報酬は勿論頂戴するが、信じるに足りうるのか、話題のロックフェラーとやらは、」

格之進、切に

「ロックフェラーは敬虔そのものです、それ故に梯子を外す真似は致しません、また報酬ですが、如何様にもと申しています、覚悟としては総資産投げ出す覚悟です、」

一之丈、溜息も深く

「ロックフェラーも、早々に見切るな、どうしてもアメリカ合衆国の存亡が掛かっているか、」

サンタクルス、はきと

「敵となるカリフォルニア連合は大所帯です、認めたくは無いですがリーダーのマッドネスは煽動を得意とします、また参謀格のメフィストフェレスも摩訶不思議な術を使っては惑わせます、残念ながら一枚も二枚も上手です、」

一之丈、はきと

「それこそ、悪魔の思うつぼだな、勢いに乗ったら世界中のバンパイアを巻き込み、世の取り組みを席巻しかねない、負け続けては調子に乗せるぞ、」


ただ、静まるしかないセント・カタリナ号


喜一郎、凛と

「一之丈、言うな、分が悪いのは毎度の事だ、ここはのむぞ、新たな人類選別をされては敵わない、」

慶子、はきと

「敢えて言うけど、バンパイアは人間の上位種では無いわ、きっとね、バンパイアの業病も、メンデルの長い文献を読んだけど、何れは遺伝の法則から開放されるわ、決して今の立場を嘆かないで、」


思い思いに丁重に祈りを捧げる、甲板の一同


一之丈、不意に

「喜一郎、分かってるだろうが、お前一人では勝てない、気兼ねなく皆を頼ってくれ、」

喜一郎、忽ち綻び

「分かってる、もっとも、最後まで付き合うだろう、俺達はさ、」手を差し伸べる

一之丈、差し伸べられた手をがっちり握り

「運命に立ち向かうなら、未来もそうなるか、最高だな俺達、」

慶子、嬉々としたまま号泣

「うん、良い、良いわ、喜一郎、これは友情を越えた何かよ、子孫にもどこかで言っておくわ、」一之丈と喜一郎に握られた手にがっちり手をおくと、忽ち中心にリングが渾然一体とし一本のメビウスリングを展開

喜一郎、忽ち

「慶子、ガブリエルって、本物なのかよ、」

一之丈、くすりと

「喜一郎、今更か、奇跡は立ち会わないと信じない派か、」

慶子、頬笑んでは

「喜一郎ね、やっぱりそうじゃない、私の本来の姿見せたら、びっくりするでしょう、おっと、想像はここまでよ、」

ただ見届ける一同より、格之進進み出ては

「おお、皆さんのその趣き、ここです、ここで写真を一枚貰えますか、」

喜一郎、優しく慶子の手を払い除けると、ゆっくり消え行くメビウスリングを見て神妙に

「さて、メリケン長くなりそうだな、」

一之丈、喜一郎よりそっと右手を離しては

「家族に手紙はこま目に出しておくか、その間に、俺等の子供達大きくなってしうんだろうな、」

慶子、地団駄踏むも

「もう、現実ばかり見ちゃって、そうじゃないわよ、折角の写真よ、ここは笑顔でしょう、」一之丈をぱしと「ほら、澄ましてないの、」喜一郎もぱしと「こっちは、もっと愉快に笑うの、いいわね、」

一之丈と喜一郎、顔を見合わせては

「まあ、そうだな、」


喜一郎慶子一之丈、共に綻びながら写真を撮っては、気が付くと上空には先程のメビウスリングかとばかり円環がくっきり浮かび、一同をただ慎ましやかにさせる

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