第20話 2087年12月20日 午後 青森県青森市八戸区八戸町 八戸食堂

階上村の境界線最初にある八戸食堂、見栄えはトタンで繕うも何故か錆は見当たらずのままに、また八戸食堂店内からは、柱の質素な長時計からは15時を告げるベルが鳴り響く

その店前の暫定国道にずらり50台のモータリゼーションが整然と揚々と止まる


つぶらな目の若頭若林、最前列のリンカーンの助手席から、いち早く飛び出し後部席の扉を開く

「吾妻組長、ささ、この見た目通り狭いですが、冷凍食品の食堂では有りません、海鮮をご堪能下さい、」

すっかり老齢と思しき吾妻組長、若林に腕を引かれては、雪道に漸く杖を着き地に立つ

「良いだろう、疑似合成肉は飽きたところだ、」

若林、号泣しては

「吾妻組長、何もかもすいません、俺達は集金してる間に、吾妻ビルディングが襲来されるなんて、本来なら毎日和牛三昧なのに、今や疑似合成肉なんて、申し訳有りません、」ただ深いお辞儀のまま

吾妻組長、震える顎もそのままに唾を吐き

「良いか、若頭が、いちいち謝罪するな、若い衆に示しがつかん、大体だな、横浜の雄吾妻組が一夜にして潰滅、ふん、そんなのは関東の奴らに言わせておけ、戦前からのパナマ自治区のバンキングに一体幾らあると思ってるんだ、儂の手で幾らでも盛り返して見せるわ、」

集う衆、押し並べては

「勉強させて頂きます、」



八戸食堂内の中年の店主井原、ただ盛岡競馬新聞に唸っては、刈り込んだ髪を撫で

「と言うか、毎度ながら、この時期オッズが荒れるよな、豊明からスター競走馬来ないものかね、競馬は夢じゃないのか、疾走見せてくれよな、」


不意に、八戸食堂の入口の引戸が開かれると、ただラメ入りスーツの群集が傾れ込む


井原、ただうんざりと立ち上がり

「おい、いらっしゃいが、必要な連中なのかよ、」

若林、進みでては

「店主、厄介になるな、食わせて貰えばそれでいんだよ、」ただ皆に手招きしては「入れ入れ、入り切らない奴は立ち食いだ、」

井原、忽ち若林に詰め寄り

「お前は、堅気の振りで来てた奴だな、ふざけるなよ、」

若林、尚も招き

「良いか、全員入れよ、こんな厳つい奴らが、堅気のお店の軒先でたむろさせられないからな、」

井原、啖呵を切り

「おい、お客さん紛い、その手はよく有るけど、3回に分けてくれないかな、ここは情緒豊かな食堂なんだよ、勝手に立ち食いするんじゃねえよ、」

若林、つぶらな目のまま、ただ睨み

「店主、組相当に指示か、良い度胸だな、」

井原、若林の間に勇み入り

「良い度胸も何も、ここからは階上村だ、知ってて来てるんだろ、おい、」

吾妻組長、4人席に座ったまま、ただ全身が震え

「階上、階上だと、言うな、あの階上に、シノギにビルディングに屋敷まで破壊されて、復興省にまで指定暴力団体の看板外された、ふん、おいぼれたじゃねえぞ、くそ、お前か、お前か、無能はどいつだ、ええ、」ただ杖を振り回しては衆を延々打擲し、かなり鈍い音が響き渡る

