第3話 自由へのジャンプ!


 彼は自由になりたかった。

 誰からも束縛されない自由な身に――。

 もう、隠れることには我慢できなかったのだ。


 ついに彼は山を降りる決心をした。

 日が明けないうちにと、夜のとばりの中へと飛び出した。


 途中、山犬に追われた。

 民家の裏庭に身を隠した時、あるじらしいのが顔を覗かせた。


「おう、また山犬がきやがったらしい」

「見てくるだか? 鶏小屋さ」

「おう、一発食らわしてやる。シロ来い!」


 吠える飼い犬を追いたてる主は鉄砲を構えている。

 彼は、その様子を開いていた納屋の扉の隙間から覗いていた。


 しまった!

 飼い犬が鼻を鳴らしてこちらに頭をめぐらした。


 その時、

「ガルルゥ!」

 藪の中からうなり声が響きわたった。

 同時に、ドーンと砲声が空気をふるわせる。


 一瞬、身を縮こまらせた飼い犬だが、薮めがけて一目散に飛んでいった。


 しばらくして主と飼い犬が戻ってきた。

 飼い犬は、元通り犬小屋の柱に鎖でつながれた。

 家の灯りが消えたのは、それからまだしばらく経ってからのことだった。


 ほとぼりが冷めるのを待っていた彼は、少しばかり眠ったようだった。

 目が醒めた時は、辺りは白み始めていた。


 納屋から出て、向かいの畑へと飛び込んだのは空腹からだった。

 みずみずしいキュウリを4、5本食い散らすと出発した。


 彼は、騒ぎを避けるために獣道へともぐりこんだ。


 朝日が稜線から顔を出すと、夏の暑さが彼の頭を狂わせてくる。

 彼は、自分の行動の意義が漠然として、理解できなくなっていた。


 なぜ、騒ぎを避けるんだ! なぜ、獣道へもぐりこむ必要があるんだ!


 ───俺は、隠れることに我慢できなくなったんだ───

 ───俺は、自由になってやる! ───


 彼は獣道からそれて、いきなりアスファルト道路に飛び出した。

 走ってきた車が急ハンドルで避けるも、ガードレールへ激突。


 彼は後ろを振り返りながら小走りに走り出した。


 山間のアスファルト道路は片側が渓流にかわった。

 彼は、急いだ。


 渓流は、いつの間にか満々とたたえられた湖となっていた。

 彼はここになら自由があるかも、と思った。


 後方からサイレンが追ってくる!

 彼は必死に走った。


 橋のような広場には観光客らしき複数の人影があった。

 彼を見ると、驚いて後ずさりする。

 いや、むしろ面白がって携帯を差し出して映そうとする若者がいる。

 泣き出したのは、小さな女の子……。

 けれども、指をさして近寄ろうとする男の子もいる。


 彼は、それらの群集を尻目に広場からジャンプした!

 自由になるためのジャンプ……だったのだが……。


 彼は、落ちていきながら叫んだ!

「しまった! こっちじゃない!」

 もうひとこと言えた。

「やっちゃったー!」


 彼はダム湖とは反対側の渓谷へと落ちていった。

 高さは80メートルあり、悲しいかなこの時期、放水量は極めて少なかった。




 翌日、新聞に彼の記事が出た。

『これが本当の河童の川流れだ!』という見出しで───。


 一部、記事を紹介しておこう。

(……目撃者の話からすると、河童の着ぐるみを着た者が山の方から走り下りてくると、観光客の眼前でいきなりダムの谷の方へ飛び込んだという。愛知県名古屋市から新婚旅行に来ていたAさん夫妻によりますと、「落ちていきながらなんか言っとたな、ペッピラ! ポッピラポ! だったかや?」「そうそう、ほいでヘッペラへー!」とも言いよったわ」と、いままで聞いたこともないような言葉で、なにか失敗した、へたこいた、という感じだったと証言しており、河童語研究においては第一人者である国木田京介博士によりますと、現代においても河童は存在しており、とりあえずは司法解剖の結果を待っているとのことである。)



  (注:愛知県名古屋市から新婚旅行で来たAさん夫妻の出身地は不明です)



                                  <了>

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手探りで書いた10の小話集 銀鮭 @dowa45man

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