3

「どうして魔法を使わないんだ?」


 あきら君が尋ねた。近くの喫茶店で久々に見かけたので声をかけた。


「覚えてないのか?僕はあきら君と違って魔法を使えないんだよ」

「そうだっけ?使えないのか。そう。残念」


 あきら君はそう言って、コーヒーに砂糖を溶かし続ける。味覚障害。高級そうなスーツを着ていた。内側のシャツの袖が汚らしく黒ずんでいる。


「そういうあきら君は、そういえばどこに就職したの?」

「あー総務省」

「すごいな」

「やめさせられそうだけどね」


 くくくと嗤う。


「どうして?」

「職員トイレで薬やってたのがバレちゃってさ」


 この席は他の席から少し離れてる。誰も聞こえてないはず。


「魔法では彼女は生き返らなかったんだね?」

「彼女?そもそも死んでないしね。毎晩僕の相手をしてくれているよ。生き返りってなんのこと?」

「そう」


 幻覚。であって欲しい。もし幻覚でないなら。


「お金は大丈夫?薬も安いものじゃないだろうし、生活出来てる?」

「大丈夫だって、足りなくても魔法があるから」


 そうだった。そう言って彼は寝る間も惜しんでバイトして、学生時代は彼女に貢いだのだった。


「ところでどうして君はここにいるんだい?君と同じ学校だったのは中学までだったはずだけど」

「さっき偶然ここで僕があきら君に会ったんだろ、君がちょうど地元に帰ってきてて。忘れたのか」

「忘れちゃいないよ。当然」

「嘘つけ」


 彼はとても楽しそうにコーヒーのカップをカチャカチャとかき混ぜた。少し飛び散って、テーブルを汚す。手が震えている。


「最近どうしようなく寂しくなるんだ」

「どうしたんだ、あきら君。突然」

「何か失くしたような気がしてさ」


 あきら君はもう何も見ていなかった。


「そういう時はさ、夜の繁華街に行くんだ。ゲームセンターだよ。そこには必ず一人で遊んでる小学生がいる。女の子だよ?その娘に声かけてさ、トイレに連れ込んで薬をかがせて家まで連れて帰ってレイプするんだ」

「…………」

「二次性徴のまだ来てない女の子の股に顔を突っ込んでいる時が一番安心できるんだ。あの娘たちの足って片手で掴めるからさ。僕はそこに呼吸器みたいに口元をあてて舐め続けるんだ。実際呼吸器みたいなもんさ。ダイバーみたいに時々そこで息をしないと死んでしまう」

「犯罪だぞ」

「魔法だよ」


 あきら君はくくくと嗤う。


「そのうち一人殺してみようと思ってる」

「…………」

「そしたら魔法で消してしまうんだ。ぜんぶね。僕も生まれなかったことにして、何もかも消してしまおうと思う」

「そうか、うまくいくといいな」


 僕は席を立った。あきら君は気付いた様子もなかった。


 魔法が使えない僕は歩いて家に帰る。自家用車もタクシーも使えないからだ。


 お酒がないととても寝れたものではないので、毎晩少しだけ飲んで潰れて寝る。明日も仕事だ。


 魔法が使えない僕は色んなことがわからない。どうして水道から水が出るのかも、どうして人が死んでしまうのかも、僕が幸福でも不幸でもないのにとても息苦しいのがどうしてかもわからない。


 魔法なんてないよ。


 誰かにそう言ってもらったところで、僕は大して嬉しくない。


 むしろこう言って欲しい。


 魔法はあるけど君には使えないよ。


 僕には魔法は使えない。ならば僕はどうして生まれてきたのだろう。魔法も使えないくせに。地面を歩いて食べて働いて生きるしかできないくせに。


 誰か魔法が使える人がここにいるなら。


 どうか僕を魔法で生まれなかったことにしてくれないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法少年になりたくない 言無人夢 @nidosina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る