第16話 2087年12月19日 明朝 青森県青森市八戸区八戸町 八戸新港

嘉織帰省から三日目早朝、雪も止んだ八戸新港のいつも朝の活況を呈する、各々の漁師は早朝3時から出港し、漏れ無く日の入りの中に帰港、いつも通り大漁の成貴の漁船も入港し仕分けも終え、ただ甲斐甲斐しく後片付けへと


成貴、遠巻きから自らの漁船に近づく二人の女子と思しきを見ては

「ははん、本当に来るものなの、」不意に声を張り「ねえ、嘉織に純ちゃん、手伝ってくれるの、」

防寒も完璧に黄色いパーカー仕事着の嘉織、凛と

「成貴お疲れ、さすがに毎日は来れないけど、何回かは来ないとね、」

成貴、ただ嬉々と

「まあ、良い義妹持ったものだよ、」

お揃いの防寒も完璧に黄色いパーカー仕事着の純、自分を指差しては

「それ、私もだよね、」

成貴、ただ大仰に

「勿論、純ちゃん、良いよ、」

純、膨れっ面で

「ほら、迷惑じゃないでしょう、」

成貴、ゆっくりと指差し

「それじゃあ、手伝い賃はあれかな、嘉織と純ちゃんの名前で振る舞いなよ、」港に置かれたキャリーカゴに入った、尾のはみ出たアンコウ山積みを差し示す

嘉織、キャリーカゴに近づいては

「ちょっとちょっと、こんなにって、アンコウは勿体ないだろう、まあ、ここんところ本当大漁なんだな、」

成貴、船上より

「まあね、これでも適度に切り上げてるんだけどね、それにこの山積みのアンコウ、ご覧の通り飛び出してるし、そうなんだよね、あまりに大きいのは大阪の本場便に中々乗せられないから、階上幸或旅館で食わすしかないでしょう、持って行きなよ、」

純、朗らかにも

「アンコウづくし、これを目当てに来るお客さんもいるのよね、うんうん成貴、絶好調だね、」

嘉織、くしゃりと

「でもさ、この日本国の御時世なら、塩鯖で十分だよ、おもてなし以上の何か期待されてもね、って今のやぶさかじゃない客に出しても、私達の振る舞いは分かるものかね、」

成貴、尚も

「いいから、嘉織、刺し網だからって、いつもこうじゃないんだよ、はい、どうぞ、先に持って帰ってよ、」

嘉織、見上げては

「成貴、はいってね、やっぱり駄目駄目、立派すぎるよ、大阪の本場以外でも値がつくから、他の市場に送りなよ、」

成貴、いみじくも

「いいから、この時期はどこの本場もとんとんだって、売れ残って冷凍庫直行も上がりが少ないし、俺も困るし駄目だね、大体さ大物はいつも階上幸或旅館行きだから大丈夫、活きのいいのは、まず階上幸或旅館、それが俺のモットー、それに沿っての手伝い賃ね、」

嘉織、ただキャリーカゴのアンコウを見つめ

「いいのかね、大物に、大漁なのにさ、」

成貴、凛と

「もうさ、数少ない消費者さん有りきなんだよ、この時期金回りもそこそこだけど、取れ高に見合うわず底値もあるんだよ、それにさ、戦前の様に都市部から買い付けに来る奇特な人なんていないよ、振る舞っちゃって、本当大丈夫だから、」

嘉織、吐息まじりに

「まあ、戦後で漸く都市型指向がやや解消されたと思えば、今度は市場問題か、漁師も大変だよな、」

成貴、くすりと 

「心配してくれるの、らしくないな嘉織は、」デッキブラシの柄を不意に差し出しては「あと今日のこれ、宜しくな、」

嘉織、デッキブラシの柄を両手で掴んでは、成貴に引き上げられる

「よいしょと、」漁船に上がり振り返っては「純良い、仲買いまでキャリーカゴを転がして包んで貰って、あとラシーンマークツーは純の指紋認証でも入れるから、スタンバイモードのままでもシートを温められるからそうして、そう長くならないから、」

純、またも膨れっ面で

「もう、成貴、」

成貴、頬笑みながら

「だって純ちゃん、掃除でうっかり滑って沿岸に落ちたら、死んじゃうって、その分嘉織に働いて貰うから、大丈夫だよ、」

嘉織、ただ破顔

「そういう事、さあ純、頼んだからね、」

純、体重を乗せては始めの一歩、キャリーカゴの車輪が漸く回り、奮闘しながらも進む

「もう、残らず食べるんだから、」

重いキャリーカゴを引き摺る純に向けて、各漁師より声援が掛けられて行く


成貴、計器の確認を一通り終え

「いいね、今日は早く終りそうだな、」

嘉織、不意にデッキブラシをくるりと背負い

「成貴さ、こんなに精を出して、そんなに稼ぐ必要あるのか、」

成貴、デッキに進み出ては

「そこは、男の夢でしょう、この恒心丸には愛着あるけど、いつまでも古いエンジンの時代じゃないしね、ヤンマーのジェネレーションエンジンがメイン動力なら、網の巻き上げも余力あるだろうし、その分仕事も捗るよ、まあ、八戸漁協価格の1000万新円なら割安な方だね、」

