マスターシーン『秋絵ちゃんの物語』

 絵を描こうと思った最初のきっかけは、小学生の授業だった。


『まあ、秋絵。上手いわ。流石ね』


 そう言って褒めてくれた母の声と、優しく撫でてくれる手の平。それが原動力だった。

 それから、私は絵を描き始める。最初は画用紙の裏。ノートに書いたり、要らない紙を貰って書いたり。美術部に入って絵を描いて、賞を貰ったこともある。その時は家族みんなが褒めてくれた。

 絵画教室に通うことはなかったけど、美術の先生に基礎を教えてもらったときは感動した。絵を描くという技術を学び、それに沿って絵を描くだけでかなり違うのだと実感した。世界が広がり、そして美しく見えた気がした。

 もっと絵の事を知りたい。そしてもっと絵を描きたい。目に見えるものを自分の技術で表現して、そしてみんなに見せたい。その為に、絵の事を学びたい。それは未来を夢見る絵描きの卵の夢だった。

 そう、それは夢に終わった。

 絵描きの道を、母が拒絶したのだ。


『絵を描いて食べて行けるわけないじゃない。普通の学科に入って、普通の会社に入った方がいいに決まってるわ』


 母の言葉を秋絵は最初は理解できなかった。確かに絵描きが苦難の道なのは知っている。それで生活できる人間が一握りだという事も知っている。心の中にある冷静な部分ではそれを理解しながら、しかし夢を諦めたくない秋絵は激昂する。


『大体、普通って何よ!』

『普通は普通よ! そんなの常識でしょう!』

『分からないわよ! お母さん、絵描きとかよくわからないで偏見で否定してるんでしょう!』

『私は貴方の将来を思って!』

『私の人生なんだから、私が選んでもいいじゃない!』

『子供の貴方に何が分かるの!』


 売り言葉に買い言葉。会話の内容はどんどん関係のない方向に進んでいく。

 母は娘の将来を思うあまり、安寧とした道に当てはめようとする。

 娘は母の気づかいを知りながら、反発するように声荒く反発する。

 それはよくある親子喧嘩だった。鬱積した何かを吐き出しきってしまえば、互いに冷静に話し合いが可能になるはずだった。喧嘩は毎日行われる。それがお互いの事を思っているから。自分が正しいと思っているから。父親が仲裁に入るが、互いに妥協することはなかった。

 喧嘩は激しくなり、ついに秋絵は我慢できずに家を飛び出す。当てもなく外を出歩き、そして夜に亜紀子に出会い――そして冒頭につながる。


 ※      ※      ※


 時間は秋絵が親子喧嘩開始から二日目まで遡る。

 空間に指をさし、何かを描く。光の絵の具が空気というキャンバスに描く芸術。

 それは犬と散歩する親子であり、集団下校する小学生だったり、奇麗な夕日だったり。日常のとりとめのない一シーンだ。

 それは普通の人では不可能な出来事。オーヴァードと呼ばれる存在ができる超能力。光操作能力エンジェルハイロゥの力だ。

 そしてそれは秋絵を捕らえようとするUGNの職員に降り注ぐ。多数の絵画が広範囲のUGN職員に攻撃を仕掛け、傷つけていく。その様を、秋絵は楽しそうに見ていた。


『ねえ、私の絵、上手いでしょう?』


 目の前で傷つき倒れ伏すUGN職員に向かい、悪意の欠片もなく絵の感想を問いかける。秋絵は本当に悪意もなく、純粋に絵の感想を問いかけているのだろう。その精神性が逆に恐ろしい。

 

 UGN職員は感想を言うことなく、撤退する。それを追うことなく秋絵は帰路につく。どうやってお母さんを説得しようかな? そればかり考えていた。 


 ※      ※      ※


 時間はさらに遡る。親子喧嘩一日目。

 家に帰りたくない秋絵は通学路からそれた道に入る。そこにあった■■■ノイズに足を踏み入れ、呆然としていた。

 絵は描きたい。夢はかなえたい。だけどお母さんは認めてくれない。どうしてだろう。どうすればいいんだろう。悩む秋絵に近づいてくる何か。


『君、何か悩んでいるね?』

『そうか。君は自分の夢がかなえたいけど、それには壁があるんだね』

『大切なお母さんに絵を認めてほしいんだね』

『だったらもっと君は絵を描くといいよ。たくさんたくさん』

『そうすればお母さんも認めてくれる』

『さあ、こっちを見て』


 秋絵の視界に■■■ノイズが迫り、それが■■■ノイズを直接つかむように体内に潜り込む。そのまま■■■ノイズは秋絵の心に直接語り掛けるように$◆%&*<G=@¥ザーーーーーーーーーーーー


『お母さん、私、こんなにうまく絵が描けるようになったよ』

 切断。 

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