第6話 階段
少年はとてつもなく階段が好きだった。家はマンションの上階で、備え付けのエレベーターなんかには目もくれず、毎日階段の上り下りを繰り返す近所でも評判の子供だった。
あるとき少年は母親に連れられて近くにある大きなデパートへ行った。そこは、少年にとって天国のような場所だった。
動く階段はあるわ、屋上へとつづく長い階段はあるわで、少年は大いに喜んだ。
屋上にあるヒーローアトラクションやゲームコーナー、おもちゃコーナーなど普通の子供が目を輝かせるような場所でも、少年は全く心惹かれず、階段を楽しんでいた。
無我夢中で遊んでいた少年は、動く階段を逆走してしまい店の人に捕まった。母親は呼び出され説教を受けた。
その夜、母親は少年に向かってこう言った。
「こんな人様に迷惑をかけるような子は、閻魔さまに地獄へ送られます。これからは階段を使うのは禁止です」
少年はショックを受けて泣き叫んだが、閻魔さまが怖いのか母親の言う通りにした。
次の日から少年はみるみる元気がなくなっていった。
それを見かねてか、反省している少年に母親は、人様に迷惑をかけないという条件で階段の使用を認めた。
少年は喜びまたいつもの階段を上り下りする生活に戻っていった。
そんな少年も今や立派な大人になっていた。
学生時代も階段を上り下りしていた彼は、足腰が相当鍛えられていた。それを見込まれてか、地元の消防隊に推薦されそこへ入隊した。
彼は大活躍していた。重い装備をものともせず炎の中に突っ込んだり、はしご車が届かないような高い場所でも、自慢の足で階段を駆け上がり取り残された多くの人々を救出していた。
地元では彼の事を知らない人はいないほど、彼は有名人だった。
しかし、そんな彼を悲劇が襲った。
彼が非番で、ある場所に買い物に出かけていた時に火事に遭遇した。そこは、彼が子供の頃に来たことのあるデパートだった。
火事はどんどん広がっていき、屋上には多くの子供たちが取り残されていた。
消防隊を待っていては間に合わないと判断した彼は、防護服も着けていない体で屋上へ向かった。
そこから彼は、怖くて動けなくなっている子供たちを何度も階段を往復し、安全な場所へと運んだ。
彼は大量の煙を吸って意識も朦朧としていたが、何とか気力を振り絞り最後の一人を救出した。
消防隊や救急隊が到着した時にはもうデパート全体が炎に包まれていたが、奇跡的に取り残された人はいなかった。
多くの人々が助かったと喜ぶ中、一人だけ意識不明で病院へと運ばれていった。多くの子どもたちを救った彼だった。
彼は医師たちの必死の手当ての甲斐もなく、短い生涯を終えた。
彼の遺体は火傷であちこち傷ついていたが、顔は苦しそうな顔をせずに、やりきったようなどこか安らかな表情をしていた。
そんな彼の偉業を知った市長は彼に市民栄誉賞を授与し、市を挙げて盛大な葬儀を催した。
階段好きという彼には特別に階段の形をした墓石が作られた。多くの人々に見守られ、彼の亡骸はそこに埋葬された。
多くの人々を助け、多くの人々に愛され亡くなった彼。彼は今、天国への階段を登りきったところだろうか。
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