第8話 時効パトロール

「長官、本気で行うつもりですか?」


 会議の場で部下の一人が声を上げた。


「もちろん。そのために色々根回ししたからな。もう大統領の許可も得ている。後はこの計画を実行に移すだけだ」


 長官は会議に出席している部下たちに向かってそう言い放った。


「しかしですね、これは前代未聞の事ですし、それに人道的にも問題だと思われ……」


「君は犯罪者を野放しにしていてもいいというのか?」


「いえ、そういうことでは無く、もう時効も成立していますし、今更何十年も前の犯罪者を捕まえなくても、それに今現在生きている人にも何かしら影響が出るかもしれませんし」


 部下たちは長官の計画を止めようと必死だった。


「そんな小さな問題はいい。何かを成し遂げるときには多少の犠牲はやむをえん。それに影響が出るといっても犯罪者の関係者だけだ。そんな者たちに気兼ねする必要はない」


 長官はそう言って、部下たちの忠告を突っぱねた。


「いいかよく聞け、今の犯罪検挙率百パーセントは誰のおかげだ? 全て私のおかげだ。私が長官をしている間は犯罪者は一人も許さん。必ず罪を償わせる、例え時効が成立した過去の犯罪者だったとしてもだ」


 こう締めくくると一方的に会議を終わらせ会議室を後にした。


 時効パトロール法の成立した瞬間だった。


 人一倍正義感が強く科学技術に精通していた男がいた。彼はタイムマシンを作ると政府にスカウトされ新設された組織の長に任命された。組織は科学技術特捜と呼ばれ、警察ではお手上げの難事件を次々と解決していった。但し、その功績は世間に知られる事は無く、政府内でも一部しか知る事の出来ない極秘の組織だった。


 なぜなら、彼らが使用するタイムマシンの存在は極秘中の極秘だったからだ。


 このタイムマシンは未来には行けず、過去に行って現在に帰ってくるというもので、過去に行けるといっても数年前にしか行けず限界があった。だが、犯罪の捜査には十分な活躍をみせた。たちまち犯罪検挙率は上がっていきすぐに百パーセントになった。


 長官はタイムマシンを譲渡した甲斐があったと喜んだが、まだ満足できていなかった。それは時効が成立した事件の書類が、部屋一杯に埋め尽くされている光景を目の当たりにしていたからだった。


 何だこれは、こんなにも未解決の事件があったとは。この書類の数だけ捕まっていない犯罪者がいるのか。


 そう考えるだけで怒りに震える長官は、すぐにタイムマシンの改良に取り掛かり、見事大幅な性能アップを実現させた。


 これで一人残らず捕まえられる。時効、何十年前の人物、そんなもの関係ない。罪を犯したなら罪を償わなければ、それが絶対、それが正義。


 こうして長官の心の中が現実になったのが時効パトロール法だった。


 この非公式の法律が承認されると科学技術特捜は、次々に時効と成った事件の犯人を捕まえに行った。


 過去へ行き犯行の現場を押さえると現行犯で逮捕し、現在に連れてきては罪を償わせた。中には極刑になった者も少なくはなかった。過去への介入は基本ご法度だったが、長官に発言出来る者は誰もおらず時効の書類は見る見るうちに減っていった。


 そんな中やはり問題が起きた。全国で忽然と人が消える事件が相次いだのだ。拉致だの神隠しだのマスコミは連日、トップニュースで報道していた。ただの行方不明事件の場合、一人、もしくは数人単位だが、ここ連日の事件では一家族や親族がまるごといなくなるといった大変奇妙でショッキングな行方不明事件が続いていた。


 国民は政府に事件の解明を求めたが、政府は現在調査中という見解を発表するだけで何の進展も得られなかった。


 政府は困っていた。予想はしていたがここまでとは。政府の役人たちは科学技術特捜を招いての臨時会議を開いた。


「君、もうちょっと何とかならんかね。このままじゃ国民の信頼を損なう事になる」


 役人の言葉は科学技術特捜の長官に向けられていた。


「これくらい想定の範囲内です。良いじゃないですか、悪い奴らの遺伝子が無くなって、むしろすっきりしたくらいですよ」


 長官は悪びれる様子もなく発言した。


「いや、しかしなぁ、いかんせん数が多すぎる。今投獄されている連中も過去に帰してみては? 消えた人たちも戻ってくるかもしれないし。ああ、もちろん記憶を消してだが、あの時代だと宇宙人の仕業で何とかなるしな」


 役人の言葉に大半の人が賛同したが、一人だけ頑なに首を縦に振らなかった。


「いいですか。あの連中は犯罪者ですよ、犯罪者。帰すなんてとんでもない。そもそも今消えている連中も犯罪者の子孫たちです。あの時代に捕まえられてたなら元々生まれていない命です。そんな命消えたって構わないでしょ」


「いや、そうは言ってもやはり子や孫たちには何の罪もない。無実の人たちを消すなんてあんまりだ。ここいらで止めてくれないか」


 役人たちは懇願した。


「嫌です。まだまだ裁くべき人間はたくさんいます。ここでやめられる訳ないでしょう。それとも科学技術特捜を解体しますか? それもいいでしょう。また毎日殺人事件が起こる世界一の犯罪大国に戻ってもいいのなら」


