硝子花
星 綴
硝子花
碧い眼をした濃碧がお兄ちゃん、紅い眼をした淡紅が弟で、とても仲良しな二人はいつも一緒です。
今年も残りあとわずかとなった今日も、二人は一緒に森へと遊びに来ました。
この森は、お母さんやお父さんが生まれるずっと前、おばあちゃん達が生まれるよりもずっとずっと前からここにあるのです。
おばあちゃんが言うには、この森には古い神様がいて、村のみんなを見守ってくれているのだそうです。毎日のように森で遊んでいる濃碧も淡紅も、まだ一度も神様に会ったことがありません。
今日こそ会えるといいね、と話しながら、双子は手をつないで森へと入っていくのでした。
「ねえ濃碧、今日は花を探そう」
淡紅が言います。
濃碧は困った顔をして、辺りをぐるりと見回しました。そこには、ほとんど葉が落ち、細い枝だけの木しかありません。
「淡紅、今は冬だから、花なんてなかなかないよ」
「咲いているやつが、あるかもしれないじゃない。持って帰ったら、きっとお母さん喜ぶよ」
お母さんはとても花が好きで、家の庭にはお母さんの育てた綺麗な花がたくさん咲いていました。
けれど、冬になってからは咲く花も少なく、お母さんは寂しそうにしていました。
「そうだね、そうしよう」
お母さんの喜ぶ顔が見たくて、濃碧はうなずきました。
「じゃあ、どっちが早く見つけられるか競争! 僕は向こうを探すから、濃碧はあっちね」
「よぉし、負けないからな!」
二人は張り切って、それぞれの方向へ走っていきました。
一人で森を歩くのは初めて。いつもとは周りの景色が違って見えるようで、濃碧はわくわくしました。
冬の森は空気がぴんと張り詰めていて、とても静かです。濃碧が降り重なった落ち葉をざくざく鳴らして歩く音だけが辺りに響いています。
ところが、奥へ進んでいくにつれて、かすかに別の音が聞こえてきました。
「くぅん、くぅん」
迷い込んでしまったのでしょうか、小さな犬の鳴き声です。
濃碧はかすかな鳴き声を頼りに、犬を探しました。
やっとのことで、落ち葉の海でもがいている茶色い子犬を見つけました。
「ははぁ、ウサギの巣穴にはまっちゃったんだな。今出してあげるよ」
体に付いた落ち葉を払って抱き上げてあげると、子犬はお礼のつもりか「くぅん」と一声鳴きました。けれど、すぐにぐったりしてしまい、ぶるぶる震えています。
「どうしたの? 寒いのかな?」
吐く息が凍りそうな今日のことです。小さな犬の体は、すっかり冷えてしまっていました。
濃碧はちょっとの間悩んで、自分のマフラーで子犬を包んでやりました。おばあちゃんが編んでくれた、淡紅とおそろいの、あたたかい毛糸のマフラーです。
濃碧の首元は寒くなりましたが、かわりに子犬の震えは収まったようです。
ぎゅっと抱きしめると、子犬は濃碧の頬をペロペロなめてきました。腕の中の小さな子犬が、濃碧にはとてもかわいく思えました。
「この子、連れて帰っちゃおう。お前、うちにおいで」
しばらく子犬を抱いたまま花を探していると、おとなしくしていた子犬が急に吠え始めました。
そして、その声に応えるように前の茂みががさがさと揺れ、母犬が現れたのです。
「お前のお母さん?」
母犬は子犬を心配して、濃碧の前を行ったり来たりしています。
「お母さんと離れるのは、寂しいね」
連れて帰れないのは残念でしたが、濃碧は子犬を降ろしてやりました。子犬は尻尾を振って母親にすり寄ります。
二匹はそろって一声吠えると、出てきた茂みの中へ入っていきました。
覗いてみると、そこは親子の住処のようです。
強く冷たい風が吹きぬけ、二匹は震えながら身を寄せ合いました。
「ちゃんとしたお家があるって、幸せなんだなあ」
濃碧はそう思うと、早く家に帰りたくなりました。
「僕にはお家があるから、お前達にはこれをあげるよ」
おばあちゃんからもらった大切なマフラーを、親子にあげてしまいました。
二匹はあたたかなマフラーにくるまり、またそろって一声鳴きました。
その時です。
突然目の前がぱっと光り、濃碧はまぶしくて目を閉じました。
光が収まり、恐る恐る目を開けると、いつのまにかおじいさんが立っていました。真っ白な髪に、真っ白な長いひげ。手にはごつごつした木の杖を持っています。
「神様!」
思わず叫ぶと、神様はにっこり笑ってうなずきました。
「良いことをしたね、濃碧。偉い子だ」
「どうして僕の名前を知っているの?」
「わしは神様だからさ。神は何でも知っているんだよ」
「すごーい」
濃碧は目を輝かせます。
「さて、良い子にはご褒美をあげよう。手を出してごらん」
神様が杖を振るうと、ビンに入った綺麗な七色の飴玉が出てきました。一粒食べてみると、いちご、ぶどう、りんご、レモン、くるくる味が変わっていく不思議な飴玉でした。
