『最強の格闘技』

「なあ、最強の格闘技ってなんだと思う?」

「……空手じゃないですか? もしくは柔道。」


 賑わった居酒屋で、仕事仲間たちが酒宴を開いていた。長々と下らない話を続ける上司に、新入社員の男は嫌々ながら答える。


「いやいや、CQCだろ? 軍隊で使われてるんだからさ。」

「……はあ、そうですか。」

「コマンドサンボって手もあるな。キックボクシングはどうだ?」

「……強そうですね、はい。」


 3時間近く、興味のない話を聞かされ、部下たちは疲弊しきっていた。一刻も早く帰宅したいが、上司の会話の隙がつかめない。


「ノリ悪いなあ。じゃあお前、何かないか?」

「僕ですか……」


 上司直々の指名を受けたのは、入社2年目の頼りない男だった。助け舟を出したいが、誰も自分が代わりに上司と話すことになりたくない。


「そうですね、一つだけ知ってます。この日本国内に置いて、最強の技を。」

「おお、なんだなんだ。どんな技だ?」


「普段は防衛としてしか使えませんが、今この場においては最大の攻撃となります」

「面白い。やってみせろ」


 上司の言葉に首を縦に振り、2年目の男が上司の前に立つ。構える上司だが、2年目の男は全く動き出さない。と思いきや、2年目の男は突然膝を地につけ、そのまま額と両手も地につけた。いわゆる土下座というやつだ。


「お、おい、何してる。」


 上司の問いかけにも答えず、2年目の男は土下座を続ける。訳が分からずポカンとする部下たち、そこに意外な展開が訪れた。


 周囲の客たちが、ひそひそと話すのが聞こえてくる。その話し声は店中に広がり、やがて店長らしき初老の男性が上司の前に現れ、


「すみません、揉め事は止めてください」


 と言った。非難の目を浴び続け、バツが悪くなった上司は、部下たちの分のお代を置いて、逃げるように走り去った。上司の姿が見えなくなったところで、2年目の男が表を上げる。部下たちは関心して、


「凄いな、よく考えたもんだ。」


 と言うと、2年目の男は苦笑して、


「考えてませんよ。いつもやってることをしただけです。」


 と言って、さっさと店の外に出て行った。

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