バックトラック 日常に戻る道 侵食率166%→??

 体内を強く侵食したレネゲイトウィルス。

 その侵食率が100%を超えた状況が長く続くと理性が溶かされ、ジャームとなってしまう。

 怪物となるか、人間の理性を取り戻すか。

 それは日常との絆の強さにかかっている。


 心臓が跳ね上がる。

 影蛇の獣の衝動があたりの理性を溶かしていく。このまま衝動に身を任せて暴れてしまえと囁いてくる。


『今なら破壊の魔獣的BOSSとして世に君臨できる未来が待ってまっせ。何せこの街の鎮守を喰らってパワーアップ、言う設定が付きますからなぁ。

 なんやったら、ねーさんお好みの女だけのハレムも作れますぜ』


 これがあたしの『衝動』だ。

 ジャームの衝動は人それぞれだ。そしてそれは目が覚めれば消えてしまう夢のようなもの。P266も、クララさんも、セッちんも、自分の内にあるレネゲイトの衝動に耐えているのだ。

 まあ、あたしみたいにクッソ軽い相手かどうかはわからないんだけど。


『ねーさんもう少し強引に迫らなあかんで。折角のパワー系オーヴァード。まさしく獣のように迫らな! 身も心も解放した夜の帝王の如く生きてこそ、最高の快楽が得られるんや!

 地も、肉も、レネゲイトも、全てを吸い上げて喰らって。そしてねーさんの影で作り直せばその娘は永遠ににねーさんのモノや! 年取って劣化もせーへんで!』


 この手の『誘い方』は人それぞれだが、要はあたしの願い欲望の一端を示しているという。そしてそう言われれば否定ができないのは事実だ。あたしはこの能力をそういうふうに使いたい、という気持ちがゼロではない。

 女の子だけのハーレムとか最高じゃね? すべて暴力的に奪うのって気持ちよくね? 形はどうあれ、永遠に劣化しないとかすごいんじゃね?

 その思いは否定できない。あたしの心のどこかで渦巻いている。

 それら全てを認めたうえで、あたしはそれら全てを否定する。


 先ずはクララさん。

 あの人はあたしもドン引きするレベルの被虐守護者マゾヒストだ。UGNが人手不足とはいえ、よくまあああいう人を登用したもんだと思ってる。

 でもクララさんはある種の威厳をもって場を纏めたり、あたし達を守る盾となってくれる。あたしを見守ってくれている所もある。ただ欲望に忠実なだけの変な人じゃない。

 ……と、思う。


 そしてセッちん。

 言葉少なく、だけど任務に忠実な子。子供なんだからもう少し感情のままに生きてもいいのに、と思いながらもそれ以外の事を知らない少女。

 あの子が心の底から笑える日が来るまで、あたしはあの子に構い続ける。そりゃ迷惑なこともあるだろうけど、闇の中救ってくれたP266やクララさんのように、あたしもあの子を助けたい。

 ……まあ、エロいことするのも教育の一環だよね。うん。


 秋絵ちゃん。

 絵を描き、お母さんに認めてもらいたい女の子。レネゲイトの暴走とはいえ人を傷つけたことはきっと心に傷を残しているだろう。

 純粋な芸術に対する思い。あたしはそれを知っている。お母さんとの和解がうまくいくように、あたしに出来ることは何かないかと思ってしまう。……脅迫? いや待てあたし。

 あと巨乳。またにゃんにゃんしたい。


 恵子ちゃん。

 男に襲われて力を求めた女の子。彼女もまた自分を守るためとはいえ、人を殺した痛みにさいなまれるだろう。その気持ちはあたしも経験している。

 あたしの答えを言うのは簡単だ。だけどそれはきっと恵子ちゃんの求める応えじゃない。

 この答えは、自分で見つけなくては意味がない。それが見つかるまであたしは傍で支えていたい。泣くなら胸を、立ち上がるために手を貸すつもりだ。

 それに、精神的に弱ってる方が色々誘いやすいもんねー。えへへー。


 うん。やっぱりこっちの方がいい。日常を思うたびに、レネゲイトによって溶かされた理性が戻ってくる。

 永遠に変わらないあたしに忠実な女楽園ハーレムよりも、自分勝手だけど女の子の方がずっといい。


 きっとこのことは覚えてないけど、また会うだろうから一応別れの挨拶だけは言っておく。


「バイバイ、『衝動あたし』。あたしは日常に戻るよ」

『さよかー。ほなまたなー』


 四つの『ロイス』を道標に、あたしは日常へと帰っていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る