第18話 予期せぬ再会

 フードを被った人物が私と相対する。私は瞬間的にフェロニカを構えていた。カミラさんがやられた瞬間の映像が、嫌でも脳裏をよぎる。


 その人物をよく見てみると、私と同じか、私よりも小柄であることがわかる。

 この人はもしかして女性? いや、これだけ沢山の女性魔術師がいるのだからそれは何も珍しいことではないけど、あれほどの身のこなしに、カミラさんを倒した時のパワー……どれをとってもこんな小柄な、しかも女性にあんなことができるとは思えなかったんだ。


 フードを被った人物が私の方へと足を踏み出す。瞬間、私の意識が覚醒する。私の身に危機が迫っていることを本能が告げる。


「止まって!」


 私の精一杯の怒声にその人が立ち止まる。私はフェロニカの切先を相手に向けた。

 風が二人の間を吹き抜ける。仲間が、テロリストが戦いを繰り広げているはずなのに、辺りは物音一つ聞こえない。私は沈黙に耐えかねて口を開いた。


「どうしてあなたたちは、こんな酷いことをするんですか?」


 聞いた所で無駄なことは分かっている。それでも私は聞かずにはいられなかった。

 向こうで気を失っているカミラさんが目に入る。その美貌が血で染まっている。私に対しては厳しい態度が多かったけど、ほんの一瞬、彼女は私の身を案じてくれた。彼女には優しさがあったと、私は思う。

 何もできない私に代わって彼女は戦い、そして敗れた。最初から私が加勢していればこんなことにはならなかったかもしれない。だから、これは私の責任なんだ……。


 ギリッと、私は唇を噛んだ。それは、何の罪もない人たちや、カミラさんをこんな目に遭わせたテロリスト、そして目の前の人物に対する憤りだった。こんなにあからさまに、人に対して敵意を表明したことなど、私には覚えがなかった。


「…………」


 問いかけにも、私の憤りにも、その人は何の反応も示さなかった。まるで冷徹な機械の様に、その人はただ同じ様にそこにあり続けた。

 ザッと、私は一歩を踏み出す。今度は容赦しない。そんな想いを込めて前方の人物を睨みつけた。


「応えてくれないのなら、無理やりにでも吐かせます。そして、あなたたちが傷つけた全ての人に、謝ってもらいます」


 フェロニカをもう一度構え直す。それを合図に、敵も体勢を低く構えた。その両手には短剣が握られていた。

 相手にホーリーガードが効いている様子はない。この人は、他のテロリストとは明らかに違う。カミラさんを倒した時に見せた動きは、とても普通の魔術師のものではなかった。でも、私だってそんじょそこらの魔術師に負けるつもりはない。私は勇者だ。気が弱くても、単純に能力だけなら負けない!

 私は一度重心を低くした後、一気にそこから走りだした。それは普通の人が見れば、風の様な速さだっただろう。


 フェロニカを振るう。だが、斬撃は敵に命中することなく空を切った。気配のする方へすぐに視線を移すと、敵は同じ様に軽やかな身のこなしで上空に逃れているところだった。

 私は逃げる敵目がけてフェロニカを向けアローヘッドを放った。だが敵は全く自由の利かない状態からも機敏に反応を見せ、さっきのカミラさんの「桜吹雪」を撃ち落とした時みたいに、その一切を無力化してしまった。

 上空に魔力の欠片が舞い散る。しかし、それこそが私の狙いだった。


 一瞬目隠しのようになった光の欠片たちに紛れて、私は敵目がけて飛びあがっていた。

 フードの人物が初めて驚きのようなものを見せた。私は今度こそ躊躇わずに敵目がけてフェロニカを振るった。

 手応えはあった。しかし、それはあくまで刀身の先が触れた程度のことだ。だがそれでも、斬撃が敵に命中したのは明白だった。


 二人が同時に地面に着地する。無傷の私は素早く敵に対して振り向く。そこには、左腕から血を流している敵の姿があった。

 その人は、出血している左腕を右手で抑えている。普段であれば、その様子に心を痛めるところだけど、流石に状況が状況だ。カミラさんの痛みを思えば、この程度で敵に同情を覚えることはなかった。

 よし、いける! このまま戦える! 私はこの状況に動揺しなかった自分に少し安堵していた。やはり、今の私は頭に血が昇っている。本来であれば、カッカしすぎることは良いことではないかもしれないけれど、今の私にはこれが丁度いい。多少の興奮状態でなければ私は刃を振るうことができない。だからもっと熱くなれ。怒れ。カミラさんの受けた痛み、民間人の人達が負った悲しみを忘れるな。私は心にそう言い聞かせた。


 左腕を負傷しながらも、敵は尚私から逃げる様子はない。何事もなかったかのように、腕から血を滴らせながらも、また短剣を両手で構えて見せる。

 とんでもない意地だと思った。治療も行っている様子がない中でまた剣を構えるなんて、普通ならできることじゃない。相当な精神力の持ち主だと、戦闘の素人である私にも容易に理解することができた。

 だからこそ、この人は早く倒さなければならない。ここで逃がしたりしたら、他の皆に危害を加えることは明らかだ。ここで私が戦闘不能にして、皆の助けにならねば。

 今度はあの程度の傷では済まさない。腕を刎ねるくらいの覚悟が必要だ。

 ごくりと、唾を飲む。手は震えていなかった。大丈夫。これならいける。私は、再び体勢を低くした。

 すると、またしても敵は飛び上がった。


「ワンパターン、だよ!」


 敵が逃げたと思われる上空に向かって、私は再びアローヘッドを放とうとする。それに対し敵は、今度は両手に握っていた短剣を、私目がけて放っていた!

