Her name is…(Episode1-3)

第20話 たった一人でも…

 誰かを笑顔にすることが、とても幸せなことだと思った。


 暗いライブハウス。光が当たっているのは、私たち四人だけ。


「さあ、行くよ! みんな盛り上がっていこう!」


 私の掛け声とともに、全員が音をかき鳴らす。


 会場の人達が夢中で右手を掲げる。リズムに合わせて飛び跳ねる。それに呼応して、私たちの身体も自然と動き出す。


 ドラムが爽快な打撃音を響かせる。ギターが会場のボルテージをマックスまで引き上げる。そして、ベースのあおいは、それらが瓦解しないようにしっかりと正確なリズムを刻んでいる。

 私はそこに歌声を載せる。三人が作りだす世界に浸り、そして四人の世界をみんなに届けるんだ。


 楽しくて仕方がない。会場のみんなの笑顔が弾ける。幸せそうな笑顔がそこかしこに溢れる。


 ドラムの唯も、リードギターの環も、そしていつもはクールなあおいも、みんなが笑顔になる。


「遥さん!」「遥ちゃん!」「遥!」


 三人が私を呼ぶ。


「遥!」「遥先輩!」


 会場のみんなも、夢中で私の名前を呼んでくれる。


 堪らず、私も笑顔になる。思わず、涙が溢れそうになる。それでも笑った。ただただ、私は幸せだった。みんなを幸せにできるその時間が、私は大好きだった。



「ハルカ! 本当に、あなたは良くやりました!」

「イエース! 流石はハルカ! あなたのbrave heartには感服しましたヨ!」

「まあ、勇者なのですからこれくらいは当然ですが、よくやったとは思います」


 みんなが、笑顔で私を褒めてくれる。

 みんなの役に立つ事ができた。だから、私も笑顔でそれに応える。


「…………」


 なのに、なぜだろう? 心には、いつまでもモヤモヤが残ったままだった。

 みんなを笑顔にできたのに、どうして私の気持ちは晴れないままなのだろうか?


 私はふと振り返ってみる。

 後ろには、誰もいない。

 いつも元気に背中を押してくれた唯も、持ち前のおおらかさで私を支えてくれた環も、いつだって私の味方でいてくれたあおいも、ここにはいない。


 かつてギター片手にストリートライブをやろうとしたことがある。でも、その時は私は怖くて結局その場に踏み出すことができなかった。

 誰も私のことを知らない。誰も私のことを本気で心配してくれたりはしない。誰も私を後ろから支えてくれることはない。そんな世界が怖くて仕方がなかったんだ。


 三人がいたから、会場中が私を知っていたから、私はあの場に立つ事ができた。私がみんなを幸せにしたなんておこがましい。私はただ、みんなに幸せにしてもらっていただけだったんだ。


 私一人では、何もできない。世界で一番大切な人すら幸せにできなかった。私はあまりに無力だ。私一人では、誰も幸せにすることなんてできない。


 でも、そんな自分を変えたいと思った。そのチャンスがあるのならやってやる。一人でも、みんなを幸せにしてみせる。セレスティアさんと出会ったあの日、私は一人心にそう誓った。


 後ろには、やはり誰もいない。でもそんなことはもう関係ない。私は一人だってやってみせる。だから、もう後ろは振り返らない。

 モヤモヤが晴れなくたって関係ない。私ならやれると、自分を奮い立たせるんだ。


 もう、夢から覚める時間だ。大丈夫。全て上手くいく。そう願って、私は意識を覚醒させた。


「おはようございます、ハルさん。よく寝られましたか?」


 目覚めの良い朝だった。目の前には、麗しのメイド、フランさんが私に笑顔を向けてくれていた。


「おはようございます。はい、今日はバッチリ」

「それなら良かったです。体調の方はもう大丈夫ですか?」

「はい、もうすっかり大丈夫です。これなら訓練も再開出来そうです」


 私は元気の良さをアピールするために力瘤を作って見せた。


「そうですか。ですが、無理は禁物ですよ。無理だと思ったらすぐに休まれた方がいいです」

「はい、心配してくれてありがとうございます」

「いえいえ、あなたの心配をすることがわたしの使命ですので」


 そう言って、フランさんは可愛らしく笑った。そして、朝ごはんの準備をしにキッチンへと向かった。


 私はダイニングへ向かうおうと、ベッドから降りて立ち上がる。でも、その時だった。


「あ、れ……? なんだろう? 急に、胸が……」


 胸の奥を締めつけるような鈍い痛み。初めはほんのわずかだった痛みが、鼓動を打つたびに威力を増していく。

 立っていられなくて、私は膝をつく。両手で胸を押さえる。おかしい、昨日までなんともなかったはずなのに、どうして急にこんなところが痛みだすんだろうか?

