第19話 困惑する少女
「どうしてフィオナが、ここに……?」
私の問いかけにフィオナは答えない。ただ無言で私を見つめているだけだ。
この状況が理解出来なかった。さっきまで激しい戦いを繰り広げていた相手が、見知ったあの少女であるなんて誰が思うだろうか? 今の今まで命の奪い合いをしていた相手が、私を助けてくれたはずの人であるなんて一体誰が想像するだろうか?
誰だって、そんなことを僅かでも想像するはずがない。
だって、そんなことは絶対にあってはならないことだから。
テロリストは、無慈悲で、人間らしい感情など持たない悪魔の如き存在。何の罪もない人を身勝手な理由で傷つける、私たちにとって倒すべき存在。だからこそ、私たちは人々を守るため、この刃を振るうことができるんだ。
でももし、テロリストが心優しいあの美少女であったなら、私たちは無条件に刃を振り下ろすことができるだろうか?
そんなこと、簡単にできる訳がない。
敵であろうとも、見知った人を簡単に殺めることなんてできるわけがないんだ。
どうして? なぜ? 私の心は問い続ける。
でも、どれだけ自問自答しようと答など出るはずがない。
それぐらい、この状況は私にとって理解不能だったからだ。
「……答えてよ。どうしてあなたが、フィオナが、テロリストなんて……」
尚問いかけても、やはりフィオナは答えない。
私はついに痺れを切らし、声を荒げて問いかける。
「答えてよ! あなたは地方巡業中のアイドルだったんじゃないの!? そんなあなたがどうして、こんなことを!?」
今の私は、きっと物凄く怖い顔をしていると思う。でも、目の前の事実はそれくらい私を動揺させるようなことだったんだ。だから私は衝動のまま、目の前の少女に迫っていた。
「…………それは」
私の怒りを前にして、彼女が初めて反応を示した。その表情は僅かにうろたえているような、辛そうな、そんな感情を表していたように思えた。
「あんたには、関係のないことよ……。あたしとあんたは敵同士、それ以上でも以下でもないわ……」
「そ、そんな、敵だなんて……。どうしてよ? どうして私たちが戦わないといけないの? 私はあなたとは戦いたくない。あなたは私たちを助けてくれた。だから、」
「あいつらが騒動を起こすと警備が厳重になって、あたしたち『鉄の翼』の邪魔になる。だから倒したの。別に、あんたたちを助けた訳じゃない」
フィオナはキッパリとそう言う。それでも私はその言葉をそのまま信じることはできなかった。
違うと叫びたかった。いや、もしかしたら「鉄の翼」には本当にそういう思惑はあったのかもしれない。それでも、彼女があんなタイミングで私たちを助ける必要はなかったはずだし、わざわざ憲兵に突き出すような真似をする必要も、いやそれよりもそもそも……
「だったらどうして、私たちの前に姿を現したの!? あいつらを倒すだけなら私たちの前に現れる必要なんてなかったじゃない!? 私たちなんて無視して勝手にあいつらを倒せばよかったんだよ!」
「そ、それは、あのタイミングなら、あいつらを簡単に倒せそうだったからで……」
「嘘だよ! それじゃあなたが私たちの前に姿を見せたことの説明にはならないよ! あの時あなたはそんな打算的なことは考えていなかったはずだよ! ただ目の前の困っている人を助けたい、あの時のあなたはそれだけだったはずだよ!」
普段の私じゃ考えられないほど、私は声を張り上げていた。ここまでムキになったことなど今まであっただろうか? でも、これはそれくらい譲れないことだったんだ。私はどうしても、彼女を悪人にはしたくなかったんだ。
でも、どうしてだろう? どうして私はここまで彼女にこだわるのだろうか? その理由は、今の私にはどうしても分からないのだった。
「う、煩い! さっきから勝手なことばかり言って! あんたにあたしの何が分かるの!? あたしはあんたの敵なんだ! だから、次会った時は絶対にあんたには負けない! それを覚えておきなよ! 『鉄の翼』はこれしきのことでは諦めない。アルカディア王国を崩壊させるまで、攻撃はやめない」
そう言って、彼女は私を思いきり睨んだ。それでも私は、彼女のことをただのテロリストだと認識することはできそうもなかった。彼女はフィオナだ。あの時の可愛らしい笑顔は決してニセモノなんかじゃないと、そう断言できた。だから私はもう一度口を開こうとした。でも、その時だった。
遥か彼方で発煙筒の様なものが上がったのが私の目でも捉えることができた。それを合図に、彼女はその瞳を私から逸らしてしまった。
