第2話 告白の返事
彼は言うなり、枯葉の散らばる地面に膝を崩して、しゃがみ込んでしまった。よほど、動揺を受けたのかもしれない。
わたしは立ったまま、うつむいている荒西くんを見つめた。
「ここまで心配してくれるなんて、わたし、正直思わなかった……」
「当たり前だよ。クラスであまり話したことのない白原さんでも、死のうとしているところを見れば、だれだって、止めるに決まってるよ」
「そうかもしれないね」
わたしは答えると、ビニールひもを握りしめたまま、しゃがみ込む。ちょうど、荒西くんと同じ目線になった。
ビニールひもを差し出すと、彼は目を逸らして、首を横に振る。決して受け取らないようだった。
「持っているだけでもいいから。お願い」
「それを持ったら、ぼくは白原さんのことをいつか絞め殺さなきゃいけなくなるんでしょ? そんなの、できないよ!」
「今じゃなくてもいいの。その、だから、そういう気が起きたら、いつでもやれるようにって」
「そういう気なんて、起きたくないよ! そしたらぼくは、単なる犯罪者になるだけだよ!」
雑木林の中で、荒西くんの声だけが響き渡る。わたしはビニールひもを前に出すだけで、ただ、眺めているしかなかった。
お互いに黙り込んだまま、間が空く。
「ぼくが持たなきゃ、白原さんはどうするの?」
「そのときは、わたしは、荒西くんが持ってくれるまで、待っていると思う」
「そうか……。なら、どっちにしろ、持たなきゃいけないってことなんだね……」
言うと荒西くんは、目を合わせた。
「なら、持っているだけでも、いいんだよね?」
「うん……。本当に、持っているだけでいいから」
「白原さん、ぼくは殺したい気持ちなんて、これっぽっちも持っていないからね?」
「それは、わかるよ」
わたしがうなずくと、荒西くんはたしかめるように目をやる。しばらくして、持っていたビニールひもをゆっくりと手に取ってくれた。
彼は、それを制服のズボンのポケットへしまうと、立ち上がった。
「ぼくは、今日のことはだれにも言ったりはしないよ」
「やさしいんだね、荒西くん」
わたしが遅れて立ち上がると、荒西くんは目を合わせた。
「明日会うときは、なんだか気まずいかもしれないね」
「それでも、荒西くんに声をかけてもいい?」
「べつに、いいよ。それだったら、気まずくはならないかもしれない」
「そうなるといいね」
わたしが笑みをこぼして言うと、彼の口元がわずかにほころんだ。お互いに、穏やかな気持ちになったのかもしれない。殺してもらうためにビニールひもを渡した後だったので、不思議な気分だった。
荒西くんはあたりに顔を移した。
「にしても、ここの雑木林は広いよね」
「地元でも、ハイキングできるほどのところだから」
「白原さんは、この後、どうするの?」
「もう少し、ここにいようと思う」
「そうか。ぼくはそれじゃあ、先に帰ってるよ。本当は、一緒に帰ろうかなって思ったんだけど……」
「気にしなくてもいいから。わたし、しばらくの間、ひとりでいたいから……」
「ここにひとりでいると、気持ちとか落ち着くの?」
「たぶん、そうかもしれない」
わたしは返事をしてから、周りを見回した。雑木林は人気がなく静かで、好きな人に殺してもらいたいという強い心を和らげてくれるかもしれない。だけど、好きな人に殺されることが一番幸せと思っている限り、消えはしないだろう。
しばらくしてから、荒西くんは手を振って、場から立ち去っていった。わたしは手を振り返して、見送った。また明日、教室で会えるのだから、最後の別れではないけど。ただひとつ言えることは、ビニールひもによって、ふたりの間にある種のつながりができたことだ。
「いつ、絞め殺してくれるんだろう……」
小声を漏らしたわたしは、彼がいなくなっていったほうを眺めていた。
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