第21話 罠

「これは、酷い……」


 目の前の光景に、私は怒りを禁じえなかった。それは私の横を走るリアさんたちも同じなんだと思う。


「今回は思いきってやってきましたネ……」


 そう言うリアさんの表情は憤りに満ちていた。それでも怒りから我を見失わない様、必死に自分自身を抑えつけている。


 私の眼前に広がるのは、破壊された繁華街。商店や露店の残骸がそこかしこに散らばり、怪我人がかなりの数見受けられる。


「全員、これより作戦行動に移行してください! 本作戦の目的は『鉄の翼』を鎮圧し、一人でも多くの市民を救うことにあります。各員協力し、必ずや本作戦を完遂させてください!」


 先頭を走るセレスティアさんが檄を飛ばす。ここに来るまでの間に既に今起きている事態と作戦行動は確認済みだ。

 訓練中の私たちの元に今回のテロの一報が入ったのが約十数分前。前回は郊外の教会を狙ったものだったけど、今回は白昼堂々中心地にある繁華街が狙われたというものだった。

 他のみんなはかなり動揺していた。というのも、今まで「鉄の翼」がここまで堂々と人の多い地域を攻撃したことがなかったからだそうだ。


「ついにやつらも、次のステップに移行した、ということですか……」


 事態を確認したセレスティアさんが表情を険しくしてそう呟く。


「やつらも焦っている、ということですわ。しかし、なりふり構わなくなった敵ほど始末の悪いものはありません」

「その通りデスね。今回は、前回の様な完全勝利という訳には、いかないでしょうネ」


 カミラさんもリアさんも同様に厳しい表情でそう言う。

 前回の作戦で「鉄の翼」にも相当数の逮捕者が出た。彼らもこれ以上の失敗は自分自身の首を絞めるだけと悟り一気に猛攻を掛けてきた、ということなんだろうか。

 しかし、繁華街を攻撃したということは、そこで買い物をしていた人たちが沢山巻き込まれているということだ。怪我をした人たちのことを考えただけで怒りがこみ上げてくる。


「親衛隊はこれより出撃します! 全員早急に準備をしてください!」


 沈みかけていた私たちにセレスティアさんが的確に指示を出す。こうなったらもう考えていても仕方がない。今は自分にできることをやろう、私はそう心に誓い、走りだしたのだった。


 被害は思っていたよりも更に酷いものだった。まさかこれだけ多くの商店が無差別に破壊されているとは思わなかったからだ。


「先遣隊によると、敵は市役所の職員を人質にして建物内に立てこもっているとのこと! 人質と交換条件に、何かを要求してくるものと思われます!」

「人質とは、これはまた厄介なことネ……」


 セレスティアさんによる続報を聞きながら、リアさんが苦々しく呟く。


「本作戦は人質の解放を最優先事項と致します! 市役所以外のテロリスト鎮圧は他の隊に任せ、我々はこれより市役所に向かいます!」

「他のテロリストの鎮圧は私たちが参加しなくて大丈夫なんですか?」


 隣を走るカミラさんに対してそう尋ねると、


「問題ないでしょう。市街地のガードを任されていた第一師団が易やすとテロリストの攻撃を許してしまったことが原因の訳ですし、彼らにだって意地があるでしょうしね」


 あくまで落ち着いた様子のカミラさんが皮肉混じりにそう答えた。味方だと心強いけれど、本当にこの人は敵にしたくないと私は改めて感じていた。


「そうですネ。第一師団が総力を挙げればこの程度のことは訳ないでshow。その内に、我々が人質を全てreleaseしてしまいますからネ。ねえ、ハルカ」


 これまたお隣のリアさんがウインクしながら同意を求めてくる。前回よりも大規模な作戦に緊張気味だった私だけど、彼女の笑顔を見ていると、何とは無しに上手くいきそうな気がして、


