戦闘終了。ウィルス侵食率 50%→68%

「ななな、何するのよ、エロ村ー!」


 恵子ちゃんが叫ぶと同時に突き放される。あたしは抵抗することなく、後ろに数歩下がった。


「信じられない! いきなりキスするとかどれだけーー」

「ごめん」


 あたしは小さく謝った。謝罪して視線を反らす。こちらの都合で仕方ないとは言え、罪悪感で押し潰されそうだ。

 なにかを言おうとして、あたしは口が止まる。何を言っても、過去は変えられない。あたしは恵子ちゃんを救えなかった。むしろ『解放者』の方が救っている。


「亜紀子君、戻りたまえ!」


 P266の声が届く。忘我していたあたしは、その声で、スライムに捕らわれたクララさんを引っこ抜いて弾けるように後ろに下がる。


「ああ、もう少しだったのに……でも寸止めされるのも、イイですわ」


 ある意味ポジティブなクララさん。見習いたいような、見習いたくないような、見習ってはいけないような。

 UGN三人と合流したあたしは、恵子ちゃんと秋枝ちゃんの方を見る。神社を守るように立つ二人。二人がこちらを見る目は、いつも通りのものだった。

 秋枝ちゃんは、マイナスイオンを発しているような穏やかな顔で。

 恵子ちゃんは、怒りを隠そうともしない。そんな怒りのポーズで。

 とてもオーヴァードとは思えない。どこにでもいる普通の女の子。


「そう! 二人とも最初は抵抗があったけど、すこし強引に押せば体を任せてくれる普通の女の子なのに!」

「任せてないから! 変なこと言わないでよ!」

「あのね、言葉にされると恥ずかしいので、言わないでほしいの」


 あたしの悲痛な嘆きを、否定する恵子ちゃんと秋枝ちゃん。


「えー。だってさっきは」

「不意打ちで驚いただけよ! 流されてないんだから!」

「さっきのことを言ってるのなら、傍目に見ても脱力してたとしか……」

「よねー。離さない、て感じであたしの服ぎゅっと握ってたし」

「わー! わー! わー!」


 ごまかすように叫ぶ恵子ちゃん。認めちゃえばイイのに。

 でも本気で嫌がっていないのは確かだ。次も押せ押せでいってみよう。上手くいけは最後までイケるかも。


「……なんの会話なのだ、これは」

「年頃の乙女の会話よ。化石ケータイP266は黙ってて」

「日本人は性に対して解放的なのですね」

「……違う、から……」


 JKの会話に割ってはいるUGNズ。ええい、無粋な。

 秋枝ちゃんと恵子ちゃんは動かない。神社を守るような立ち位置は変わらない。

 それが誰かの命令なのか、ただの偶然なのかはわからない。だけど意図しての行動なら、神社の奥になにかがいるのは確かだ。

 それはおそらく、恵子ちゃんの過去に出てきた『解放者』なのだろう。それが二人をジャームにした何かだ。


「得るべき情報は得た。これ以上の戦闘は無意味だ」

「もう少し攻撃を受けてもいいのに……いけずですわ」

「……撤退……」


 セッちんが言うと同時に、閃光が走る。二人の目を眩ませて、あたし達は神社に背を向ける。

 そのまま一気に階段を駆け降り、安全な場所まで走っていくのだった。


 ※   ※   ※


 UGNが送迎用に用意した車に乗り込み、一息つく。

 車を発進させて少ししてから、あたしは恵子ちゃんから得た情報を告げた。


「唇はぷにぷにでー、舌の動きはつたないけどそこが逆に可愛くてー」

「いや、そういう情報はいいから」

「うふふ。なかなか生々しいですわね」


 何故かセッちんは自分の耳を塞いで、聞かないようにしていた。むぅ、いい話なのに。

 もう少し恵子ちゃんのことを話したかったけど、空気読んで止めることにした。とりあえず、恵子ちゃんの過去を説明する。


「『解放者リベレイション』だと? それが二人に力を与えたと言うのか?」

「状況的に間違い無さそうですわ。……ですがそれは、あの二人がエフェクトで作った偽物ではなく本物だと言うことですわね……」

「なんとかならないの……!? 例えばそのすいへいりーべを倒せば元に戻るとか!」


 あたしはつい叫んでしまう。

 クララさんが言ったことは、概ねあたしも感じていた事実だ。あの二人は本物だ。だからこそ、あたしはなにもできない。


「それは元素記号の暗記方法だな。戻る可能性はある。だが確信はない」

「過去のUGNの事件データから、調べることはできるかもしれません」

「あの神社の……由来を調べたら、何かわかるかも……」


 クララさんやセッちんが、あたしを励ますように告げる。だけど実質的には『わからない』なのだ。

 あの二人がジャームなら、もう日常には戻れない。

 手を繋いだり、キスをしたり、胸をさわったり、ベットの中で色々したりすることは出来る。

 だけどそれは肉体的なそれだ。気持ちいいし、それはそれでアリっちゃアリなんだけど。何て言うか、それは違う。

 こー、道具でシテるのと、変わらない。そこに『その』がいないのだ。

 ジャームは笑わない。怒らない。泣かない。

 ジャームが見ているのは、自分だけなのだ。自分の欲望のままに生き、オーヴァードの能力を使うのだ。

 ……あれ? でもこれって?

 ……………………もしかして。


「確認だけど、あたしすることある?」

「支部長としては待機命令だな。情報収集の結果によっては、戦ってもらうことになる。正直、亜紀子君抜きでは勝機は薄い」

「んー。やりたいことがあるんだけど」

「む。内容によるな」


 P266の言葉に悩むあたし。言いたくないけど、言わないと納得しない態度だ。

 うーん。あたしはケータイで話すようにP266を持って……ってそのままなんだけど、こっそりやりたいことを告げる。


「……意外だな。そのようなことを言うとは」


 驚くP266。あたしがこう言うことを言うとは、思わなかったのだろう。あたし自身も業腹だとは思う。

 反対の言葉はなかった。怪訝そうにしているクララさんとセッちんに、誤魔化すように手を振る。

 あたしとしても不本意だが、可能性があるなら賭けてみたい。その前に、の話を聞かなくちゃいけない。


 車は逃げるように神社から離れる。

 だが向かう先は希望。再戦の為に、走り続ける。

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