嘉織、デッキブラシをとんをデッキに置き

「成貴、そもそもだよ、八戸新一号魚市場で、そこまで獲った魚捌けるのかよ、恒心丸でも十分じゃないの、」

成貴、首を横に振り

「さっきは市場どうのこうの言ったけど、オールフェリー港も整備出来たし、捕獲した分は、この先上々にも捌けていける筈さ、それに、八戸と下北と函館で漁獲しないと、全部サンクトペテルブルク公国に流れちゃうよ、ここはさ、漁師のプライド語っちゃいそうだね、」

嘉織、真摯に

「まあ、あっちはあっちのサハリンの加工工場がとんでもなく大きいからね、日本国の加工工場と競争なんておこがましいよな、」

成貴、頬笑みながら

「サハリンね、俺も一回は行ってみようかな、」

嘉織、くすりともせず

「そうしとけ、成貴さ、美鈴を海外旅行に連れて行きなよ、ヒステリー減るよ、」

成貴、不意に訝しみ

「まあ、新しい漁船の頭金入れたら、何とかしようかな、」

嘉織、ただお手上げに 

「それでも、漁船とはね、まじめと言うか、何と言うか、何処からか流れてきた割には、何だな、」

成貴、口を尖らせては

「だって、俺の実家が漁師なら、それしか無いでしょう、八戸漁協に何度も通っての今日だし、皆の期待にも応えたいよ、」

嘉織、鼻息も荒く

「まあな、八戸漁協も跡取りが結構定着してるとは言え、若手には門戸開かないとな、と言うか、美鈴も一緒になって通うものかね、で、」成貴をきりと

成貴、視線そのままに

「そこね、皆が神経を使ってくれるけど、俺の経歴に嘘は無いって、秋田も交易が強制整備された以上、家族離散してでも食べて行かないとね、」

嘉織、理路整然に

「旧姓二階堂成貴、三度の身上調査と、二度の秋田沿岸並びに本荘区現地調査は、白、移民帰還組に有りがちな日本語の特有音程はまるで無し、秋田訛りも随所に見られネイティブそのもの、疑って悪いけど、秋田新港が発展的解散したんじゃ、それ以上は調べられないよ、」

成貴、訥に

「嘉織さ、それもちょっと甘いね、第三次世界大戦後に日本人が世界中に離散して、英語ドイツ語スペイン語の次に日本語がオフィシャルなんだよ、英語発声の日本語なんて有り得ないでしょう、」くすりと「そう、嘉織は、俺をどこのエージェントと踏んでるんだよ、そういう話の流れなの、」

嘉織、毅然と

「成貴、仮にサンクトペテルブルク公国としても、最友好国だ、何をどう責められる、美鈴の予知に上がる前に言いな、」

成貴、寂し気に

「まあ、異邦者なら、真っ先にそれか、良いかな、嘉織の弁護があったとしても、美鈴は、あいつは、闘神そのものだ、ここで何も言える訳無いでしょう、」

嘉織、はきと

「美鈴絡みの、報復戦は一度も無い、成貴、そう言う事にも出来るんだぞ、」徐に右腕を振り翳すと、リングが灯る

成貴、戯ける様に

「おいおい、嘉織、冗談は止めてくれ、この厳冬の海に延々沈められたら、死ぬって、そういうの一切冗談にならないって、無理、」

嘉織、尚も手を翳したままに、リングが一際強く灯る

「成貴、敢えて聞く、美鈴を愛しているのか、」

成貴、真顔に戻り

「それはもう誓った、美鈴と俺、死が二人を分つまでだ、」

嘉織、尚も

「その誓いの言葉は、あの場でちゃんと聞いた、もっと踏み込めよ、言うんだよ、成貴、」

成貴、ほんわかと

「嘉織はむきになるなよ、階上家は、探られても痛い腹でも無いでしょう、これからも仲良くいこうよ、」

嘉織、激高しては

「仲良くって、当たり前だ、いきなり任務完了で、どこかの国に帰られたら、美鈴が酒浸りになる、いいか、美鈴にも夢は有る、だが拗らす前に何処かで区切らないと行けない、成貴!理解出来るよな、」

成貴、一笑に付しては

「嘉織さ、話が飛躍するな、俺のそれは無いって、何せ、新しい漁船買うんだよ、増々頑張らないとな、」

嘉織、ただ深い溜息で

「なあ、本末転倒って言葉知ってるか、それが許されるなんて、どんな本国なんだよ、」

成貴、ただくすりと

「嘉織は気遣いだな、俺は今幸せだ、それを何処の誰が妬むって言うの、口を挟めないでしょう、大体だよ、どうして、そこまで視線がまじなんだよ、俺、本当にびびっちゃうよ、」

嘉織、リングが忽ち収束し、右腕を漸く降ろしては

「まあいい、成貴良いか、その言葉全部信じるからな、あと、アンコウ鍋楽しみにしておきな、階上土産の寝かしてる焼酎一通りがっつり持って来て、適量にお酌してやる、ただな、皆から大漁持ち上げられてものらりくらして飲まされるなよ、」

成貴、綻んでは

「お酌ね、それ、極めて家族団欒的な、」

嘉織、はきと

「おどけるな、旅館も家族、階上家はもっと家族だから、絶対そういう事は口に出すな、」

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