第10話 掃除機

 掃除機の音がリビングに響く。女は午後から来るお客の為に家の中をきれいにしている。


「ふぅ、こんなものかしらね」


 掃除機の電源をオフにしてチリやホコリが無いか確認する。


「よし、完璧」


 次は買い物に出かけなきゃ。女はそう思いながら掃除機を片付け始めた。


 そういえば最近、掃除機の中のゴミ捨ててないわね。もう結構使っているけどおかしいわね。


 女が使っている掃除機はゴミが一定量貯まると、センサーで教えてくれるタイプだった。


 いつもはそれを合図に掃除機の中のゴミを捨てていたのだが、ここ最近はセンサーが点灯せず、掃除機の中のゴミを捨てていなかった。というか、最後に捨てたのもいつだったか覚えていなかった。


 そんな事もあってか女はつい気になり、掃除機を開けて中を覗いた。


「えっ、嘘」


 女は予想していた光景とは逆の結果を目の当たりにして、思わず声をあげた。


 そこには何もなかった。空っぽだったのだ。


 えっ、どうして? 基本夫は掃除をしないし、掃除機の中のゴミなんて捨てるはずもないし、ちょっと待って、そんな事より今さっき掃除機で吸い取ったゴミは一体どこへいったの?


 女は混乱していた。こんな事初めてだったからだ。


 もしかして? 女は掃除機のノズルを本体から外してノズルの中を確認した。


 だが、そこにもゴミはなかった。


 こんな事ってある? きれいになったリビングを見回して、女は不思議がった。


 買い物に行く時間だったが、女は構わず掃除機とにらめっこをしている。


 試しにビスケットを細かく砕いて、掃除機で吸い取ってみた。


 細かいかけらがノズル内を反響させ本体の方へと入っていった。


 よし、確かに吸い取ったわ。女はビスケットを全て吸い込んだのを確認して、再び掃除機の中を覗きこんだ。


 そこには、先程と同じように何も入っていなかった。


「嘘でしょ」


 こんなの何かの間違いよ。女は自分を落ち着かせようと手当たり次第、色んな物を掃除機に吸い込ませた。


 だが結果は変わらなかった。全ての物が掃除機の中に吸い込まれては消えていった。


 女はだんだん怖くなってきた。この掃除機、もしかしたらその内全てを飲み込むかもしれない。


 そんな事を考えだした女は「嫌あぁぁ」と叫びながら、思わず手に持っていた掃除機を放り投げた。


 慌てていたためか、電源が入ったままの掃除機はリビングの家具にあたり、ノズルの先が運悪く女の方にはね返ってきた。


 驚いて尻もちをついた女の頭にノズルの先が引っ付く。


 掃除機特有の轟音を間近で聞きながら女はパニックになった。


 このままじゃ私も吸い込まれるかもしれない。


 女は必死にノズルの先を頭から引きはがそうとしたが、こんなに吸引力があったのかというぐらい掃除機の力は凄まじく、中々引きはがせそうになかった。


 髪の毛が吸い込まれているせいで髪の付け根がもの凄く痛い。


 女は必死になってもがいた。だがもう自分の力だけでは外せそうになかった。


 そうだ。女はある事を思いつき無我夢中で手を伸ばした。


 よし、掴んだ。女は手にあるものを思いっきり引っ張った。


 すると、途端に轟音は止み、ノズルの先は簡単に外れた。女はコンセントから掃除機の電源コードを引き抜いていた。

 

 女は安心したのか、ふっと気を失った。


 メールの着信音で目が覚めた。


 あれ、私どうしてこんな所で眠っていたのかしら。掃除機が近くにあるって事は、掃除でもしていたのかしら? 女は不思議がりながらメールを確認する。


 いけないっ、これからお客さん来るんだったわ。早く準備しなきゃ。リビングの掃除は……あら、大分きれいだわ。これなら必要ないわね。後は、そうだ、買い物に行かなくちゃ。


 女はそそくさと掃除機をしまうと、出かける格好に着替えて玄関の扉を開けた。


 女は玄関の鍵を閉めながら、ふと考える。


 何か大事な事があったと思うんだけど、何だっけかな? うーん……駄目だ思い出せない。ま、いっか。思い出せないって事はそんなにたいした事じゃないでしょ。それより早く買い物済ませなきゃ。


 女は足早に歩きだすと、いつもの日常へと戻っていった。


 

 

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