23
明るい水色の空に、ところどころ白い雲がぽっかりと浮かんでいる。
容赦なく照りつける太陽は足元のアスファルトをジリジリと焼いて、そこから立ちのぼる熱気が体感温度をさらに上げる。
(暑い)
こめかみから顎へと伝った汗がポタリと地面に落ちて、それはあっという間に消えてなくなった。
日本独特のじっとりとした湿度を伴う暑さには、とうてい慣れそうな気がしない。
「…………あ」
少しの息苦しさを感じながら、もう一度空を見上げて、そこにある水色がプールの底と同じだと気がつく。
現金なもので、それに気づいた途端、足取りが軽くなった。
「あとラスト三本! 気合入れていけー!」
はい、という返事の代わりに水飛沫があがる。
夏の室内プールにいると、まるで自分が温室の中の野菜にでもなった気分になる。
「――――それとも熱帯雨林のジャングルか?」
ひとり苦笑しながら、内藤が首にかけたタオルで汗を拭う。
「俺も一緒に泳ごうかなあ。って、無理か」
四角い水色のプールの中で泳ぐ生徒らを見ていると、自分も今すぐプールの中に飛び込んでしまいたい衝動にかられる。
二、三年前だったらそうしていたかもしれないが、さすがに大学卒業を機会に引退して二年も経つと、本気で泳ぐ現役高校生には体力的についていけない自信がある。
「先生、終わりました」
内藤がぼんやりとプールの水面を眺めていると、小柄な男子生徒がバインダーを胸元に抱えてやって来た。今年マネージャーで入部した生徒だ。
「おう。それじゃあ、今日の練習は終了」
「――――え?」
「なんだ?」
「いや……いつもなら、追加であと百を十本とか……」
「追加練習したいのか?」
「え、あの、それは遠慮しておきますっ」
慌てて頭をさげる姿が可愛らしい。何気なく内藤がその生徒の頭をクシャリとかき混ぜると、彼は頬を赤く染めて俯いてしまった。
控えめで、すぐ顔を真っ赤にするところが久米に似ている。
「先生」
「うん?」
「今日、なにかあるんですか? その、みんなが聞いてこいって。今日の先生、えらくご機嫌だから絶対なんかあるぞって……練習も早く終わるし」
「機嫌よく見えるか?」
「はい」
男子生徒が内藤の様子を窺うように上目使いで見上げてくる。
内藤はそれに「まあな」と答えた。
実は今日の夕方の便で久米が帰ってくる。
久米から三日前にメールで連絡があって、内藤は連絡があってから今日までずっと心ここにあらずな日々を過ごしてきた。
久米が渡米してからの七年間、連絡手段はもっぱらメールのやり取りばかりで、電話で直接話をしたのは数回だけ。
結局、久米も一時帰国したのは七年の間に一度だけで、それも内藤と西條の高校卒業のときだ。
「――――あれから六年か」
「先生?」
内藤の呟きに男子生徒が首を傾げた。
久米の病気自体は治療のかいあって、三年ほどでほとんどよくなったらしい。ただ向こうで勉強したいことができたらしく、それから久米の帰国が四年延びたのだ。
「せんせーっ! 内藤先生!」
プール入り口の片づけをしていた別の水泳部員が、少し慌てた様子で入り口から顔を覗かせた。外が暑かったのだろうか、顔が紅潮している。
「おい、大丈夫か? 顔が赤いぞ」
「だっ、大丈夫です。それより先生にお客様です。えっと…………すごくきれいな、男の人」
「は?」
内藤の知っている見目のいい男といえば西條くらいだが、度々ここへ顔を出している西條なら部員全員が知っている。
いったい誰なのだろうかと内藤が知り合いの顔を思い浮かべている間も、さっきの部員がそわそわと外を気にしている。
天気予報で今日の最高気温は三十四度といっていた。どちらにしろ、自分を訪ねてきた人物を炎天下で待たせるのも申し訳ない。
(久米を空港へ迎えに行きたいんだけど。まだ時間は大丈夫だよな)
内藤は時間を確認すると、入り口で待っている部員に客人を連れてくるように伝えた。
「あ……あの、こっちです。足元、気をつけてください。そこちょっと段差になってます」
「荷物、持ちます」
「靴は脱いで……あ、裸足は大丈夫ですか?」
しばらくすると、プールの入り口が妙に騒がしくなった。どうもさっきの部員のほかにも数人の部員が集まっているらしい。
待っている間、マネージャーへ明日の連絡事項を伝えていた内藤が入り口の方へ顔を向け、動きを止めた。
「内藤、久しぶり」
プールサイドでとてもきれいな男が内藤に笑いかけている。
「久米……?」
「うん。驚かせようと思って、早い便で帰ってきたんだ」
はにかむような笑顔は七年前のままだ。
内藤はまるで眩しいものでも見るかのように目を細めると「おかえり」と、久米に言った。
夏の空と輝くきみ とが きみえ @k-toga
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