22
※※※※※
「なあ、ほんとによかったのか?」
空港のベンチで健太の隣に座っている西條が、健太の腕に自分の腕を絡めた。心配そうに健太の顔を覗き込む。
「うん、大丈夫。俺が来なくてもいいって言ったし」
「久米」
病気の治療のため、今日、健太は日本を発つ。
あまり大げさにしなくていいよ。という健太の希望で、見送りは西條と稲木の二人だけだ。
本当は内藤も見送りに来ることになっていた。だけど健太が「見送りに来る時間があるなら練習、頑張って」と言って内藤の見送りを断ったのだ。
「俺、内藤と一緒に頑張ろうって約束したから」
内藤は結局、個人種目でのインターハイ出場は叶わなかったが、リレーメンバーとしてインターハイへ出場できることになった。
半月後の本番に備えて今日も練習をしている。
「それに、内藤とは昨日会えたし。だから大丈夫」
なにやら白い小さな包みをぎゅっと握りしめ、健太が自分に言い聞かせるように呟く。
「それよりも、インターハイ頑張って。俺もあっちから応援してる」
晴れやかな笑顔を見せる健太からは、これから日本を離れてひとり外国で闘病する不安は感じられない。
健太の表情を見た西條も「わかった」と安心したように笑った。
「――――あのさ。俺、この間の試合の後、有吾と話をするって言ってただろ?」
「うん」
「あれ、実は……」
西條がきょろきょろと周囲を見渡す。
近くに誰もいないのを確かめると、健太の耳元へ顔を寄せた。
「西條くん?」
「俺、有吾と付き合うことになった」
「ええっ!」
「ちょっ、久米。声、大きいって」
驚く健太の隣で西條が顔を真っ赤にしている。
「もしかして、西條くんから告白した?」
「や、それがさ……」
実は稲木の方から告白されたと聞いて、さらに健太が驚きの声をあげた。
「おい前たち、なに二人で盛り上がってるんだ?」
「あ、稲木さん」
「はい、これ。久米は紅茶で万里はコーラだったな」
「ありがとうございます」
健太が稲木から紅茶のペットボトルを受け取る。同じように西條もコーラのボトルを受け取ったが、稲木が隣に座ると、まるで借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。
(西條くん、可愛いなあ)
さっきまで大騒ぎしていたのに、今の西條はまるで別人だ。
「で? 二人は何を騒いでいたんだ?」
「えっ……え、や、別に何でもないし」
あくまで何でもないと言い張る西條。これ以上、西條に聞いたところで正直に話すことはないだろうと踏んだ稲木が健太へ話しかける。
「久米は、あれから体調は? 大丈夫か?」
「あ、はい。もともとあまり体力のある方ではなかったし……突然マネージャーを辞めてしまって、すみませんでした」
頭をさげる健太に稲木が「気にすんな」と笑いかける。
「インターハイ、頑張ってください。応援してます」
「おう。内藤にも言っておくよ。久米が遠く離れた海の向こうで熱い声援を送ってるってな」
「い、稲木さんっ」
「久米。そろそろ時間なんじゃない?」
「え……あ、ほんとだ」
電光掲示板に、健太の乗る飛行機の搭乗手続きが開始されたと表示されている。
健太はずっと大切に握っていた白い小さな包みを、膝の上でそっと広げた。
「なに? それ、四つ葉のクローバー?」
「うん。これね、持ってると願い事がひとつだけ叶うんだよ」
昨夜、内藤が健太の自宅まで持ってきてくれた。
願い事はひとつ。
『何年かかっても待ってるから。絶対に元気になって戻ってこい』
もちろん健太もそのつもりだ。
「それじゃあ、行ってくるね」
「…………っ、久米」
「おう、行ってこい!」
涙でぐちゃぐちゃになっている西條の背中をさりげなく稲木が支える。
そんな二人へ、健太は「またね」と言って最高の笑顔を向けた。
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