 まだ怪我が治りきっていなかったのか? でももうあれから5日は経過している。心配症のセレスティアさんだってもう大丈夫と言っていた。それに、これ以上休んでいては身体がなまってしまう。戦いはまたいつ起こるか分からないんだ。訓練をするためにも、今日はこれしきのことでくじける訳には……。


「ハルカさん?」

「?」


 ミナトちゃんだった。恐らく今起きたのだろう。状況を理解したのか、彼女は今度は更に心配そうな顔でこちらに歩み寄って来た。


「大丈夫ですか? どこか、痛むんですか?」

「だ、大丈夫! ちょっと立ちくらみがしただけだから」

「でも、凄く辛そうですよ。待っててください、今フランチェスカさんを呼んできますから」

「いいの。フランさんは呼ばなくていい」

「え? で、でも……」

「いいから。お願いミナトちゃん、言うことを聞いて」


 納得いかない様子のミナトちゃん。でも私の剣幕を見てか、ようやくミナトちゃんは首を縦に振ってくれた。


「ごめんねミナトちゃん。怖がらせちゃったよね?」

「い、いいえ。わたしこそ、迷惑掛けてごめんなさい」

「ち、違うよ、迷惑なんて掛かってないよ。だから心配しなくていいんだよ」


 私はそう言って、ミナトちゃんの頭を撫でてあげた。


 朝食を食べ終わると、私は着替えながらフランさんに尋ねた。


「この間の件ですが、何か分かりましたか?」

「申し訳ございません、まだ何も……」


 フランさんはすまなさそうにそう答えた。


 テロ集団、「鉄の翼」との戦いの後、私は一日だけ入院してからこの部屋へと戻った。

 私の体調を心配するフランさんに対して私はあの戦いで再会した少女、フィオナのことを尋ねたのだった。


「フィオナと、その人は名乗ったんですか?」

「はい。もし聞き覚えがあったらと思って」

「ファミリーネームは、その人は名乗られたんですか……?」

「え? いえ、そこまでは」


 フランさんは口元に手を当てて何やら考え込んでいるようだった。


「もしかしてご存じなんですか?」

「……い、いえ。ですが、まさか、そんなことが……」


 珍しくフランさんの歯切れが悪い。私が何でもいいので教えてほしいと言うと、


「もしかしたら、その人のこと、わたしは知っているかもしれません」


 と、かなり気になる返答を彼女は寄越した。


「本当ですか?」

「はい。ですが、確証が持てないんです。フィオナという名前は、この地方では決して珍しい名前ではないんです。だからそのフィオナさんは、私の知っているフィオナさんとは別人かもしれません」


 そう言う表情はどこか焦っている様にも思えた。


「とにかく、まずは調べてみることにします。もし何かはっきりしたことが分かったらお知らせさせていただきます」


 どこかスッキリしないものを抱きながらも、私は彼女の言葉に従うことにしたのだった。


 あれから四日が経過した。その程度の日にちで分かる訳がないと思いながらも、私はいてもたってもいられず尋ねたのだった。


「そう、ですよね。ごめんなさい、焦らせるようなことをしてしまって……」

「いえいえ、いいんですよ。ハルさんが気になっていることはよく存じていますから。我々の方としても、できるだけ早めにその人のことを調べ上げるつもりですので」


 フランさんが私の髪の毛を梳かしてくれる。勇者といえども女の子は身だしなみには気を付けた方がいいですよと、フランさんはよく私に言うので、私も極力気を付ける様にはしている。


「フィオナさんのこともそうですが、今度はミナトさんについてなんですが」

「はい、何か分かりましたか?」

「いいえ。調査に全力を尽くしましたが、この国で彼女に関する情報は、全くありませんでした……。やはりわたしが思うに、彼女はあなたと同じ国の出身なんじゃないかと思うんです」


 この世界に一体いくつもの異世界があるかなんて私には想像もつかないことだ。でも、彼女の容姿、牧村湊という名前、そして彼女が最初に着ていた制服、それらを考えれば彼女が私と同じ国の出身である確率はかなり高いと言える。


「やはり、そうなのかもしれませんね。だとしたら、やっぱり彼女は元の世界に還してあげないといけませんね。このままでは、彼女のご家族が心配するでしょうし」

「しかし、彼女の様子を見ていると、どうにも元の場所には還りたくないようにも見えるのが、少し心配ではありますが……」

「確かにそういうきらいはありますね。ですが、もしご家族との間に何か問題があるのだとしても、話し合いもせずに逃げてしまうのはよくないと思うんです。想いを伝えられるうちに想いを伝えないと、いつか絶対に後悔すると、私は思うんです」


 私はそう言うと、フランさんは神妙な面持ちで頷いた。しまったと思い、私は砕けた雰囲気を装って言った。


「って、私みたいな十代そこいらの女が言ってもあまり説得力はありませんけど、あはは」

「いえ、そんなことはないですよ。確かにあなたのおっしゃることももっともです。彼女とは近い内に話し合いをしましょう。そして今後どうするのか、明確にすることにしましょう」

「はい」


 気付くと、時間はいつの間にか訓練開始時間に迫っていた。鬼教官……もとい、セレスティアさんを刺激するのも躊躇われたので、私はキリの良い所で部屋を出ることにしたのだった。

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