第14話
カルーダを出国したミハイルとレノは近くにある馬車に乗った。馬車に乗る客は幸運にもミハイルとレノのそして女児だけだった。他の乗客がいなかったのをいいことにミハイルは馬車の中で素早く元の服装に着替えた。
「国境の町から離れたところにミモラという小さな村がある。知る人ぞ知る秘湯があってな傷の療養にもなるだろう」レノの提案でミモラに向かうことになった。
ミハイルがミモラに行くのは初めてだった。そもそもファリスに来たのも数度しかなく行った事があったのは首都のベルギーニにだけだった。
猛スピードで走る馬車から流れいく風景を見ながらミハイルは考えていた。あの多頭竜はなんだったのか。誰が団長を殺したのか、それに、あの小刀を跳ね返した人物は一体誰なのか。そしてこの女児は一体どうしてあの遺跡にいたのか。
隣で眠っている女児を見る。未だに起きない女児は寝て起きると全く見ず知らずの場所にいる事をしって何を思うだろうか。しかし女児の平和そうな寝顔を見ているとそんな心配は吹き飛んでしまう。
「ファリスにはきた事があるのか」
隣に座っているレノが話しかけてきた。
「仕事で何度かだけどな」
ファリス帝国。ミハイルがこの国を何度か訪れた思ったことは、軍人や警官が異様に多かった、そんな気がしたということだった。
警官が多過ぎて、ミハイルはどこか落ち着かなかったのを覚えている。加えて警官や軍人募集の求人がいたるところに張られていた。この国は一体何におびえ、何をしようとしているのであろうか。と思ったのを思い出し、レノに尋ねた。
「いつの事を指しているか分からないから何ともいえないが、軍人も警官も定年が重なる時期があってな、急遽募集をかけざるをえなかったんだ。そのときじゃないか」
「そうか。ところでミモラってところはどんなところなんだ」
「いいところだぜ。空気もきれいだし、きっとゆっくりできるに違いない。ミモラの秘湯は特に傷の手当てよく、お湯は滑らかで少し濁りがあるがこの濁りがまた身体を温めてくれるんだ。かの将軍ドロレス・サンドロビッチが戦で傷ついた身体を癒すためにここを訪れたのが最初だといわれているんだ。その後幾度となく秘湯に通うことになって、そのうちに村を作るように部下に命じたのが最初だ。それが約三百年前だといわれている。
数年前この秘湯を公開したんだ。村には産業らしい産業がなかったからな。最初のうちはあのドロレス将軍が入った秘湯だってことで人気が出たんだ。行列が常に出来るくらいで秘湯に入るのに時間制限もあったくらいだ。しかしすぐに観光客もいなくなって閑古鳥。何しろ秘湯以外何もないからな。それにわざわざに山奥にまで来て温泉だけってのもってことなんだろうな」
レノのがっかりした表情がミハイルにはとても印象的だった。
いつからそんな温泉好きになったのか、ずいぶん年寄り臭くなったもんだ。
「そうそう温泉の効能だがなもう少し付け加えておくと――」
レノの温泉談義を横で流しながらミハイルは遠く一面を黄金色に染めた小麦畑を見つめた。もう収穫の時期なのだろうか。夫婦と思われる農夫がせっせと収穫をしている。気候もカルーダよりも若干涼しいそんな気がしていた。
「そんなわけでミモラの秘湯はどこよりも俺はお勧めしているんだ。それにあそこの人は優しいし、のんびりできて傷を癒すにはもってこいさ」
のんびり、か……。
オレにはそんな時間はない、団長が殺された容疑を晴らし殺した張本人をぶち殺さないと気がすまない。しかし身体に力を入れると針でつつかれたかのような鈍い痛みが走る。
最低限剣を振れるくらいまでにはならないと。
「なあ」
いつの間にか平原は周囲には青々とした木々が茂っている森を先ほどとあまり変わらない速さで走っていた。太陽は雲で隠れ薄暗くなっている。
「なんだ質問か? いいぜ。どんなことでも答えちゃる」
ミハイルは口重々しく尋ねた。
「多頭竜っていると思うか」
「なに?」
「多頭竜さ。お前も聞いたことあるだろう。ヒュドラとかオロチとか伝説上の生き物」
「あぁ……そりゃ昔話とかでよく出るからな。で、それがどうしたんだ」
レノの表情は「お前いきなり何を言い出すんだ」と物語っているようなきょとんとした表情になっている。
やはり、話しても信じてくれるはずがない。ミハイルは口内まで出かかった言葉を飲み込み口を開いた。
「何でもない。忘れてくれ。そうそう、温泉っていうのはさ、常に山があるところには出るものなのか」
「そうとも限らないらしいんだ。山の奥深くには――」
ミハイルはミモラに着くまで嫌というほど温泉談義を聞く羽目になった。そしてやはり聞いておけばよかったと後悔した。
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