 役人たちは何も言い返せず臨時会議は平行線のまま閉会した。


 臨時会議の日から数日が経過したが、行方不明者が見つかるどころか逆にその数は増すばかりだった。


 そんな折、長官の元に役人の一人が飛び込んできた。何でも婚約者が家族もろとも行方不明になったそうだ。


「おい、昨日捕まえてきた者を過去に戻してくれ。婚約者が消えたんだ頼むよ」


 役人は泣きそうになるのを我慢しながら訴えた。


「駄目に決まっているでしょ。その者だけ特別扱いする訳にもいきません。婚約者さんはお気の毒ですけど、まあ、運が無かったと諦めて下さい。幸い婚約だけで婚姻はまだなんでしょ、またいい人見つけたらいいじゃないですか。ああ、今度は相手さんの生い立ちも調べないといけませんね。その時は私たちも協力しましょう。タイムマシンを使えばすぐですからね」


 役人はその言葉に激高し長官に殴り掛かったが、すぐに二人のボディーガードに押さえつけられた。


「暴力はいけませんね。今は気が動転しているだけです。しばらく頭を冷やしてみては」


「ふざけるな。こうなったらこっちにも考えがある。全て国民にばらしてやる。タイムマシンの事も、科学技術特捜の事も、行方不明事件の元凶がお前だって事も」


「ふう……それは仕方ないですね、この者を投獄して下さい」


「しかし……」


 ボディーガードたちは自分よりかなり立場の高い役人を投獄してもいいものかと戸惑っていたが、長官の鋭い眼光を見てすぐに「分かりました」と言い、役人を長官室から連れて行った。


「ふふふっ、馬鹿馬鹿しい。犯罪者を戻せだって、どいつもこいつもずれている。犯罪は悪だ。犯罪者も悪だ。その子や孫たちもどうせろくな遺伝子なんて持ってる訳がない。そんな奴らどうなったっていい。それよりも過去の事件の被害者の無念は誰が晴らす? 犯罪を犯して時間が経過して時効です。もう捜査しません。ふざけるなっ。被害者たちの悲しみを私が救っているだけだ。私が正しい。私こそ正義だ」


 長官の声が長官室に響き渡っていた。


 役人が投獄された事件があってから、長官の暴挙を止めようという動きが広がったが、その首謀者のトップから次々に謎の失踪事件が起きるようになり、長官を止める者は誰もいなくなった。


 ようやく邪魔をする奴らはいなくなった。ここからはどんどんペースを上げるぞ。


 実質大統領よりも権力を持った長官は時効の書類をとうとうゼロにしたのだった。


 その日の夜、長官が長官室に戻ると秘書と三人の見知らぬ男が応接間の椅子に腰かけていた。


 秘書は長官に気付くとすぐにそばに寄ってきた。


「今日は誰も通すなと言っただろう。誰なんだこいつらは?」


「それが……あのう……」


 秘書は要領の得ない返事を繰り返すばかりだった。


「初めまして。私たちはこういう者です」


 そう言って、男たちの一人から名刺を渡された。そこには科学技術特捜第五代長官と記されていた。


 何の冗談だ。男たちに改めて視線を戻すと、多少デザインは異なるが科学技術特捜の制服に似ている服を彼らは着用していた。


「これで信じて頂けますか?」


 そう言うと名刺を差し出した男は襟に付いてあるバッジを見せた。それはまぎれもなく長官の証が入ったバッジだった。長官の襟にももちろん同じ物が付いている。


「この人たちどうやら本物のようでして、止めたのですがIDカードで楽々この部屋に入られまして、どうしていいか分からず……」


 秘書は泣きべそかきながら事のてんまつを長官に伝えた。


「もういい、下がれ」


 秘書はその言葉に安堵して、失礼しますと退室していった。


「で、あなた方はどういった用件でここへ?」


 長官は自分の椅子に座ると男たちに向かって言葉をかけた。


「ええ、その事なんですけど、時効パトロール法はご存知ですか?」


「もちろん」馬鹿にしているのかこいつは、という顔をしながらその質問に答えた。


「おっと、これは失礼。いえね、この法律は長い間凍結されていましてね、まあ時効の事件が無かったというのもありましたし、一時期国の混乱を招いた法律を復活させるのもどうかという意見もありましたし、何よりあなたの子孫から長官の座を奪うのが一番苦労しましたしね」


「と言うと、お前たちは……」


「はい。未来から来ました。科学技術特捜でございます。今日はあなたを逮捕しに来ました。私たちの世界、あなたにとっては未来ですが、あなたは亡くなるまで捕まる事はありませんでした。それで今日はあなたを未来に連れて行き罰しようと思います」


「何だと」


 長官の額から冷汗が流れた。


「なぜだ? なぜ私が逮捕される。私はこの国を救った英雄だぞ。この国を世界一の犯罪大国から安全大国にしたのも私のおかげだぞ。少しくらい犯罪者の関係者を消したくらいどうってことはない。称賛はされても非難される謂れはない」


「それはご立派ですが、やはり罪のない人たちを巻き込んだのはいけません。あなたのせいで泣いている被害者の方たちを思うと大変無念です。例えあなたがこの国の偉大な英雄だとしても、罪は罪、それ相応の償いをしてもらいます」


「おい」


 第五代長官の合図で二人の男が長官に手をかけようとした。


 長官は過去で何人もの犯罪者を捕まえた高性能の武器で応戦したが、

未来の科学技術特捜はそんな旧式の武器に負けるはずもなく、過去の犯罪者同様あっさり捕まり、科学技術特捜の凄さを身をもって体験したのだった。


「じゃあ、帰りますか」


 そう言って男たちは消えるようにいなくなった。


「何かありましたか?」


 誰もいなくなった長官室からは秘書がドアをノックする音だけが響いていた。

 




 


 


 


 


 




 

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