マスターシーン『恵子ちゃんの物語』

 掃除をするという事は、汚す者がいるという事だ。

 それは仕方ない。歩いているだけで髪の毛が落ちたり、靴から砂が落ちて地面が汚れることはある。木の葉が落ちたり雨が降ったりと、汚れる理由をあげれば数限りない。

 だが、意図してゴミを捨てるのは頂けない。少し歩けばゴミ箱があるのに、遠くに捨てるのが面倒だという理由で捨てられるゴミ。ペットボトル、御菓子の袋、煙草の吸い殻……そう言った者を拾い上げるたびに、恵子の心にストレスが溜まってくる。

 最初は顔に出さないように努めていたが、何度も何度もそう言ったゴミを拾うたびにその為の労力を払うのも嫌になってくる。なんで捨てるのよ。なんで汚して平気なのよ。誰が拾うと思ってるのよ。ふざけるんじゃないわよ。


 運が悪いことに、恵子は煙草を捨てた不良と目が合ってしまう。

 何もなければこのまま素通りしてしまうのだが、恵子の心に溜まったモノが、衝動的に爆発してしまう。つい、注意してしまったのだ。


「タバコを吸うときは灰皿を用意してください」

「っていうか、未成年じゃないですか。貴方達」


 言ってから後悔する恵子。怖かった。自分よりも力が強くて体の大きい複数の男性。それに面と向かって言葉を言えたのは、怒りによるものだった。

 間違ったことはしていない。それは誇ってもいい。

 だけど、男たちが自分の後ろを尾行け始めたのが分かり、後悔が大きくなる。

 警察に逃げ込む。誰かに相談する。落ち着いてしまえば、解決策はいくらでもある。警察に頼ろうとするだけで、リスクを判断して不良達は諦めたかもしれない。誰かに相談すれば、少なくとも恐怖はまぎれる。

 恵子はそれができなかった。何とか降りきろうと走り、だけどすぐに追いつかれてしまう。助けを呼ぼうと声をあげるが、誰も出てこない。そうこうしているうちに口をふさがれ、強引に人のいない場所に連行される。 


「抵抗するんじゃねーよ!」


 逃げ出そうと暴れたら、思いっきり殴られた。痛みと驚きで腰が抜けて、そのまま崩れ落ちる。


「ったく、タバコが吸えないからストレスが溜まっちまうぜ」

「そうだよなぁ。そのストレスを解消させてもらわないとな!」


 自分勝手な理屈をあげながら、恵子に襲い掛かる不良達。恵子の四肢を押さえ、服を破り、下着をはぎ取る。そのまま自分の欲望を恵子に叩きつけようと――


『力が欲しいかい?』


 恵子の心に声が届く。不良達が騒いで自分自身も悲鳴を上げているのに、その声だけは確かに響いた。


『この人間達を倒せるだけの力が』

『君の望む力が、欲しくないかい?』


 どこの誰だかわからない。そもそもそんなことを気にかけている状況じゃない。わらにもすがる思いで、恵子は力を求める。


『そう。だったら君の心を<解放>してあげよう。契約は完了した!』


 ――そして気が付けば、恵子の周りには誰もいなかった。

 あれだけ騒いでいた不良達は影も形もない。血の跡すらない。全て奇麗に『掃除』したのだ。


「嘘……。もしかして、私……殺した……の?」

『違うよ。君は掃除しただけ。綺麗にしただけさ。耐えられなかったんだろう? 汚いのが』

「あ、ああ、あああああ」

『いいんだよ、それで。汚いのは彼らだ。それを駆除して何が悪い? 君は思うままに掃除をすればいいのさ』

「汚いのは……許せない……。そう、よ。汚れるのは、イヤだもん……。だから、仕方ない……」

『僕のいう事を聞いている限りは、その力は君の物。暴力に怯えることなく、好きなだけ掃除ができるよ』

「掃除……そう、だ。綺麗に、しなくちゃ……。この力があれば、邪魔されること無く街をきれいに……」


 時系列にすれば、これは昨日の事。牧村亜紀子と別れてすぐの話だ。それ故に、情報の鮮度も高い。

 なんて皮肉。UGNの連絡がなければ、あるいは避けれたかもしれない未来。

 恵子はふらりと立ち上がり、敗れた服を纏って歩き出す。その足は、自然と大村神社に向かっていた。何かに導かれるように。

 そして階段を上った境内には――銀髪の少年がいた。赤い瞳と白い肌。吸血鬼を思わせるその風貌。それが恵子を迎え入れる。


「ようこそ、新たな同胞。僕の名前は『解放者リベレイション』。

 君のような心に迷いを持つ者に、力を与える者だ」


 ニコニコとほほ笑む少年。だがその微笑みは友好的な人間に対してではない。強そうな武器を見たような、いわば『所有物』に対する笑みだった。

 力を与えるという願いをキーに、契約という楔を穿った。もうこれで彼女は逆らえない。


「さあおいで。仲間が君を待っている。

 この街全ての人間の心を<解放>し、住みやすい街を作ろうじゃないか」

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