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会場である河原へ近づくにつれて徐々に人が増えてきた。
駅前を出た時はまだまばらだった花火大会へ向かう人たちも、健太と内藤が河原近くへ到着するころには一定の人の流れができる程になっていて、健太は先を行く内藤とはぐれないよう必死で内藤の背中を追いかけた。
健太はこれまでたくさんの人が集まる場所へ行ったことがなく、人混みに揉まれるのも初めての経験だ。
毎日の通学もラッシュを避けるため、早い時間の電車を利用している。
最初は何とか内藤についていっていたが、まっすぐに歩くのがやっとな健太に対し、人の波を縫うようにすいすいと先を行く内藤の背中はあっという間に見えなくなってしまった。
「内藤」
小柄な健太など、すぐに人波に飲まれてしまう。
健太はもう自分がどっちの方向を向いているのかも分からなくなってしまい、とりあえず皆が進む方向へ流されるようにとぼとぼと足を進めた。
まわりにいるのは花火大会へ行く人ばかりだ。内藤とははぐれてしまったが、人の流れに乗って行けばそのうち会場である河原に着くだろう。
(花火大会って初めてだけど、こんなに人が集まるんだ)
右を見ても、左を見ても人ばかり。普通ならうんざりする光景なのだろうが、生まれて初めて見る光景がとても新鮮で、健太は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回した。
「……わっ」
つい立ち止まってしまい、後ろから体を押される。
「す、すみません」
誰に謝ればいいのかわからないので、とりあえず「すみません」と健太が小さく頭を下げていると、突然強い力で手首を掴まれた。
「久米!」
「え……内藤?」
突然手首を掴まれ、驚いた健太が顔を上げると、内藤が焦った様子で健太の目の前に立っていた。
「悪い。気がついたら久米がいなくて、焦った。大丈夫か?」
「大丈夫、だけど」
本当は慣れない人混みに少し酔っていた。
たが、小さな子どもでもあるまいし、このくらいで気分が悪くなってしまったなんて、情けなくて内藤には知られたくない。
しかもせっかくの花火大会なのに、自分のせいで内藤が楽しめなくなってしまうのも申し訳なくて、健太は心配そうな顔をしている内藤へ「大丈夫だよ」と言ってにこりと笑いかけた。
「…………久米」
「内藤、そろそろ行こうよ……って、えっ? 内藤?」
内藤は健太の手首を掴んだまま人の流れから外に出ると、歩道の脇にあった縁石の端に健太を座らせた。
そのまま自分も健太の隣に腰をおろす。
「内藤?」
「久米、無理すんな。顔色が良くない」
「いや、大丈夫だって……」
「――それに、俺もちょっと休憩したかったし」
健太に気を使わせないためなのだろう、内藤がニッと白い歯を見せる。
内藤にそう言われると、健太もこれ以上「早く行こうよ」とも言えず黙って顎を引いた。
二人並んで無言のまま人の流れを眺める。
親子連れ、カップル、友達同士……一定の方向へ向かって歩いている人たちは、みんなとても楽しそうな顔をしている。
(俺たちはどんな風に見えているんだろう)
ふとそう思った健太が、隣に座る内藤のことをこっそりと盗み見る。
まっすぐ前を見ている内藤の横顔。
まだ子どもっぽさの残る健太と違って、内藤の精悍な顔立ちはとても大人びて見える。自分にはないその男らしい表情に、健太はつい見とれてしまった。
「――――あ」
内藤のズボンのポケットから携帯の着信音が聞こえた。健太が慌てて内藤から顔を背ける。
「ちょっと待ってて」
健太にそう言い置くと、内藤は携帯を耳に当てたままどこかへ行ってしまった。
(ああ、もう。なんで俺ってこうなんだろう……)
内藤がいなくなると、健太は項垂れながら大きくため息をついた。
健太には、今ひとつ内藤を前にどんな態度でいればいいのかがわからない。
花火大会が初めてなら、友だちと連れだって遊びに行くのも今日が健太にとって初めてのことだ。
高校生にもなって、友だちと一緒に遊びに行ったことがないなんてあまり聞いたことがないが、健太の場合は仕方がない。
そのほとんどを病院のベッドの上で過ごした小学生の頃はもちろん、中学校に上がってからも健太は周りからどこか遠巻きにされていて、どこかへ一緒に遊びに行くような親しい友達が健太にはいなかった。
「お待たせ」
どのくらい経っただろうか。頭のなかで何度も「情けない」と繰り返しながら俯く健太の手元に、冷えたスポーツドリンクのペットボトルが差し出された。
健太が顔を上げると、そこには優しげに微笑む内藤がいた。
「――ありがとう。あの、内藤……俺本当になんともないから。みんなが待ってるし、行こうよ」
「人が多いし、俺と久米は別行動するって斎藤と電話で話した」
「そんな……だって……」
「いいって。それより、休憩のついでに俺の話、聞いてくれないか?」
「…………?」
いきなり何なのだろうと首を傾げる健太の隣に内藤が腰をおろす。
内藤は前を向いたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺が小学校の一年か二年のとき、ばあちゃんが入院したんだ。俺、すげーばあちゃんっ子で、ばあちゃんが入院してから毎日のように病院に行ってた」
学校の帰り道に病院があったから半分遊びに行ってたようなもんなんだけど、と内藤がくしゃりと笑う。
「最初はちゃんとばあちゃんの見舞いをしてたんだけど、しばらくするとばあちゃんの病室以外のところも気になりだして……」
「それで?」
「……病院の中を探検した」
内藤がいたずらが見つかった子どものような顔をした。
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