若頭、遠巻きもただ宥めては

「吾妻組長、血圧が上がりますよ、ささ、ホタテ丼で良いですね、店主、ホタテ丼、15人前だ、急がなくていいぞ、」

井原、和帽子を脱ぎ掴んでは

「おい待て、このぎゅう詰めって、50人はいるだろう、食えよ、お前等、」

吾妻組長、不気味にやりと

「店主、残りはオートマシーンだ、本州北端田舎だと珍しいか、そうだろうな、」

若林、凛と

「ここは店主に悪いな、良いかよく聞け、組長の情けだ、酵素牛乳44人分も追加だ、」

井原、鼻息も荒く

「食堂で酵素牛乳って、冷蔵室にあるけどよ、44人分って、くそ、明日仕入で店閉めるのかよ、つうか盛岡競馬場行けないだろ、ふざけるな、お前等、」

吾妻組長、ほくそ笑んでは

「店主、ここはおもてなしを受けるんだ、地方競馬の予想位教えてやってもいいぞ、」

井原、血気盛んに

「言わせるかよ、競馬の七割はロマンだ、極道が語るんじゃねえよ、」


一斉に喚き立てる衆、ただがなり声が響く


若林、ただ手を上げ掴んでは、がなり声がぴたりと止む

「そこまでだ、吾妻組長の食事がまずくなる、」ぐるりと回りながら「店主、コンセント借りるぞ、お前等、今から差しておけ、」

井原、堪らず若林の襟を締め上げ

「ちょっと、待て、コンセントって、オートマシーンの充電だろ、しかも、こんなにか、メーター膨大に上がって、はいそうですかって、言えるか、おい、」

若林、井原の手を掴み返し、義体化した両手のモーター音が唸ると、瞬時に手を離す井原

若林、居丈高に

「店主、分かったろ、」

井原、吐き捨てては

「ふん、やかましい団体なら織り込み済みだよ、」

刀を差し、銀のラメスーツにやたら真っ赤なネクタイに、伸び切った尾の中年武士芝本勘柳斎、切に

「止めろ、若林、正面の壁の武具掛けの朱槍拝命とは、店主は伊達じゃない、かなり強いぞ、」

井原、はきと

「お客さん、口上は一番槍の仕事だ、そこまでにしときな、」ふと正面上の写真額に視線を伸ばしては「ふん、それよりこの明治時代のメリケン派遣の集合記念写真見て、関心無いのがずぶの素人って事かい、なあ、」ただ額の着色された白黒大判写真に拝む

若林、ただ皆を促し

「分かったよ、いいから充電だ、急速分岐充電のタップ持ってきただろ、繋いで、今の内に充電最大だ、早くやれよ、」


衆、食堂内のコンセントを悉く探し当て、急速分岐充電のタップにケーブルを刺して行く


井原、尚も

「おいこら、とっつぁん坊や、俺の話を聞いてるのか、ここを足蹴にするか、大体だな、繋いだ以上弁済しろ、」

吾妻組長、どんと、旧1万円札一束二束三束と積み上げる

「店主、これで、良かろう、食堂なら見栄えも必要だ、」

井原、一瞬仰け反るも

「久し振りに見るね、軍票じゃないところが、紳士だね旦那、だがね、旧円が50倍の価値だからと言っても、厨房まで直せないね、物騒な連中入れたんだ、恩情は無いのかよ、」

若林、はきと

「ふざけるな、くそ寒い食堂なら相応の価値だよ、暖房買って凌ぎやがれ、」

井原、歯噛みしては

「ふん、八戸は木枯らしで寒いんだよ、良いか、食いに来て、言いがかりとは御愛想だな、とは言え、その旧円に免じて、今日はそれで我慢してやるよ、」

吾妻組長、ただ目を見張っては

「店主、了承した以上、その分、話せる情報は貰う、良いな、」

井原、鼻であしらっては

「札束積んでそっちもか、まあ、その様子なら、あの跳ねっ返りさんの方かい、」

若林、視線を飛ばしては

「おい、店主、階上嘉織戻ってるんだろ、きっちり内定はしてるんだよ、この時期いるんだよな、言えよ、」

井原、ここぞと腕を組んでは

「まあ、厳ついお兄さん方なら、それしかないか、嘉織ちゃんね、朝にホッキ丼食べたよ、言っとくけど、ホッキは、嘉織ちゃん御一行で仕入分食べたから、もうお仕舞いだよ、この時期なのに残念だったな、」

やたら腕の厳ついオートマシーン風情の高嶋、電子葉巻を加えたまま

「店主聞くぞ、階上嘉織、ローマのネゴシエーター、最悪の念動力持ち、地元に同等の仲間はいるのか、」

井原、神妙にも

「仲間ね、袖付きがそんなに居る訳無いだろ、嘉織ちゃんは普通に実家の階上幸或旅館でごろ寝の毎日だ、そんなオフの嘉織ちゃんに、何の用なんだよ、信用調査、見合いでもするのかい、物好きなこった、」

