セッちん P:かわいい N:怯えなくてもいいのに
「あ……ああ……」
黒髪を肩のあたりで切ったボブカット。黒を基調としたワンピース。全身真っ黒で、対照的に抱いている人形は向日葵を思わせる黄金色の髪をしていた。そんな少女があたしの目の前で震えながら見上げていた。怖いけど目をそらさないのは『喋る時は人の目を見て話す』と言う教育を忠実に守ろうとしているからだ。けなげ。
瞳は恐怖で震え、何か言葉を探しているのか唇はぱくぱくと動いている。逃げ出したいけど足が動かない。どこか守ってあげたくなると同時に、どこか苛めたくなるような――
「やーん! セッちんかわいー!」
「離れなさい、亜紀子さん。セツナさんが目を回してますわ」
「あう……あう……」
はっ! なぜかセッちんを抱きしめて、頭とお腹をなでなでしてたっ!
クララさんに引きはがされるように、セッちんはあたしから離れる。顔を赤らめ、あたしから恥ずかしそうに眼を逸らす。これは――
「セッちん実はあたしに抱きしめられてうれしいとか」
「君の奇行に混乱しているだけだ」
「お外……怖い……おうち、帰る……」
「ここがセツナさんのおうちですから。もう、亜紀子さん。セツナさんが怯えてしまったじゃないですか」
「ごめんごめん。次はうまくやるから」
「やらないという選択肢はないのかね、君は」
怯えるセッちんを見ながら、頭を掻くあたし。うん、ないの。
セッちん――大河原セツナは他人を恐れているオーヴァードだ。
先ほどのように光学迷彩を使って身を隠し、UGN支部内の人間にその存在を悟られないようにじっとしているのだ。食料などは自分で創造し、一日中さっきみたいに膝を抱えて座っている。
なんでもUGNが保護した
「セツナ……誰ともかかわらない……一人で……生きる……友達……人形だけ……」
「ああっ!? またセツナさんが隠れました!」
クララさんの悲鳴が響く。気が付くとセッちんの姿が消えていた。
とにかく人と接することが怖いセッちんは、その能力を使って人との接触を拒絶する。お得意の光学迷彩と、物理的な壁の創造。お腹が空いたら自分で食べ物を創造して飢えを満たす。
なので教育しようにも、先ず発見ができない。唯一
なので会話は、基本的にセッちんの姿を見ないまま行うことになる。それでも元々素直な性格だったこともあり、コミュニケーションに不具合こそあるが何とかやっていけたようで。
だけどまあ、あたしは迷彩も壁をも壊できる。
「いや……亜紀子おねえちゃんが……苛める……ごめんなさい、言うこと聞くから……苛めないで……」
「うふふふふ。苛めてないわよー。酷いことするのはこれからだからぁ……UGNでは教えてくれないことを教えてあげる。ベットの上で、濡れ濡れになって……」
「だから亜紀子さん、落ち着きなさい。それとそういう事なら、私も混ぜさせてもらいます」
「この流れは予測できたとはいえ、酷い光景だな」
隠れたセッちんをあっさり見つけ、髪の毛をくしゃくしゃにしながら体を抱きしめるあたし。優しい愛撫に涙をためてあたしを誘うセッちん。そんなあたしたちの愛に充てられたのか、クララさんが艶やかな笑みを浮かべる。いやん、今夜はさんぴーね。
そんな桃源郷の道を閉ざすように、P266があたしのスマホにメールを送る。胸元から着信音が流れ、あたしは現実に戻された。空気読んでほしいなぁ、このケータイは。
「……ところでその着信音はなんなんだ? 豚の悲鳴に聞こえたのだが」
「『ハイパーファイターズ3X』のハッカイのやられ声」
「相変わらず、亜紀子さんのセンスが分かりませんわね……」
むぅ。天生ダンプカーさんの
メールの内容を見ると、いろいろ文章が書かれてあった。概要を説明すると、これぐらいの時間で、どこそこの場所で、どういったジャームが暴れたとかそういうのだ。
問題はその時間がここ二週間程であり、場所はこの市にに集中しており、暴れたジャームというのは――
『なお、オーヴァードだった個体はつい数日前まで超能力に目覚めていなかったものばかりである』
『これは強制的にオーヴァードに目覚めさせられて、且つジャームにさせられている可能性がある』
「――では、事件の説明をしよう」
P266は重々しい声で説明を開始した。
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