「フィオナ!」
私は彼女を逃すまいと必死に名前を呼んだ。しかし、
「次に会う時は絶対に潰す。潰されたくなかったらさっさと尻尾を巻いて祖国に帰ることね」
そう吐き捨て、彼女はその場から走り去ってしまった。しかし追いかけようにも、もう、今の私に体力は残されていなかった。
回復術にも限度がある。右腕と右足は辛うじて動くけど、それ以外の部位は少しも私の言うことを聞いてはくれない。
私は無様に地面に倒れ込む。顔をしたたかに打ちつけ、痛みに叫び出しそうになりながらも、私はその場から動くことができなかった。
「フィオナ……」
地面に伏しながらも、絞り出すように私はその名前を口に出していた。でも、それはもう彼女には届かない。もはや彼女は、私の視界から完全に離脱していた。
「どう、して……」
うわごとの様なその言葉は、誰にも届かず霧散していった。
しばらくして、私の耳に人の足音のようなものが届いた。それも一つや二つじゃなく、大勢のものだった。
「ハルカ!」
聞き覚えのある声。間違いない、セレスティアさんだ。セレスティアさんたちが助けに来てくれたんだ! 声しか聞こえないけど、彼女はとても慌てているようだった。
すぐにでも応えてあげたかった。私は大丈夫ですと、笑顔を向けてあげたかった。でも、私の消えかかっている意識じゃ、右腕を少し動かすのが精一杯だった。
「ハルカ! しっかりしてください!」
「セレスティア、さん……」
「良かった、意識はありますね」
「は、はい。でも、ごめんなさい、やられてしまいました……」
セレスティアさんが私を抱きかかえる。それは久しぶりの人の温もりだった。
セレスティアさんは心の底から私を心配してくれているようだった。ああ、こんなに酷い怪我をしてしまってはまた彼女に怒られてしまう。また彼女を失望させてしまう。そう、思ったのだけれど、
「何を仰るんですか! あなたは今回親衛隊一の活躍を見せてくれたじゃないですか! そんなにボロボロになりながらも、カミラを倒した敵を撃退したそうじゃないですか! だからあなたは、その怪我を不名誉に思うことなどありません。それは、名誉の負傷なのですから」
私の予想に反して、セレスティアさんは優しく私に笑いかけてくれていた。
「それよりも、まずは怪我の手当てです。ここでは応急処置しかできないので、近くの病院にあなたを運びます。少し辛いですが、我慢して下さい」
「あ、あの、カミラさんは、大丈夫なんですか?」
「手痛い一撃を食らってしまいましたが、命に別条はありませんし、むしろあなたよりは全然元気です。先程もその足で歩いて病院に行ったくらいですから」
あ、あの怪我で自力で歩けるなんて……。あの人はどれだけ勇猛果敢なのだろうかと、私は思わず少し呆れてしまった。
「あと、彼女にあなたの戦果を伝えたところ、『よくやりました』と、伝えておいて欲しいとのことでした」
「あ、あのカミラさんが、そんなことを……」
「はい。それほど今回の戦果は誇るべきことだということです。では参りましょう。詳しい話はまた後で」
隊員が二人がかりで私を担架で運ぶ。正直、セレスティアさんにも、ましてやカミラさんにも褒めてもらえるとは思っていなかった。こんな大怪我をして、勇者不要論でも出てしまうんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていたくらいだから。それだけに、二人の賛辞は素直に嬉しかった。それでも、私の中に引っかかるものが沢山あったのも事実だ。
最後の戦いこそ、躊躇わずに刃を振れた。でも、その前はどうだっただろうか? それに、フィオナのことは、現状では心の中で消化できそうもないことだ。これだけのモヤモヤを抱えたまま、素直に賛辞を受けとることは、残念ながら今の私には出来そうもなかった。
「…………はぁ」
思わず大きな溜息が出る。あれこれ考えていたら疲れがどっと出てしまったようだ。怪我人のくせに頭を働かせすぎてしまったみたいだ。だから私は、運ばれながら目を閉じ、つかの間の眠りにつくことにした。
気になることは沢山ある。でも、今は眠りにつこう。考えるのは、それからでも遅くないはずだから……。
「おやすみ、なさい……」
そうして私に、ようやく休みの時が訪れようとしていた。そして、
「しっかり、休んでください」
セレスティアさんの言葉が、意識を閉じる直前、この耳にしっかり届いたのだった。
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