第4話
背後から多頭竜が吐いたと思われる炎がミハイルを襲う。寸でのところで祭壇の影に隠れ難を逃れた。灼熱の炎がミハイルの側を駆け抜ける。祭壇から顔を出すと、多頭竜は何かに苦しんでいるかのように暴れ狂っているようにミハイルには見えた。九つの首はそれぞれが違う方向に炎を吐き出し、辺りは火の海と化している。
踊り狂っている心臓と錯綜している思考を落ち着かせるにはちょうどいい、ミハイルは息を整えながら思った。
「誰だ!」
ミハイルは瞬間的に懐に持っている小刀を密林から向けられる気味の悪い視線に向かって投げつけた。
しまった!
考えるより先に手が動いてしまったのを後悔した。投げてしまった小刀は十年前に師匠からもらった大事な小刀だった。十年間大事に扱い、一度も抜いたことない。どこの誰だか分からないヤツの血が大事な小刀についてしまう。そう考えると悔やんでも悔やみきれなかった。しかしミハイルの予想は違った。林の中から聞こえてきたのは、人間の絶叫でなどではなく、何か鋭いもので弾いたような音が聞こえてきた。
「どういうことだ?」
ミハイルは静かに呼吸をしながら密林の中にいるであろう何者かに問いかけるように見つめた。やがて視線は消えた。
あの星屑の短剣は、師匠にしか生成できない金属で作られている。それを跳ね返すことができるのは、師匠からもらったものしかない……。ミハイルの頭にはさらに疑問ができた。甲高い今まで聞いたことのない声ですぐに我に返った。
今大事なことはどうやってここから脱出するか、だった。
再び祭壇から顔のぞかせた。案の定多頭竜は暴れくるっている。なんとか隙を見て逃げ出したかった。ふと、ここに来る途中の女の子の事を思い出した。
あのガキはどうなっだんだ。
多頭竜に殺されてしまっただろうか。それともこことは別の場所に行ったのであろうか。願わくばここに来なかったと思いたい。
空から何か冷たいものが落ちてたと思い、空を見上げた。するとどす黒い雨雲がいつの間にか真っ青だった空を包み込んでいた。大雨になるのも時間の問題だった。ミハイルの気持ちに焦りがつのってきた。
いや――これは逆にチャンスかもしれない。
ミハイルは考えをめぐらせ天を仰ぎながら独り笑った。
「なんとかなるかもしれない」
ミハイルの希望が天に届いたのかすぐに滝のような雨が降り出した。すぐに地面にはいたるところに大小さまざまな小さな水溜りができた。
六本の首は炎を吐きまっていたが、残りはどこか違っているかのように見えた。まるでケンカでもしているかのように見えた。
ミハイルは意を決し立ち上がった。腰に差してあった剣を確認し、多頭竜に向かって走り出す。
多頭竜の三本の首がミハイルに気づき一斉に炎を吐き出す。ミハイルは予想していたかのように素早く炎を避け、多頭竜の懐に入った。しかし三本の首が待っていたとばかりにミハイルに向かって大きな口を開いた。のど奥から真っ赤に燃え盛る炎が吐き出される瞬間、ミハイルはもうダメだ、そう思った。しかし残り三本の首が炎を吐き出そうとしている首に巻きつき、炎が吐きだされるのを制止させた。巻かれた首は苦しそうに奇声をあげる。巻きついた三本の首はまるでミハイルを助けようとしているかのようだった。多頭竜の緑色のうろこに見覚えのある赤いリボンが見えた。
「こいつ!」
全身から怒りが湧いてきた。
わずか数時間前、交わした会話は一言二言だったが、焼き菓子をあげたときの少女のこぼれるような笑みがミハイルは忘れることが出来ない。腰に差していた剣を抜き、多頭竜にも負けないくらいの大絶叫で多頭竜の身体を切り付けた。
しかし多頭竜の堅いうろこはミハイルの剣を通すことはなかった。一太刀、二太刀と連続して振るっていると、細かい破片が目の前に飛び散った。白い細かな剣に歯こぼれができたことに気付いた。舌打ちをしミハイルは持っていた剣を投げ捨てたときだった。
昔おとぎ話で勇者が多頭竜の弱点を突いた場所を思い出した。素早く多頭竜の身体をよじ登り弱点へと向かった。ミハイルを助けてくれていうような三本の首は六本の首と戦っており、間違いなく劣勢に立たされていた。多頭竜の弱点である身体の中央に懐から持っていたもう一本の小刀を取り出し、刃を下に向け柄を両手で握ったときだった。二本の首がミハイルの存在に気づいた。前後の首は一斉にミハイルに襲い掛かった。
しかし二本の首の倍はあろうかと思うような太い首がミハイルを救ってくれた。先ほどミハイルを助けてくれた三本の一本だった。ミハイルに向かって、雄たけびを上げた。まるで多頭竜のほうが早く弱点を突けと言わんばかりのようだった。
ミハイルは再び持っていた小刀に力込め一気に振り下ろした。
先ほどのような暴れ方ではなくこの世とも思えないような奇声を上げ、のた打ち回っている。先ほどのような暴れ方ではなくこの世とも思えないような奇声を上げ、のた打ち回っている。多頭竜の身体から飛び降り、再び素早く祭壇の影まで逃げた。
九本の首全てが炎を四方八方に吐き、同時によだれを垂れ流している。激しく全身を痙攣させのたうちまわっている姿はミハイルにとっては異様な光景だった。
やがて、激しく巨大な羽で空に浮かび上がり王都のほうへと消えていった。
ことの成り行きをはらはらしながら見ていたミハイルは多頭竜がいなくなったことに安堵感でいっぱいだった。しばらく動くことはできなかった。そしていつの間にか眠りに落ちていた。
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