「おいしい! ありがとう、神様」
濃碧はすっかり気に入って、コートのポケットに大事にしまいます。
「そうそう、花を探しているのだったね」
確かに、神様は何でもお見通しでした。
また杖を振り、今度は花を出してくれました。見たことのない、碧いバラです。
「わあ、綺麗」
お母さんも、喜んでくれるに違いありません。濃碧は、嬉しくなりました。
「では、わしはもう行くよ。どんな時も、優しい心を忘れないようにな」
「はい、わかりました」
神様は、現れた時と同じく、光とともに消えてしまいました。
「淡紅に教えないと!」
濃碧は、大慌てで来た道を戻りました。
「淡紅、淡紅! 早く来て!」
淡紅と別れた場所の辺りで呼ぶと、遠くから返事が聞こえます。
淡紅が来るのを待ちきれず、濃碧は迎えにいきました。
「濃碧、こっち」
枯れ木の間から淡紅がひょっこり顔を出すなり、濃碧は弟に飛びつきました。
「いたよ! 会ったんだ!」
「何にさ?」
「神様だよ!」
「えっ! 本当?」
淡紅は、目を真ん丸にして驚きました。
「僕が子犬を助けて、それからお母さん犬と会って、それで、二匹が寒そうだったからマフラーをあげたんだ。そうしたらピカッて光って、神様が!」
濃碧は興奮しながら一気に喋り、神様からもらった碧いバラを見せました。
「うわあ、綺麗。じゃあ、勝負は濃碧の勝ちか。ちぇっ」
しょんぼりして下を向いた時、淡紅は濃碧のポケットのビンに気が付きました。
「濃碧、それは何?」
「これも神様がくれたんだよ。すごくおいしいんだ」
「僕にもちょうだい!」
「だめだよ! 僕がもらったんだから」
いつもは仲良く半分こなのですが、七色の飴玉がとてもおいしかったので、濃碧は独り占めしてしまおうと決めていました。
「ずるいよ、濃碧だけ。僕は、神様にも会えなかったのに」
淡紅が手を伸ばすと、何ということでしょう。濃碧は淡紅を突き飛ばしてしまったのです。淡紅は転んで膝を擦りむいてしまいました。
「淡紅が悪いんだよ! 僕の物を取ろうとするから! 淡紅が悪いんだよ!」
謝るどころかそう言って、濃碧はバラをお母さんに見せようと、一人で家に帰ってしまいました。
「お母さーん!」
夢中で走ってきた濃碧は、息を切らしてお母さんを呼びました。
ところが、返事はありません。
「お出かけしちゃったのかな」
早くお母さんの喜ぶ顔を見たかったので、少し残念でした。
バラにお水をあげようと水道の所へ行き、濃碧は気が付きました。
「花がない!」
しっかり手に持っていたのに、どこにもありません。ポケットに入っているはずの飴玉もなくなっていました。
仕方なく森への道で探そうと家を出ましたが、村の様子がいつもと違います。
表には誰も出ておらず、店にも人がいません。商品はそのままなのに、人間だけがいなくなっているのです。村は空っぽで、濃碧はひとりぼっちになってしまいました。
森に入ってみても、しぃんと静まり返って、淡紅もあの犬の親子もいません。
そして、いつしか空からは白い雪が、はらはらはらはらと舞い降り、辺りを染めていきました。
真っ白な世界にただ独り。
濃碧は、怖くて寒くて、とうとう泣き出してしまいました。
「みんなどこへ行ったの? 誰か、誰かいないの? お母さん、お父さん、淡紅!」
力いっぱい叫んでも、そこには白い景色が広がるばかり。
濃碧の声は降りしきる雪に吸い込まれていきます。
「濃碧」
突然、神様の声が聞こえました。
「神様! どうして誰もいないの? 何で僕一人なの?」
「濃碧、わしが言ったことを覚えているかい? 優しい心を忘れないようにと言ったのに、お前は淡紅に怪我をさせたね」
濃碧は、神様が何を言おうとしているのかがわかりました。
これは罰なのです。神様の言ったことを忘れ、淡紅に意地悪をしてしまったおしおきなのです。
「ごめんなさい、もうしません」
「この世界は、嫌かな」
「嫌です」
「けれど、これがお前の望んだ世界だよ」
びっくりして、濃碧の涙は止まりました。
「僕は、こんな世界望んでいません」
「そうかい? ここは、おもちゃもお菓子も、何でも独り占めできる世界だよ」
濃碧は、何も言えなくなりました。確かに、濃碧は独り占めすることを望んでしまったのですから。
「ごめんなさい、もう独り占めはしません。だから、みんなのいる世界に帰してください」
また涙が溢れ出し、泣きながら何度も謝りました。
流した涙はこぼれ落ち、雪を溶かし、水溜りができました。ふと見ると、中にぼんやりと何かが映っています。
目を凝らしてよく見ると、淡紅でした。何かから必死に逃げているようです。また目を凝らすと、枯れ木のオバケが襲いかかっているではありませんか!