「そうですね。はい、きっと私たちならできます!」


 自然とそんな言葉が口から発せられていた。そしてついに、私たちは市役所へと到着した。

 市役所は石造りの立派な三階建ての建物だった。しかし、正面扉は敵の攻撃を受けたのか激しく損壊しており、すでにその機能を完全に失っていた。

 また正面にはかなりの広さの広場があった。そしてその中心には噴水があり、その周りでは数名のテロリストと思しき人間が警備の目を光らせていた。

 ぱっと見でもかなりの広さを誇っているこの市役所を、一体どうやって攻略していけば……


「このまま正面に突入したら、これぞまさに飛んで火に入る夏の虫。人質も無事では済まないでしょう」

「そうネ。でもそれなら一体どうするネ?」

「全員、一度こちらに集まってください!」


 攻略のイメージの掴めない私たちに向かって再びセレスティアさんの号令が響く。私たちは指示通り彼女の元へと集まると、そこには見慣れない一人の男性がいた。

 セレスティアさんの話によると、彼は「鉄の翼」の襲撃の際になんとか建物から脱出した市役所の職員とのことだった。彼は言った。


「実はこの建物の地下には秘密の通路があるのです。これは、自然災害やこういったテロが発生した場合の脱出経路として作られたものですが、これを知っているのは一部の市役所の職員だけなので、テロリストは知らないはずです。これを使えば建物内に侵入することができます」


 その秘密の通路は三階の市長室へと繋がっているとのことだった。正面突破が不可能な今、この通路だけが唯一の道であるのは間違いない。


「よし、では通路を活用することにしましょう。通路側からあまり多くの人間を送っても敵に見つかるだけですので、ここは少数精鋭にしたいと思います」


 そう言って、セレスティアさんが指名したのは、素早い行動を得意としている魔術師二名と、そして、


「ハルカ、あなたにお願いしたいと思います」


 この私だった。


「私ですか?」

「はい。あなたのホーリーガードがあれば、一定数のテロリストは無力化できます。二人にはあなたのフォローをしてもらいますので、それでなんとか人質の元まで行っていただきたいのです。辿り着くことができたら、今度は我々が突入しますので。……かなり危険な任務ですが、お願いできないでしょうか?」


 彼女の言う通り、これはかなり危険な任務だと思う。下手をすれば敵に囲まれて全滅しかねないし、人質にだって危害を加えられる恐れもある責任重大な任務だ。

 でも、だからといってこのまま手をこまねいている訳にもいかない。今アルカディア王国が置かれている情勢を考えれば、王国はテロリストの要求を受け入れることなんてできないだろう。もし彼らに屈服したと認識されれば、今後王国を狙うあらゆるテロリストの標的になること請け合いだ。それは絶対に回避しなければならない。

 だから、私たちが彼らを助け出すより他に選択肢はないんだ。


「分かりました。人質をテロリストから守るため、全力でこの任に当たらせていただきます」


 私はそう力強く頷いた。

 市役所の職員に案内され秘密通路の入り口に通される。厳重に鍵が何個も掛けられており、その一つ一つを職員が外していく。


「これで大丈夫です」

「ありがとうございます。それでは、行きます!」

「お気をつけて。くれぐれも無茶はしないでください。あと、作戦がうまくいった場合、すぐに私に連絡をください。私をイメージして、心に語りかけてもらえれば必ず返事をしますので」


 二人が先に通路へと入り、その後から私も彼女らに続いた。中は薄暗く、僅かに電灯があるくらいでほとんど暗闇に近い。


「勇者様、足元には気をつけてくださいね」

「は、はい」


 何度も躓きそうになる私を尻目に、先を行く二人の足取りは軽い。ちなみに前を行く魔術師二人は見た目が瓜二つの双子の姉妹であった。彼女らの内、一人はクラリス・エアハートといい、もう一人はラウラ・エアハートといった。二人はまるで夜行性の動物のように闇に慣れているように思われた。

 クラリスとラウラの双子コンビは、親衛隊内でも一、二位を争う隠密活動のエキスパートとして有名で、数々の作戦で戦績があった。セレスティアさんがそんな二人に私のフォローを任せたのも頷けるところだ。


 堂々とした佇まいの二人に対し、私の心臓は激しく脈を打ってしまっていた。駄目だ、こんなところで緊張している場合じゃないのに……。そう、思っていると、


「勇者様」

「は、はい!?」


 私の心を見透かしたかのようなタイミングでクラリスさんが言った。


「大丈夫です。勇者様はご自分の力を信じてください」


 それに追随してラウラさんも言う。


「探索などの基本的な作戦行動は我々にお任せください。貴女あなたは、我々が本当にピンチになった時の援護をお願いします」

「しかし、そんな危険な役目を押し付ける訳には……」

「大丈夫ですよ、勇者様。私たちは勇者様を敵の本陣までお連れするためのガードマンのようなものです。敵の親玉に気付かれない内にあらかたのテロリストを排除できたら、勇者様はすぐに人質の元に向かってください。勇者様のホーリーガードさえあれば、邪悪な人間から人質を守ることができます。そうすれば、後は私たちが勝ったようなものです」


