イージーフェイカー:ブラッドリーディング

「ジャームかぁ……」


 あたしはメールの内容の一部分を反芻する。

 ジャーム。それはレネゲイトウィルスに強く侵食し、人の理性を失った存在。

 それはあたしたちのようなオーヴァードよりも強くウィルスに侵食されている分、その力の強さも違う。なによりもそれを悪意をもって使用するため、非常に厄介な相手なのだ。

 実の所、UGNの存在はそのジャームに対抗するためでもある。超能力に目覚めていない普通の人は、ジャームからすれば人形同然。好き勝手に操り、殺し、蹂躙することができるのだ。そう言った人たちを守るために、UGNはジャームと戦うのだ。UGNだけでは討伐出来ないときは、力在るオーヴァード(例えばあたしのだ)と協力して、ジャームを討つ。

 つまり今回あたしがUGNに呼び出されたのは、ジャームを倒す為に協力してくれという事なのだ。そしてそれは、簡単には勝てない相手ということなのだ。


「場所はこのT市内。行動パターンから察するに駅周辺に住む者と思われる」


 P266の説明と同時に、UGNの人が地図を広げてくれる。なにせP266ヤツはケータイだ。手足が生えているわけじゃないので、こういったことをやる人間が必要になる。


「発生したジャーム数は八体。最初は野良猫がジャーム化したもので個体としても大した強さでもなかったが、三体目からは強さを増してきた。

 そしてつい先日の八体目は人間のジャーム化。戦闘力も”PLAS”チームを退けるほどの強さとなっていた」

「支部長、質問です。確かにジャームの発生数が増えてきているのは確かですが、関連性はあるのですか? ただの偶然で片づけるには数字が異常ですが、かといってそれぞれの事件に関連性があるとは思えません」

「当然の疑問だ。ジャーム化した個体を解析した結果、強制的にレネゲイトウィルスを活性化させられた跡が見つかった。ジャーム特有の波により、体内のレネゲイトウィルスを活性化させられたようだ。

 おそらくジャームの持つエグゾーストロイスだろう」


 とまあよくわからない話をしているP266とクララさん。うん、頭を使うのはあたしの役目じゃないので、簡潔に訳すとこんな感じ。


「よーするに、悪いジャームを倒してめでたしめでたし、なんでしょう?」

「まあ最終的にはそうなるな。だが相手の正体を探らなくては動きが取れん」

「やだなー。頭を使うのはUGNのお仕事。あたしの仕事は女の子と遊ぶこと」

「違いますから」

「外の人……よくわからない……お外……怖い……」


 何も間違ったことは言ってないのに、クララさんは注意ツッコミを入れて、セッちんはあたしから離れようとする。理不尽だ。


「でもさー。実際の所そうでしょう? あたしカガクソーサとかできないよ」

「確かに向き不向きがあるのは認める」


 オーヴァードの超能力は多様だ。

 あたしの超能力は影を操ったり、強い力で殴ったり。レネゲイトウィルスを吸ったりと、いわば『解決(物理)』である。

 対し、P266はググったがごとくの知識系。捜査や推理はあっち担当なのだ。実際、あたしが呼び出されるときは殴りに行く前が多い。


「だが君にもできることがある。現場にあった血痕を調べてほしい」

「……えー」


 そんなあたしだが、調査に協力できることがある。獣の力の影響なのか、鼻が利く。あとは血液や体液などから、なんとなく程度にその人の情報を知ることができるのだ。

 なんでそんな能力があるかわかったかって? そりゃきゃわいいことイチャイチャしてるときに気がついて。体液って言ったらほら、涙とか汗とか、あとえちぃことするときには乙女の領域から――


「いけませんわ、亜紀子さん!? こんな所で、皆が見ています! ああ、でもこの背徳感が!」

「クララさん……抵抗してない……やっぱり変な人ばかり……」

「はっ! ナチュラルにクララさん押さえ込んでセクハラしてた!?」


 クララさんの胸を掴んでいた手を放し、あたしは我に返る。


「……これが、レネゲイトの衝動と言うヤツなのね……」

「違う。話を戻すが、この血痕を調べてほしいのだが」

「男の体液とかだったら暴れるけどいい?」

「ジャームの身体的特徴は上から85・59・87の女性で――」

「この街の平和の為にあたしは頑張るわ」


 街を守る正義に目覚めたあたしは、UGN職員の持つビニール袋を手にする。後ろの方でクララさんとセッちんが肩をすくめた気がするけど、なぜだろうか?

 袋の中には赤く染まった服の切れ端。戦闘中に千切れた物なのだろう。無造作に封を開ければ、鼻につんと来る鉄の香り。

 服の切れ端に唇を近づけ、あたしは舌を出して服についた血痕に触れる。最初は舌先だけで、そして舌先でなぞるように。ちぱ……と唾液が糸を引いてその血痕と舌を繋ぐ。脳裏に浮かぶ女性の姿――


「……85・59・87?」

「む。私の目測に誤りがあったとでも?」

「…………」


 あたしの浮かべた疑問符に、P266が文句を言うように問い返す。いや、間違いではない。あたしもそれは知っている。

 何せ昨晩、


「……聞きたいけど、ジャームってどんな攻撃したの?」

「シンドロームとしてはエンジェルハイロゥのピュアブリードだ。虚空に、それを実現化して降り注がせてきたな」


 嘘だ。そんなはずはない。

 そう言いかけたあたしは、ギリギリのところで言葉を飲み込んだ。

 P266の身体情報。そして絵を描くというキーワード。

 そしてあたしが血痕から得た情報。


 それはジャームが秋絵ちゃんであることを示していた。


 UGNは力無き者の為に、ジャームを討つ組織だ。

 そこに例外は、ない。 

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