第3話 スパイダーマンばかりがなぜもてる
マンハッタンのビル街にあるファストフード店の裏口───。
バルーはスパゲッチィ・ミートソースを食べていた。
彼は、ふと手を止めるとオレンジ色に染まった指先をコートの裾でスコスコ拭って
からポケットに突っ込んだ。
取り出したのは、安物の指輪――。
───どうしてもマリーに告白したい! ───
しかし、彼にはそれができない理由があった。
彼には、戦わなければならない敵がいるのだ。
その戦いで、マリーを危険な目にあわせるわけにはいかなかった。
そう考えると、もう仕方がない、
彼は指輪をポケットに戻すと、また手づかみでスパゲッチィを食べ始めた。
突然、レストランの裏口の扉が開いて従業員が残飯をゴミ箱に捨てた。
「またお前か、あっち行けよ! チッ! 食い散らすんじゃないぜ!」
言い捨てると、ドアを壊れるぐらいの勢いで閉めた。
バルーがゴミ箱を覗いてみると、いま捨てたばかりの残飯の中に、
ほとんど原形を残しているハンバーガーがあった。
よし、これなら晩御飯用にテイクアウトできる、と彼は思ったが、
横合いから飛んできた野良猫が掠め取ってしまった。
「ああ、なんてこった! ついてないぜ……」
その路地裏を、子供たちが数人歩いてきた。
「最近、スパイダーマン見ないよな?」
「噂だけど、サンドマンとの死闘に疲れて、現在休暇療養中なんだってさ」
「あ、それ、おれも聞いたぜ。MJとの新婚旅行をかねてニッポンのアタミにいる
らしい」
なかの一人が、背を向けて小さくなっているバルーを見つけてツバをひっかけてい
く。
「なんて汚いんだ!」
子供たちが行ってしまうと、バルーは頭を抱えた。
スパイダーマンって
いったい、おれとどこが違うというんだ!
その時、通りをサイレンを鳴らしたパトカーが数台すっ飛ばしていった。
上空にはヘリコプターがうるさく旋回している。
何か事件が起ったのは確実だった。
正義の味方のスパイダーマンはいない。
悪と正面から戦えるのは、もう彼しかいないのだ。
バルーは掴んでいたスパゲッチィ・ミートソースをぶちまけると、通りに向かって
走り出した。
走りながら薄汚れたコートを脱ぎ捨て、穴の開いたシャツを脱ぎ捨てた。
そうして最後に、どこにしまっていたのか2本の触覚のあるヘルメットを取り出す
とかぶった。
彼はカサカサコソコソとビル陰を走った。
壁を駆け上がり、大空へ飛び上がった。
「きゃー!」
彼の姿を見た女性が叫び声を上げた。
子供たちも逃げ出した。
誰かが叫んだ。
「ゴ、ゴキブリのばけものだ!」
「いえ、コックローチマンなんですけど……」
と小声でつぶやいても聞こえるはずもない。
彼は、こげ茶色に光る脂ぎった体を陽光に輝かせながら空を飛ぶ……が長距離は飛
べない。
また道路に下りるとカサカサコソコソせわしなく走り、壁を駆け上がってはダイ
ビング。
「わっ! 気色悪。こっち来るぞ! 逃げろ!」
群集がどっと四方へ散らばっていく。
「スパイダーマンとどこが違うっていうんだよう」
とバルーは目に涙を浮かべる。
どちらも見た目がグロテスクな嫌われ者じゃないか!
ああ、こんな状況では、いつまでたってもマリーに告白できない――。
いや、それ以上に心配なのはゴキブリがヒーローになんかなれるのだろうか……と
いうことだ。
実際に、勇敢な人たちは履いているクツを脱いで、しっかりと手に握って待ちかま
えている。
新聞紙を丸めて棒状にしている人もいる。
人々は、まだコックローチマンが正義の味方であることを理解していない。
いや、まさか!
そんなことがあっていいものか――。
もしかすると人々は、理解するのを頑なに拒んでいるのかもしれない。
“ゴキブリ野郎”に命を助けてもらうなんて……絶対理解したくない――。
(了)
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