 私はバックステップをしてそれらを避ける。だが戦術を変えたのはいいけれど、そんな単純な攻撃が私に当たるはずがない。しかしそれを悟ってか、間髪容れずに敵はその両の手から第二撃を放っていた!

 今度はスピードがさっきの倍近くはある! それでも私は難なくそれらを避け切った。

 色々とパターンを変えてきている辺り、確かに相手は考えて攻撃をしている様だ。でも、それにしたって攻撃が単調すぎる。段々素早い身のこなしにも目が慣れてきたところだ。これ以上のスピード技にはあまり意味がない。


「やっぱり、ワンパターンだ」


 私はらしくもなくニヤリと笑う。敵の動きが見えていること、そして極度な高揚感がこの私をまるで別人のように仕立て上げているんだ。


 だが、私にそんな感覚を味わっている余裕など存在していなかった。『油断は禁物です。ほんの少しの気の緩みが死を招きます』、そう口酸っぱく言われていたわけだけど、気を緩めている暇もなくそれは私を襲った。


 パチンと、指を弾く音。その後、私はいつのまにか、魔法陣の様なものに取り囲まれていた。


「え?」


 驚く間もなく、陣が黄色く光り出し、私の身体に、


「きゃああああああ!?」


 強烈な衝撃が走りぬけていた。


 思考が飛ぶ。何が起こったのか全く理解出来なかった。私は力なく地面に倒れ込んだ。

 フェロニカを取り落とした私は、指一本動かすことができなかった。

 一体何が起こったの? 混乱するばかりの私の目に入ったのは、焼け焦げた雑草だった。まるで、一瞬の内にとんでもない火力で焼かれたみたいに黒焦げだ。火? いや、違う、これは、きっと……


「電気だ」


 フードで口を覆っているからだろう、明確には聞こえない声でその人は言った。声が高いから、やはりその人は女性だったのだろう。でも、もはやそんなことは関係なかった。

 そうか、電気か。それにしても、いつの間に魔法陣なんて作ったのだろうか? ……いや、心当たりがある。さっき彼女は、その手から短剣を四本放っていた。もしそれが、私を直接攻撃するためのものじゃなくて、魔法陣を作るためのものだったとしたら……。

 私はまんまとはめられたの? あれほどセレスティアさんにどんな状況でも細心の注意を払う様に指導を受けていたはずなのに、本当になんて様だ。


「強かったよ。でも、もう終わりだ」


 相手も流石に疲れているのか、息を切らせながらそう言った。


 このままだと、殺される。まだ、何もしていないのに。誰の助けにもなれていないのに。私を守ってくれた人に報いることだってできていないのに。こんなところで、私は死ぬの?


「あ、ぐっ……」


 嫌だ。死にたくない。まだ、戦いたい。しかし拳を握りしめようにもやはり手に力が入らない。


 無慈悲に近づく足音。一歩、また一歩と、死神の鎌が私の首を落とそうと迫って来る。


 駄目! もう少し戦わせて! お願い! 私は、こんな所で終わる訳にはいかないんだ! 私は心の中で叫び声を上げる。

 それでも死神の足音はどんどん私ににじり寄って来る。もはや、私の命は風前の灯の様に思われた。


「お疲れ様勇者さん。バイバイ」


 刃が降り注ぐ。私の死は、これで確定した…………はずだった。


 ガキッ! 短剣は弾かれ、遥か彼方へと消えさった。


「な、に……?」


 彼女が驚くのも無理はない。でも、私を甘く見たのが敗因だ。ホーリーガードを舐めてもらっちゃ困るのです。無理やり魔力を収束させ、治癒術を行ったんだ。と言っても、今の私が自由に動かすことができる部分なんて、右足と、右腕くらいなものだろうけどね。


「ひ……!?」


 恐怖に引きつる彼女。そんな無防備な状態の彼女に向かって、残った力でフェロニカを振るう。それでもすんでの所で、彼女は私との距離を引き離した。もちろん、完全に避け切ることは不可能だったようだけど。

 またしてもちょっと皮膚を切り裂いた程度。でも、今度こそ彼女を包み隠していたベールであった、あのフード付きのコートを引きはがすことには成功していたんだ。


 私の足もとに、切り裂かれたコートがパサリと落ちる。そして、前方には、ついに私たちを苦しめた敵のご尊顔が……


「……え?」


 私は思わず目を疑っていた。だって、そんなことはあり得ないのだから。世の中にはあり得ないことが沢山ある。でも、これだけは絶対にあってはならないことだ。だって、今の私には、彼女が私に刃を振るって来る理由が一つも思い当たらなかったからだ。


「う、嘘、だよね……?」


 そう呟いたところで、目の前の事実は変わらない。何度目を瞬いても状況は何一つ変わることはなかった。私は、その人の名前を叫んでいた。


「フィオナ!」


 そう、それは紛れもなく、あの日、初めてこの世界に来た時に出会った美少女だった。私たちを助け、自身を地方巡業中のアイドルと名乗った少女が、節々から血を流して、私のことを睨みつけていたのだった。

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