とある勇者の記憶の残滓①(Side - Nanami)

第26話 終わりなき夢を見る少女

 その日は、とても清々しい朝だった。


 あたしは、この世界に来て幾度となく朝を迎えてきたけど、これほどまでに陽気のいい朝はこれまででもそれほど多くはなかったような気がする。


 あたしが日本を離れてもう既に1年が経過していた。しかし、世界は未だ争いで満ち満ちていた。その原因は、勇者であるあたしの力不足に他ならなかった。


 時刻は恐らくまだ五時ぐらい。日本もそうだけど、この世界の住人にとっても活動を始めるにはいささか早すぎる時間だ。


「うーん……」


 ふと、あたしの横で声がする。あたしの隣で寝息を立てているのはアレクシアだ。寝相が悪く、掛け布団を蹴り飛ばしてしまっているせいでその小ぶりで可愛らしい胸が露わになってしまっており、また長くて美しい金髪も今は無造作に広がっていた。

 完全に閉じられた瞼を見るに、どうやら今のはただの寝言だったようだ。


「風邪をひくわよ」


 私は一度彼女の頭を撫でた後、その頬にキスをした。そして、はだけている布団をかけ直してやった。

 昨日の夜はいつもよりも些か激しかったせいもあり、彼女は少し疲れているようだった。


 ベッドから降りて、床に立つ。靴下を履いていないせいか足の裏が少しひんやりした。

 ふと、姿見が目に入る。大き過ぎるあたしの胸。勇者になって、実際に戦いに参加するようになってからというもの、走るたびにいちいち揺れるこの胸が邪魔で仕方なかった。

 でも、今は違う。彼女は、アレクシアはこの大きな胸が大好きだと言ってくれた。……嬉しかった。

 夜、アレクシアは夢中であたしの胸を触って、そして、舐めてくれた……。

 まさか、世界を救うために召喚された先で、こんな風に特別な関係になる子と出会えるなんて思ってもいなかった。


「アレクシア……」


 そう、ポツリと呟くと……


「なあに?」


 いきなり寝ていたはずのアレクシアがあたしの背中に抱きついてきていた。


「ビックリした……。寝てたんじゃなかったの?」

「んー? ナナミが起きてたから驚かしてあげようと思ってねえ」

「ねえ、喋りながら胸揉まないでくれる?」


 アレクシアは後ろから手を伸ばしてあたしの胸を鷲掴みにしていた。


「もー、嬉しいくせにぃ」

「そりゃ嬉しいけど、恥ずかしいよ、こんな朝からってのは、さすがに……」

「もー、こんなに立派なんだから恥ずかしがることないのにぃ」


 そう言いながらアレクシアはより激しく胸を揉みしだいてくる。これ以上やられるとまた変な気を起こしてしまいそうだった。


「あ、アレクシア、駄目だよ……」

「んー? 興奮してきちゃったの? 私は別にいいよ。ナナミが満足するまで玩もてあそんでくれていいんだよ」


 そんなことを耳元で甘い声で言って来るんだから、この子は大概小悪魔だ。


「だ、駄目だって! 今日は朝早くから前線に慰問に行くんだから」

「えー? もう、しょうがないなあ。じゃあ今回はおっぱいだけにしてあげるぅ」

「あ、あんた、こんなとこ、お父さんが見たら泣くよ?」

「ぶー! 二人の時はそういうこと言いっこなしだよ! こんなの、ナナミにしか見せないんだから!」


 まるで子供のように頬を膨らませるアレクシア。騎士団内ではいつも凛々しく、隊員の見本として常に正しい振る舞いをしているのを知っているだけに、今の彼女はまるで別人のようであった。まぁ、そういう甘えん坊の素顔をあたしにだけ見せてくれるというのは、この上なく嬉しいことではあるのだけれど。


「わ、悪かったって、機嫌直してよ……」

「つーん! 機嫌直してほしかったら、私が喜ぶことをしなさい! そうしたら……」


 あたしは、減らず口のアレクシアの口をあたしの口で塞いでやった。


「んー」


 すると、アレクシアはあたしを挑発するかのようにあたしの口の中に舌を挿れてきた! あたしが対抗して彼女の舌に自身の舌を触れさせると、それを逃さんと今度はあたしの舌に彼女の舌を絡めてきたのだった!

