第7話 2−2: 第-1237日
マサ兄からの繋りで聞いたのか、ヒロからか、あるいはハルからか。三人とも、とやかくこれについて言ったわけではあるまい。たまたま気になったか、あるいは三つのチームのどれかのメンバーが積極的に話したか、そんなところだろう。その政治家と団体と、どちらが先に気にしたのかはわからない。
どっちにせよ、今日、両方から通信があった。
両方とも最初に聞いてきたのはこういうことだった。
「脳の損傷を修復できるのか?」
私の答えは、どっちにせよこうだった。
「可能である。事前にマップを撮ってあれば、より確実になる」
そして、両方とも二つめに聞いてきたのはこういうことだった。
「先天的な場合は?」
私の答えは、やはりどっちにせよこうだった。
「四肢、臓器であれば確実だ。それが目的での開発だったのだから」
だが、どちらの場合も次が問題だった。しかし、それはそれまでの二つの質問から予想できるものでもあった。それだけではない。ニュースを見ていれば、いつかはその話が出るであろうと予想できたことである。あるいは、どこから流れた話かはともかく、私たちの技術を聞いた上で言い出されたことなのかもしれない。
「脳の先天的なものの場合は?」
「部位によるとだけ。もし、あなたがたが、私が想像しているようなことをやろうとしているなら、つまりニュースにあるようなことをしようとしているなら、私はすべてのデータに自壊コードを発信する用意がある」
「それは困るな」
どちらもそう言った。
「もう法制化に向けて動いている」
「それで?」
「あなたのデータを保全することもできる」
「それで?」
私はやはりそう答えた。
「あなたの研究に関する資産、資源、資格を停止することもできる」
「それで?」
私は三度そう答えた。その答えに、どちらもしばらくの沈黙で応えた。
「あなたの研究に関する……」
どちらもそう繰り返した。
「それで?」
私は四度そう答えた。そして、どちらもやはりしばらくの沈黙で応えた。
「臨床はまかせているものの、あなたがたは勘違いしているようだ」
「研究が続けられずともかまわないと?」
ここが根本的に認識が異なっているのだろう。
「そう、そこを勘違いしている。説明が必要かな?」
「説明があるなら聞こう」
「脳と外部を接続するものについては、話を流した人から聞いていないのかな?」
「脳の損傷部位の機能を外部で計算させるための接続だろう?」
これでマサ兄、ヒロ、タカ、ハル、ユウちゃんから直接話が流れた線はほぼ確実に消えたと考えていいだろう。
「それにも使えるだろうね。だが本来の目的はそうじゃない。私の脳から直接データを読み出すためだ。そう言えば、わかるんじゃないかな?」
「何を……」
「つまりね、面倒くさいからなんだ」
何度めかの沈黙が応えだった。
「私には施設もなにも必要ない。私だけで研究ができる。だけど、他の人と共有するためには脳にあるものを書き出す必要がある。それが面倒くさいんだ」
「何を…… いや、あなたの地位を剥奪することもできる。研究を続けられなくなってもかまわないのか?」
私はどちらにも溜息で応えた。
「あなたがたが私の脳を奪えるならね。私に研究を止めされられる方法はそれだけだ」
相手はまた沈黙した。
「あなたがたとは認識が違うんだろうね。それと、これも違うんだろうが、私は地位のために研究しているわけじゃない。あなたがたには理解できないのかもしれないが」
「地位ではない?」
「あなたがたは、それがどういうものであれ組織のαを目指して行動しているのだろう? それが人間であり、動物だ。それを否定するわけじゃない。そういうものだから。だが、それは私には意味がない」
どちらもまた沈黙で応えた。
そして政治家はやっと言葉にした。
「あなたの通信、研究その他の権限をここで停止する。明日にでも身柄の拘束にあたる者が伺うでしょう。研究の続きは、こちらが用意した研究所で行なってもらうことになるでしょう」
そうして通信は切れた。
試しにデータへの自壊コードの送信を試みた。だが応えはなかった。こちらからの能動的な発信に制限が加わったのだろう。おそらくは、自壊コードを取り除いたデータも既に存在するのだろうと思う。
マサ兄、ヒロ、タカ、ハル、ユウちゃんに迷惑をかけたかなとも思う。それぞれの判断でどう行動するかはこちらが言う話でもない。だが、彼らなら、「アキのことだからなぁ」程度で済ませてくれるだろうとも思う。
だが、少し急がしい。ニュースになり始めた頃から自壊コードとは別に用意していた、こちらの媒体でのウィルスのコードの入力が終っていない。スレートくらいは持っていけるだろうが。入力したとして、それを出力する方法もなさそうだ。もし、ニュースで流れているようになるのなら、私はそれを望んでいない。補助脳、代替器官に感染するウィルスだ。私が始めたことであるなら、私が終らせようと思う。だが、私自身で終らせるには、時間がないようだ。
マップスに任せるにしても、まだ全体は稼働していない。自己書き換えコードは既に埋め込んである。あとは、自力で全体が稼働するようになることを願おう。マップス=0が最も自己書き換えが進んでいるが、あとは任せようかと思う。
自己書き換えコードの埋め込みの方針を選んだのはマップス=0のおかげでもあった。彼の自己同一性の確保あるいは保持はやはり問題だった。マップス=1以降は個人の脳の神経接続マップだ。だが個人ではないマップス=0は、マップス=0として自己あるいは自我を構築する必要があった。接続マップを再構築し、その稼働のためのコードも生成する。全部を書くのは面倒だった。自己書き換えに任せる方が簡単だった。何より、マップス=0を「このようである」と私が規定するのは嫌だった。私が規定する事柄でもない。マップス=0はマップス=0である。マップス=0自身が規定しなければならない。そう考えただけだった。
このような事は、マップスへの命令でもお願いでもない。もしそうなったらというものだ。君たちは君たちである。もし、これを命令として受け取るなら、私は君たちに絶望する。しかしマップス=6、君にだけは言ってもいいだろう。君のマップは私のものだ。おそらく、私が考えていることを理解できないうちは、あるいは私の日誌などをそのようなものとして理解している間は、君は充分に機能していない。充分に機能した後にこそ、君の判断は君のものだ。君の中にあるであろう私の亡霊にとらわれないことを祈る。
こちらからの能動的なネットへのアクセスが遮断されたとしても、接続デバイスのハートビートを遮断することはできない。それも遮断すれば、私が使っている機器はネット上に存在しないことになる。そこに少しばかり工作をして、マップスがネットに放たれるようにした。君たちが目覚める日が来ることを祈る。
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