「大変だ!」
濃碧は、オバケを怖いと思うよりも先に、水溜りへ飛び込んでいました。
さあ、突然枯れ木オバケに襲われた淡紅は、ただ逃げ回ることしかできませんでした。
一生懸命逃げるけれども、怪我が痛くてうまく走れません。助けを呼ぼうとしても、ここは冬の森の中。人影は見当たりません。
「助けて!」
追い詰められて、もうだめだと思った時、どこから出てきたのか、濃碧が目の前に現れました。
「淡紅に何するんだっ!」
濃碧がそばにあった石を思い切り投げつけると、枯れ木オバケは、煙になって消えてしまいました。
「ありがとう、濃碧。すごいね! オバケ怖くないんだ?」
「えへへ、僕はお兄ちゃんだからね」
「本当は、ちょっと怖かったでしょ?」
「……うん、実はちょっと怖かった」
「あはは。でもすごかったよ、かっこよかった」
「えへへ」
さっきのケンカはどこへやら、二人は仲良くクスクス笑い合いました。
「よくやったね、濃碧」
また光と共に、神様がやってきました。
「神様だ!」
神様と初めて会う淡紅は、叫びました。
「自分の安全よりも淡紅を心配して、ちゃんと守ってあげられたね。やっぱり、お前は優しい子だ」
神様は、濃碧の頭を撫でてくれました。そして、淡紅の頭も撫でてくれました。
「淡紅、お前も良い子だ。怪我をさせられたのに、濃碧を心配して探しに戻ってあげたね」
「そうなの?」
「だって、家に戻ったら、濃碧はまだ帰ってなかったんだもん」
濃碧が聞くと、淡紅は恥ずかしそうにうなずきました。
「ありがとう、淡紅。意地悪してごめんね」
「いいよ」
二人はすっかり仲直りしました。
「よしよし、兄弟はこうでなくてはいかん。さあ、手を出しなさい。良い物をあげよう」
双子がそろって手を出すと、神様は杖を振りました。それぞれのポケットに飴玉のビンが一つずつ、二人の手の中には一輪の花が載せられています。
それは普通の花ではなく、ガラスでできた花でした。夕焼けの紅と夜空の碧が合わさった、ちょうど夕暮れ時の空のような、不思議な紫色の花です。
「ガラスでできた花は枯れることはないが、とても壊れやすい。これは、お前たちの絆の花だ。
濃碧の気持ちが離れてしまえば、花は碧く凍り、割れてしまうだろう。
淡紅の気持ちが離れれば、花は紅く燃え、溶けてしまうだろう。
二人の気持ちが合わさっていてこそ、綺麗な紫の花が保たれるのだ。わかったね? 花を壊してはいけないよ」
「はい!」
元気な返事を聞いて、神様は強くうなずき、光の中へ消えていきました。
濃碧と淡紅は、来た時と同じように仲良く手をつないで、お母さんの待つ暖かい家へと帰りました。
ガラスの花を見たお母さんはとても喜んで、双子もとても嬉しくなりました。
お母さんはかわいらしい花瓶に花を生け、二人の部屋に飾ってくれました。
夕暮れ空色の花は、鳥がさえずる春になっても、蝉時雨の夏になっても、虫の歌う秋になっても、そしてまた木枯らしの吹く冬になっても、変わらず美しいままで、二人を見守っているのでした。
硝子花 星 綴 @Hoshikagari
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます