ウィルス侵食率 68%→78%

情報収集。知識:心理学(コネを使用)

 唐突で申し訳ないが、あたしは物凄く不機嫌な顔をしている自覚があった。

 これから会う人物はP266に仲介してもらってのだが、素直に言えば会いたくないし誰かに代理であってもらうことも考えた。

 ネガティブな理由なら、いくらでも思い付く。そもそもあたしの役割は『前で殴る』だ。情報収集はあたしの役割ではない。

 心理的に、役割的に、性格的に、これから行うことはあたしには向いていないのだ。絶望的に。

 でも、逃げてはいられない。全てを諦めることは簡単だ。心を無にして、秋枝ちゃんや恵子ちゃんを「 」すことは出来る。それこそ今まで裂いてきたジャームのように。

 UGNに代役がいれば、間違いなくあたしは外されただろう。あたしを気遣ってということもあるが、あたしが役に立たないということもある。

 実際、さっきの戦いではなんの役にも立っていない。情報こそ仕入れたが、逆に言えばそれ以外はなんの戦果もない。

 ジャームは元に戻らない。それはどうしようもない事実だ。

 だから――


「はじめまして、か。牧村亜紀子でよかったか?」


 声をかけてきたのは、あたしの待ち人。タバコの臭いか染み付いたスーツを着た中年の男性。

 向こうは初見だが、あたしは知っている。クララさんと話をしていた刑事だ。


「俺の名前はーー」

「あ。あたし、男の名前を覚えるつもりも聞くつもりもないから」


 自己紹介を始める男の言葉を、一言で黙らせる。表情と動作もこめて拒絶して、端的に問いかけた。


「聞きたいんだけど、刑事さん」

「聞いてはいたが、かなりの男嫌いだな。何でも聞いてくれ」


 あたしの問いかけに、怪訝そうな顔をする刑事。頭を掻きながら、言葉を返す。


「理性を失った人間が取る行動なんて、そりゃ理性のない行動をとるんだろうよ」

「例えば、お母さんに道を否定された人が理性を無くしたら、通り魔になったりする?」

「……しねえんじゃないか? 因果関係がない。それなら普通はその母親を襲う」


 そうだ。あたしの疑念はそこだった。

 ジャームに理性はない。だけど『理性がないイコール人を襲う』となるのだろうか?

 理性のない人間が、あたしにキスされてあそこまで無抵抗で居られるのだろうか? いやまあ、ジャームすら昇天させることのできるあたしのテクの賜物って可能性はあるけど!

 とにかく――あたしはあの二人が本当にジャームではない可能性に気づいた。

 それは普通に会話できたということがきっかけだ。理性のないジャームは他人との触れ合いであんな風に笑わない。何故なら他者とのロイスを持たない。彼らは自分自身で完結するのだ。


『ジャームになった者は、もう人間には戻れない』

『ジャームってレネゲイトウィルスが過剰に侵食した状態なんでしょう? 風邪みたいに治ったりしないの?』

『しない。風邪などがが治るのは、生物の自然治癒能力が異物であるウィルスを排除するからだ。だが、ジャームはレネゲイトウィルスを異物と認識しない。逆に人間であった頃の理性や常識を異物と判断し排除するのだ……というのが私の見解だ』


 P266の言葉を思い出す。この仮説が正しいとするなら、ジャームに理性や常識はない。、という常識が無くなるはずだ。

 問題は、なぜ人を襲うのか――


「まあ通り魔と言っても様々だ。ナイフを持って襲い掛かる奴もいれば、露出狂もいる。自分の快楽を押し付けているという意味では、母親に対する復讐ともいえるな」

「酷い話よね。自分の欲望を押し付けるなんて」


 どこかから『お前が言うな』という声が聞こえてきた気がするけど、スルー。要するにそういう事だ。

 恵子ちゃんは、。オーヴァードの力に目覚め、その超能力で絵を描いていたのだ。オーヴァードに襲い掛かったのは、その個性あふれる超能力を見たいがため。

 一般人を襲わない理由はきっとそれだ。

 おそらく秋絵ちゃんは、オーヴァードの力に目覚めているがジャームではない。

 勿論、これがあたしの希望的推測の可能性がある。むしろUGNからは一蹴されるだろう。

 だけどそこに、可能性がある。ならあたしは賭けてみたい。

 そして恵子ちゃんは――


「例えば――本当に例えばの話だけど」

「うん?」

「男に暴行を受けた女性が、反撃で人を殺した場合……それは理性のない行動と思う?」

「まさか。それは自分を守る行動だ。たとえ殺意が無かろうが、真っ当な人間の行動だ。それを理性がないなんて言うのは論外だよ」


 恵子ちゃんに至っては、その経緯から考えればジャームであるという証拠がない。

『掃除する』と言いながら襲い掛かって来ても、あたし達を逃がすように促していた。好戦的になった理由は不明だけど、それこそあの『解放者』が絡んでいるのだろう。

 それに至っては確信がある。何故なら――


「――そいつはもしかして、あんた自身の話かい?」


 踏み込んでくる刑事の言葉。聞いた後で後悔の表情を浮かべて、謝ってきた。

 どうやらあたしは、本当に余裕のない顔をしていたのだろう。表情から心中を読まれるほどに。


 あたしが恵子ちゃんがジャームではないと確信を持てる理由は、簡単だ。

 

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