 そうクラリスさんが弾んだ声で言った。すると、


「見てください! 前方に階段があります!」


 そうラウラさんが言うとおり、前方には恐らく三階へと続いているであろう階段が姿を現していた。


「という事は、ここはもう既に建物の地下ということなんですね」

「そのようですね。勇者様、感覚を研ぎ澄ましてください。上方に沢山の魔術師の気配を感じます」


 クラリスさんに促され、私は集中力を高める。確かに、上方に複数人の魔術師の力を感じる。その数は、ざっと見て二十といったところか。しかし、


「確かに数は多いです。でも……」

「たいしたことない、ですか?」


 クラリスさんがニヤリと笑う。私は微笑を返事とした。


「では参ります。貴女は我々の後に続いてください」

「はい!」


 自身を奮い立たせるように、私は力強く返事をした。

 エアハート姉妹が高速で階段を昇る。私は遅れを取らないように自分の可能な限りのスピードで上を目指した。

 三階に辿り着く。ラウラさんは扉に耳を付け、建物内の様子を伺う。私もまた意識を集中させ、扉の向こうに敵がいないか確認する。


「敵の数は三人といったところですね。この程度なら一瞬で仕留められます」

「扉を開けると敵に気付かれる恐れがあります。ここは私たちが『インビジブルゴースト』で扉をすり抜けて侵入し、敵を倒します。回りに他に敵がいないことが確認できたら勇者様は中にお入りください」


 ツインテールの可愛らしい見た目とは裏腹に、二人の自信は相当なものだ。身に付けている装飾も日本で言えばくノ一といった感じで、実に頼もしい雰囲気があった。

 戦いの経験値で言えばダントツで二人の方が高い。ここは二人の言葉に従ったほうが賢明だろう。私は素直に首を縦に振った。


「それじゃ、ラウラ!」

「はい、クラリス!」


 お互いに声を掛け合い、同時に目を閉じる。そして次の瞬間には、私の視界から二人の姿はすっかり消えていた。その代わりに、扉の向こう側で何かが倒れるような音が私の耳には届いていた。


「勇者様、もう大丈夫です」


 扉の向こうからクラリスさんの声が聞こえる。私が扉を開けると、そこには三人の人間が地面に突っ伏していた。全員が意識を失っており、両手両足を紐の様なもので拘束されていた。


「も、物凄い早技ですね……」

「お褒めにあずかり光栄です」


 この調子だと私の出番はないんじゃないだろうかとも思えるほどの活躍を見せてくれた二人は、その後も次々と一瞬でテロリスト達を戦闘不能にしていった。


「三階は完全に制圧できましたが、人質はいないようです」

「とすると、皆さんは一体どこに捕えられているんですかね?」

「恐らく、一か所に集められているのだと思います。可能性が高いのは、やはり一階のエントランスでしょうか」


 一階のエントランスは市民が唯一職員と相対する場所であり、この建物内で最も広い部屋でもある。四十名近い職員をバラバラに監視するより、広い部屋で一括で監視していた方が効率的なのは間違いない。

 人質が一カ所に集まっていると、それだけ解放するのが難しくなる訳だけど、弱音を吐いている訳にもいかない。できるだけ他の階のテロリストを排除し、残り少なくなったところをホーリーガードで一網打尽にすることが最善策だ。だから今はひたすら進むしかない。

 私たちは休む間もなく二階へと向かった。先程の調子なら、それほど手こずることはないかもしれない。それでも私は楽観視はしていなかった。それは間違いなく前を行く二人も同じだったはずだ。


「…………クラリスさん? ラウラ、さん…………?」


 にもかかわらず、そんな私たちが窮地に陥ったのは、不運であったという以外に説明のしようがないことだと思う。全てが一瞬だったんだ。足元に転がる血だらけのエアハート姉妹を前に一体何ができるのか、私にはもはや全く分からなかったんだ……。

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