 あたしはもういても立ってもいられず、彼女をベッドに押し倒していた。ベッドの上で彼女の小柄な身体を押しつぶしながらあたしは彼女の口内を蹂躙した。アレクシアはされるがままにあたしに玩ばれていた。

 我ながら、こうも簡単に欲望に負けてしまう自分が恥ずかしい。勇者としては、もう少し自制心を高めるべきなのだろうが、どうしても毎回彼女の誘惑に乗ってしまう。日本にいた時はもう少し我慢強かった気もするけど、今のあたしはまるで歯止めがきかないのだった。


「もー、ホント、ナナミって情熱的だよね」

「あんたがそんなに可愛いのが悪いんだよ……」

「ほらほら、もう拗ねないの。時間も結構ギリギリだから、そろそろ準備しようか?」


 アレクシアが可愛らしいウインクを向けてそう言う。本当にこの子の意図していない可愛さはずるい。この子と恋人関係になってからというもの、あたしはすっかりこの子の尻に敷かれっぱなしだ。まあ別に、この子はあたしの嫌がることはしてこないから、全くもって不愉快であるとは思っていないのだけれどね。


 昨日の夜に適当に脱ぎ散らかしてしまった服を二人して急ぎ目で着込む。こんなことをしているのが、世界を救う役目を受けた勇者と、王家の忠臣であるアークライト家の次期当主であるというのが笑える。ちなみにここはアルカディア城の中央棟の最上階にあるあたしの部屋だ。アレクシアが住んでいるのは西棟だから、ここにいるのは本来おかしいのだけれど、アレクシアがここに来るのはあたしとの作戦会議という名目なので、特にあたしたちのことを怪しんでいる人はいないはずだ(多分)。


「ナナミ、準備はできた?」

「うん。もう大丈夫」

「ほーら、もうここからは勇者と臣下なんだからもっとシャンとしなさい!」

「は、はい!」


 メリハリという意味ではアレクシアは結構しっかりしている。オフィシャルな場において、さすがにあたしたちが恋人同士であることがバレるのはよくない。性別がどうとかじゃなくて、王家の忠臣であるアークライト家の人間が必要以上に勇者と近いというのは、他の忠臣達にとってあまり気持ちのいいものではないのだ。あたしもそれはよく分かっているので、二人だけでいる時以外は一定の距離を保つようにしているのだった。


「どうしたのナナミ?」

「え……? いや、なんでもないよ」


 でも、それがあたしにとっては非常にもどかしい。別にあたしたちがどれほど仲が良かろうと他の人間には関係のないことだ。あたしもまだまだ至らないとはいえ、しっかり任務はこなしているし、アレクシアだって病弱な当主に代わり、同じく忠臣であるスプリングフィールド家と共に役割をしっかり果たしている。にも関わらず、そういうことを気にしないといけないのは、やはりここが政治の中心地であることが大いに影響しているのだろう。

 全く、本当に政治というは面倒だ。あたしは勇者だから政争に巻き込まれることはないが、アレクシアなんていつも忠臣達の争いに巻き込まれている。彼女はまだ年若い。本来であれば矢面に立つのいは父である当主様の使命だ。だがそれが叶わない今、それは彼女が担わなければならない。彼女よりも十歳も年下の妹であるセレスティアはまだまだ年端もいかない女の子だ。彼女が姉を助けるにはあと五年は必要だろう。だとしたら、彼女はあたしが守らないといけない。あからさまに肩入れして他の忠臣の反発を招くことは本意ではないから、あくまで影からのサポートいうことにはなってしまうのだけれど。


「ナナミ」

「ん?」

「あんまり私のことを深刻に考えないでよね。確かに大変だけど、今は凄く充実しているの。王家の役に立てているという想いもあるし、それになにより、ナナミがいてくれるから」

「アレクシア……」

「もう、そんな顔しない! そろそろ誰かに会うかもしれないんだから引き締めて!」


 色々心配していると、アレクシアはそれを見透かしたかのようにいつもそう言ってくるのだ。本当に彼女は強い。一体この小柄な身体にどれほどのパワーがあるのかと思えるほどだ。


 城の一階までやってきて、あたしたちは別々の目的地へと向かった。アレクシアはわざとらしいくらい堅苦しい挨拶をあたしに寄こしながらも、去り際に耳元で「今日の夜も可愛がってね」と挑発的なことを言ってきた。全く、本当に彼女は悪女だよ……。


「ナナミ!」


 アレクシアの色気にあてられていると、不意に誰かに話しかけられていた。あたしは急いで意識を覚醒させると、その人物をようやく認識することができた。


「ペトラ、おはよう」


 それは、アークライト家と並び立つスプリングフィールド家の長女、ペトラ・スプリングフィールドだった。ちょっと小悪魔チックなアレクシアと違い、彼女は実に真っすぐな性格をしている(こんなこと言ったらアレクシアに怒られるだろうけど)。ショートボブの髪型に、服は少しサイズの大きなローブを着ているせいで袖が少し余っているのがまた可愛い。


「おはようございます! 今日は前線までお供いたしますのでよろしくお願いしますね!」

「よろしく。ペトラは今日も元気だね」

「はい! ナナミと一緒なので気合を入れないとと思いまして!」

「それはいいことだね。でも、無理し過ぎは駄目だ。昨日君が訓練で怪我をしたのは知ってるよ。怪我の程度は分からないけど、あまり無理をするようならあたしは君をここに置いていかないといけなくなるよ」


 あたしの台詞に、彼女は分かりやすいくらい「しまった」という顔をする。やっぱりペトラはアレクシアとは真逆だ。アレクシアは逆らい難く、その悪女っぷりに溺れてしまいたくなってしまうけれど、彼女の場合は庇護欲が湧いて来て、今すぐにでも抱きしめてしまいそうになる。


「えーと、確かに怪我はしてしまいました……。で、でも! しっかり怪我の治療はしましたし、今回の慰問に全然支障はないと思います!」


 長めの袖を振り乱して本気で慌てるペトラ。あーもーどうしてこの子はこうも可愛いのだろうか。これ以上いじっても面白いのだけど、さすがに可哀想になってくるのでこれくらいにしておこう。


「ごめんごめん、ペトラが可愛いからつい苛めたくなっちゃって」

「ええ!? も、もう、ナナミ! 本当に焦っちゃったじゃないですか!」

「ごめんって。でも本当に怪我がきついなら言ってよね。今日行く所はまだそれほど激戦区じゃないからいいけど、もし急激に戦況が変わったらあたしたちだって戦闘に参加する可能性もあるんだからね」

「はい。あの、心配してくれてありがとう、ナナミ」


 上目遣いにペトラがそう言う。あー、マズイはこれ。浮気なんてしたらアレクシアに殺されるから絶対にしないけどこれは反則級だ。これ以上可愛らしさを見せつけられると、危うく彼女を部屋に連れ込んでしまいかねない。ホント変態自重しろ。


「あ、あの、ナナミ? 一体どうかしましたか?」

「え!? ど、どうもしないわよ! さ、皆が待ってるんだから早く行きましょ!」

「はい!」


 そうしてあたしたちは前線へと向かうために歩き出した。


 あたし、ナナミこと悠木七海ゆうき ななみは勇者としてこの世界に召喚され、世界を救うために日夜戦いを繰り広げている。辛いことも多いけれど、アレクシアやペトラみたいに、頑張り屋で一生懸命な子たちが沢山いるこの世界を必ず救ってみせると、あたしは心に誓った。それまで決して、あたしは歩みは止めるつもりはなかった。

 これはそんな女の物語。未来は希望へと続いていると信じ続けた勇者の記録。そして、叶うことのない夢を見続ける、愚か者の記憶の残滓である……。

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勇者ハルカの決意 -優しさだけじゃ、世界は救えないの?- 遠坂 遥 @Himari2657

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