吾妻組長、ただ怒りに震え

「ええい、ふざけるな、ぶっ殺すんだよ、階上嘉織、ぶっ殺す、絶対ぶっ殺す、」

若林、持ち寄ったコップ水を、強引に吾妻組長に飲ませては

「店主、この衆で、そんな訳無いだろう、良いか、組長を困らすな、」

井原、和帽子をひょいと被り

「そんなの知るか、知りたくもないね、仮にも客なら敢えて言っておく、出入りのそれは止めときな、年に数回大パーティーあるけど、あの一族は胆力は半端じゃないって、運良く生き延びたんだろ、命を大切にするこった、」

高嶋、電子葉巻を懐のホルダーに放り込み

「一族って、やはり、漏れ無く戦闘力高いのかよ、言えよ、店主さ、」

井原、うんざりと

「ここは日本国の個人情報制度に関わるから言えるか、俺も八戸区役所から戒告貰って、営業停止食らっちまう、ただな、想像の通りだよ、」

高嶋、不気味な程ににやりと

「ふん、想定の範囲内だ、階上嘉織、身包み剥がして、冷えきったコンクリート風呂に沈めてやるさ、さぞ泣き喚く事だろうよ、」


衆、ただ爆笑の直中に


井原、ただうんざり顔で、

「やや、えげつない連中か、何度も言うけど、その余裕絶対抜かるからな、」

武士芝本、こことぞ刀の柄に手を添え、不遜にも

「店主、それは無いな、刀に勝る術等無い、とは言え、五体満足でコンクリート風呂に沈めるリクエストがある以上、一気に止めもさせん、ふん、俺は何しに来たんだ、」

若林、ただ芝本に縋り付こうかと

「芝本さん、そう言わずに、階上嘉織をけっちょんけちょんにしてやって下さい、両腕を砕くだけで結構です、」

芝本、凛と 

「若頭が、よくもたやすくも言う、だが武士に出来ぬ事は無い、民を救ってこそ有ってこその武士の誉れ、北辰一刀流の名を轟かせてみせよう、」


衆立ち上がっては、深々とお辞儀

「芝本さん、ありがとうございます、」


井原、三文芝居にただうんざりと

「そう、いたね、過去にも自称剣豪等さ、人づてに聞いたと思うけど、良いかい、嘉織ちゃんの怖さはそんなものじゃないよ、ああ見えて自制してるからね、出入りは止めときな、食ったら帰れ、この野郎共、」

高嶋、ただ口角が上がっては

「ふっつ、階上嘉織、あいつに甚振られ、このオートマシーン化した身体に勝てる筈もなかろう、間違いなく死ぬよ、あいつは、」


不気味に笑う、衆


芝本、溜息も深く 

「さて、高嶋が宣うんだ、俺の出番は無さそうだな、」

若林、ただ芝本に取り入っては

「芝本さん、それは困りますって、高嶋は根っからの鉄砲玉で粋がってるだけです、とは言え芝本さんの手を煩わすのも無作法ですよね、ここは出番が無くても見届けをお願い出来ますか、何卒、ご理解下さい、」

芝本、はきと

「まあ、よかろう、ここは実も有る世界屈強のオートマシーン私兵隊、強者の術は見ておきたい、励めよ、」


衆、はきと

「はい、」直角にお辞儀しては、息んだモーター音がただ唸りを上げて行く


井原、前掛けの紐を締め直しては、素っ気無くも

「やれやれ、意気込みは分かるけど、しかし、この数は物騒だね、流石の嘉織ちゃんもピンチか、上客が減るかね、困ったな、」

吾妻組長、ただいきんでは

「勝つか負けるか、ふん、儂は出入りで負けた事は一度と無いんだよ、吾妻組こそ最強の組織だ、見ておれ、店主、その名を更に馳せてみせる、」


衆、ただ興奮しては勝鬨を延々と


井原、ただうんざりと

「まあいい、今に始まった事じゃないから放っておくよ、でもな、最後に言っておくけど、客で無い限り階上幸或旅館に近付かない方が良いよ、良いか分かったか、俺はこれから調理だ、食べたら、セルフのお茶飲んでさっさと帰ってくれ、良いな、」尚も勝鬨のままの衆を見つめたまま「全然、聞いてないな、お前等はよ、」

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