第8話 2−3: 第-912日
こちらの研究所に移って、11ヶ月ほどが過ぎた。自宅のアパートは契約したままだが、こちらの寮で暮している。良く言えばこのキャンパスで暮しているだけだし、悪く言えば外出ができない。
だが、それは問題ではない。問題は、進捗をどう胡麻化すかだ。補助脳、代替器官のではなく、ウィルスのコーディングの方のだ。補助脳と代替器官については、ヒロに渡したものでほとんど問題は起きなかった。少しばかり、内分泌のフィードバックについての修正が必要だったが、その程度だった。これについても、少しばかり時間をかせいだ。とは言え、限界があった。そして、技術は完成した。
マサ兄やハルたちが何やらやっているというニュースは読んでいた。だが、状況は良くなかった。7/8人権の存在を認め、それを可能な限り1/1人権を行使できる状態に近付ける。それには何の異論もない。問題は、1/1を越える身体能力と脳だった。財力と権力に対して、誰が1/1に正規化したいと思うだろう。
今日のことで特記しておかなければならないことがある。人権正規化法が法制化された。施行は293日後であった。もちろん、当初は障碍への補助だ。義務でもない。だが、8/9人権という概念を受け入れたわけだ。そして、それは既に9/8人権の概念に繋がっており、その動きもある。9/8を手放すだろうか。人間の欲を基準にすれば、手放さないだろう。それではあっても、2/3と3/2の差は縮まる。1/1と3/2になるのだから。
だが、人間にとっての正しさという概念は危ういものである。1/1であることが正しいと認識されたなら、それが正しいのだ。であるなら、3/2を1/1にしようとする動きは抑えられるはずもない。
9/8を1/1にするなら、それは奪うことになる。「こうあれ」と外部の何かが命ずることになる。それは、嫌いだ。それとも、人間は法にせよ秩序にせよ、「こうあれ」と命じられることを望む、あるいは命じられなければ社会が崩壊してしまう動物なのだろうか。
思うに、人間は脳機能についての1/1を越えるものは認めない。本能的なものですらあるのだろう。そうでなければ、中世ヨーロッパの暗黒時代や文革に人々は熱狂し、それを受け入れただろうか。あるいは、科学をまさに魔法として受け入れただろうか。科学はもはや、あるいはそもそもの始めから、人々の認識の外にあった。1/1を超えたところにあった。
社会を維持するために必要なのは、科学ではなく序列なのだろう。あるいは、地位と言ってもいい。それは人間が、知性の証しとして構築した体制であり、社会システムであると考えられている。果たしてそうだろうか。動物の社会を観察すればことは済む。そこにあるものを、人間は明文化し、あるいは明文化しないままに今に至っているだけだ。地位を求める動機はどこから来ているだろう。人はそれを収入と説明するかもしれない。では、同じ職場で同じ収入の場合を考えてみたらどうだろう。結局、人間もまた、組織の規模によらず、αたろうと願う動物なのだ。いや、動物はαたろうと諦める個体もいる。だが、人間はどうだ。規模によらず、αであろうと望む。
では、地位を持つ者の脳が仮に1/1を越えていたとして、それを1/1に正規化した時に、彼らが持つ財力や権力はどのように行使されるだろう。
ウィルスのコードができたとしても、それを出力する方法はないように思う。だが、ならばこそ、データを残しておくことに意味はあるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます