第17話 戦場の勇者
それはあまりに唐突だった。
「セレスティア! 大変だ!」
「ど、どうしたのですかお爺さん!?」
訓練場に現れたのは、白ひげを蓄えたセレスティアさんの祖父、ブライアンさんだった。彼はかなり慌てた様子で、何かトラブルがあったことを容易にうかがわせていた。
「テロだ! セオグラード郊外で、『鉄の翼』によるテロ事件が発生したのだ!」
「なんですって!? それで、被害状況は!?」
「怪我人が複数出ておる! 建物もいくつか破壊されたとのことだ。あと、今憲兵が出動しやつらと交戦中だが、まだ犯人確保には至っていない」
ブライアンさんの報告で、訓練場は騒然となった。さっきまで睨み合いの喧嘩を繰り広げていたリアさんとカミラさんも、今は今後の状況について何やら話し合いを始めていた。
「セレスティア! 今すぐ親衛隊を出動させろ! 騎士団長には既に伝令済みだから騎士団の主力部隊はすぐに出動する」
「わ、分かりました! すぐに準備いたします!」
「頼むぞ! あと、勇者様に関しては、今回は出動なしとのことだ」
「え? それはなぜですか?」
「なぜってお前、勇者様はまだ訓練中だ。想定訓練期間は一カ月。しかし、実際はまだ二週間ほどしか経過しとらん。いくらなんでも、二週間でテロ事件に出動させるのには無理がある!」
ブライアンさんの言葉に、リアさんは「確かに、いきなりこの任務は厳しすぎるネ」と呟いた。そしてカミラさんも「今彼女を任務に出したら、無駄に死ぬことになるでしょう」と毒づいた。他の団員の人達も不安そうに、「もしここで勇者様にもしものことがあったら大変なことになる……」「もう少し戦いに慣れてからの方がいいんじゃないか?」と口々に囁いている。
確かに、私はまだ戦いに慣れたとは言い難い。でも、現に今テロ事件が起こっているというのに、勇者である私が出動しないというのはどうなんだろうか? ここで指をくわえて見ているだけなら、私が勇者になった意味がない。多少無理をしてでも、私はこの世界のために戦いたいし、今苦しんでいる人々を救いたかったんだ。
「待ってください!」
だから私はそう言った。皆に反対されようとも、その気持ちを曲げる気はなかった。
「どうしましたか、勇者殿?」
「私も任務に加えてください! ここで出動しないんじゃ、勇者になった意味がありません! 私もみんなと戦いたいんです! だから、お願いします!」
「やめておきなさい。実戦は、あなたの様なあまちゃんが思っているよりもよっぽど過酷なものです。演習で敵に止めをさせないような人間に、戦場に立つ資格はありません!」
私の前にカミラさんが立ち塞がる。
「カミラ! 貴様立場をわきまえておるのか!? 勇者殿に対してなんたる無礼な!」
「今はそんなこと関係ありません! ここで無理に出て彼女が死んでしまったらどうするおつもりですか!? それではセレスティアの苦労が水の泡です! そんなこと、私は絶対に許しませんわ!」
カミラさんが私を睨みつける。本当に怖い。心から怖いと思う。でも、それでも譲れないものがある。確かに私はまだまだだ。だけど、みんなと同程度に戦える自信はある。
「ハルカ、ここはカミラの言う通りネ! 気持ちは分かるケド、ここは堪えてほしいネ! 今回は無理でも、近いうちにまたテロは発生する可能性が高い。その時に、perfectな状態で戦いに臨む方が、何倍もいいと思うヨ!」
「そ、そうですぞ勇者殿! 今回参加出来ないのはあなたのせいではないのです。だからここは、我々の方針に従って……」
「いえ、行きましょうハルカ。あなたの力なら、テロリストの掃討など容易いはず」
ブライアンさんら全ての人々の言葉を遮って、冷静な声が訓練場に響き渡る。一瞬、全てが静まり返った。
「お前、今なんと……?」
「ハルカを、勇者様を本作戦に投入すると申したのです、元帥」
「き、貴様血迷ったか!? もし勇者様にもしものことがあったらどうするつもりだ!? お前が責任を取れるとでもいうのか!?」
「その発想がそもそもの間違いです! 勇者様は我々にとってなんですか? 客人ですか? 擁護すべき対象ですか? 違うでしょう!? 彼女は我々とともに戦う同士です! そんな人に対し、あなた方の発言は失礼だと思わないのですか!?」
セレスティアさんの一喝に、祖父であるブライアンさんも、あのカミラさんすらも押し黙る。そしてセレスティアさんは私の方へと歩み寄り、こう言った。
「私はあなたの力を信じています。我々と共に戦いましょう、勇者ハルカ!」
だから私はこう返した。
「はい! 全力で頑張ります!」
こうして、私の勇者として任務が始まった。私は意気揚々と彼女らと共に走りだしたのだった。
私は本任務に当たって、セレスティアさん率いる親衛隊と行動を共にすることとなった。
「ハルカ、戦いにおいて最もdangerousなのは、焦ることネ。どんな時でも平常心。何かあったらcalm down(落ち着いて)! ワタシの言葉を思い出してくだサーイ!」
「ありがとうございます、リアさん」
リアさんは笑顔で私を勇気付ける。一方、私の右斜め前方を行くカミラさんは、やはり私のことが気に入らないのか、私が視線を送ると一度私を睨みつけ、また前を向いてしまった。
彼女や、まだ私を認めてくれていない人たちを納得させるためにも、ここは頑張らないといけない。改めて私は心に強く想った。
「そろそろ現場に到着します! 全員、もう一度気を強く持ってください!」
「はいッ!!」
セレスティアさんの言葉に全員が共鳴する。私は破裂しそうな鼓動を必死に抑え、大きな声を出した。
現場が近づく。その時だ、強烈な爆発音が辺りに轟いたのは。
「テロリストの攻撃だ! 急ぎますよ!」
現場に到着すると、辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。先に現場で指揮を取っていた男性がセレスティアさんと現場の状況の確認を行った。それが終わると、彼女は私たちの元へ戻って言った。
「先ほどから騎士団とテロリストの交戦が始まっています。やつらはゲリラ戦の様に物陰に潜んで攻撃してきています。皆さんは魔力探知を常に行い、敵をいち早く発見してください! 決して一人だけで対処しようとはせず、すぐに救援を呼んでください! 分かりましたか?」
「はいッ!!」
再び全員が力強い返答をよこす。そして、各々が散らばり、作戦行動が始まった。
駆けだそうとした私に向かって、セレスティアさんが声をかけた。
「ハルカ」
「はい?」
「初陣で勝手がまだ分からないと思いますが、決して無理だけはしないでください。親衛隊の皆は戦力的にも申し分のない者たちばかりです。あなたは一人で気負わず、周りを頼ってください。それが着実に成功へと繋がります」
「はい」
「あと、私はあなたの力を信じています。だからあなたも信じてください。そして、私の心配を、どうか杞憂に……」
「えっ?」
「じ、時間です! 作戦指示通り配置についてください。深追いは禁物です」
セレスティアさんは私の疑問を遮るようにそう言い、作戦本部へと歩き出す。彼女は最後、とても不安そうな表情を浮かべていたのを、私は見逃さなかった。
私は、先刻のことを思い出した。彼女の叱責。止めをさせなかった自分。そのどれもが、まだ決着していない。でも、今はそれに気を取られている場合じゃない。
彼女をこれ以上不安にさせてはいけない。彼女の信頼、全ての人からの信任を得るためにも、私はやらねばならない。
だから、私は走り出していた。不安など吹き飛ばす。その曇った表情を満面の笑顔で満たしてあげる。私はそう思い、戦場を駆けた。
辺りを見渡すと、私の目に破壊された礼拝堂の様なものが目に入った。きっと怪我をした人たちは、ここで神様に祈りを捧げていたに違いない。そんな人たちを無慈悲に攻撃するなんて、それはとても人間のやることとは思えなかった。
怒りがこみ上げる。でも、冷静さは決して失わない。怒りは力に替える。哀しみの連鎖を止めるためにも、テロリストは私が倒すんだ。
「!?」
瞬間、私の魔力探知が反応を示した。それは私に対し明確に殺意を持つ者の魔力だった。
思わず身の毛がよだつ。セレスティアさんやリアさん相手では決して感じることのない禍々しい悪意の塊に戦慄を覚える。
瞬時に私は反応のした方へと振り返り、私の剣、フェロニカに手をかける。
木々の間から魔力弾が照射され私へと向かってくる。私は刃を抜き、それを真っ二つに両断する。しかし、攻撃は止むことなく私へと迫る。
だがしかし、その全てが遅い。魔力も大したことがなければ、精度も悪い。この程度なら、今の私でも十分対応可能。私は魔術攻撃を掻い潜り、姿の見えない敵へと走り寄る。
「ひっ!?」
私の突撃に対し、敵が声を漏らす。そこか! 私は地を蹴り、
「はあああ!」
空中で刃を振るった。木の枝が両断され、そこから口元と鼻を隠した男が姿を現した。木から落ち、一瞬動きが止まる男。その隙を見逃さず、私は光の矢アローヘッドを飛ばした。
「うおう!?」
防御壁を展開するも防ぎきれず、男が吹き飛ばされる。飛ばされたその先には、
「Go to ……」
ディートリントを天へと構え、
「hell!」
男を地獄へと突き落とすリアさんの姿があった。ディートリントから繰り出されたのは巨大な炎の柱だった! それはまさに、神様が罪人に天罰を食らわせるような、それほどの荘厳さがあった。
直撃を食らった男は有無を言わさずその場に卒倒する。私はすかさず、
「チェーンバインド!」
男を魔術で編み上げた鎖で縛りつけた。
「見事デスハルカ! あなたの動きは実にamazingデース!」
「わ、私は何もしていませんよ! 全てはあなたの功績です」
「ノー! これはあなたのアシストがあってのものデス! やはりあなたは勇者デス! この調子でテロリストをやっつけまshow!」
ウインクをこちらに向けてくれるリアさん。私は笑顔で返した。
やれる! このまま皆で協力できればテロリストは一掃できる! 私は、そう確信したのだった。
戦場を駆ける。魔力探知で敵を発見し、瞬時にその全てを戦闘不能にしていく。ホーリーガードの前に彼らはなす術もなかった。
今度は向こうから敵が襲いかかってくる。しかし、私はその動きを見切りあっさり反撃に転じる。
「たあ!」
フェロニカを振り抜き、敵の武器を破壊する。茫然自失の敵に対し、私は斬撃を加える。切り裂かれる装束。そしてそこから血が滲む。でも、怖がってはいられない。私はトドメを刺すべくもう一度フェロニカを振り上げた。
「うわあ!?」
「っ!?」
瞬間、私の手がまるで誰かに引っ張られるみたいに止まった。
どんなに力を込めても、私の手はピクリとも動かない。私の手は、フェロニカを握りしめたまま、空中で静止していた。
死を覚悟したはずの男が私の異変を感じ取り、瞬時に正気を取り戻しその場から駆けだした。
しまった! 逃がしてなるものか!
私は急いで男の逃げる方へと振り向いた。
その瞬間、私の眼前を何かが横切った。私は驚きながらもそれを目で追った。
男が血を流し、地面に突っ伏している。動いていはいるが、かなりのダメージを負っているのは明白だった。
「だ、誰……?」
彼を倒した人物をつきとめようと、私は目を凝らす。そこにいたのは、厳しい瞳で私のことを見つめている豪傑だった。
「か、カミラさん!?」
「一体何をしているのですか? そこまで相手を追い詰めていながら逃がすとは。あなたは戦いを舐めているのですか?」
「な、舐めてなんて……」
「ではなぜ攻撃を躊躇ったのですか!? なぜこうも簡単に敵を逃がしたのですか!?」
身体の芯に突き刺さるような彼女の怒声。私は何も言えず、ぐっと押し黙ることしかできない。
そんなこと私が知りたかった。私は確かな覚悟を持って戦場に来た。場合によっては敵を殺すことも厭わない。この世界を守るためには、私は修羅にならねばならない。そんな強い想いをもってここに来た。なのに……。
「わ、私は……!」
悔しくて、情けなくて、何か彼女に言い返したくて私は言いかける。しかし、その時だった。
何かがこちらに向かって落ちてくる。いや、そうじゃない! それは、その人は、私たちに向かって飛びかかってきていたんだ!
「ぐっ!?」
カミラさんがその長剣で敵の一撃を防ぐ。攻撃を仕掛けてきたのはフードを深く被った小柄な人物だった。
敵はすぐにその身を中空へと放り投げる。恐ろしいほどの身のこなし。私は純粋にその動きに驚いていた。
「何をしていますか!? あなたは早く逃げなさい! ここは、私が!」
再び響く彼女の怒声。しかし、それは私を叱責するものではなく、純粋に私の身を案じたものだった。
空中を飛び跳ねる影が再び私たちに強襲を仕掛ける。それをカミラさんが再び防ぐ。
「テロリストめ! これを食らいなさい!」
カミラさんが叫ぶと、彼女の周りを桜の花弁のようなものが舞い、
「桜吹雪!」
空の敵目がけて乱れ飛んだ! その一撃一撃の間隔はせまく、それを空中で避け切るのは不可能に思えた。しかし……
「な、なんですって!?」
敵はそれを右手を一振りしただけで全て撃ち落としてしまったのだ!
「カミラさん! 危ない!」
桜吹雪をあまりにもあっさり蹴散らされ、一瞬虚をつかれた彼女を上空より容赦のない一撃が炸裂する。不安定な体制から繰り出される蹴り。まず一撃でカミラさんが手に持っていた長剣を弾き飛ばし、間髪容れずに炸裂した第二撃が彼女の顔面を直撃した。
悲鳴をあげる間もなく弾き飛ばされる身体。地面に落ちるまでの間宙を舞っている彼女の身体に向かってその人物は、
「あっ!?」
走り寄り、渾身の一撃をその拳で放った。
カミラさんの口から鮮血が飛び散る。地面に身体が撃ちつけられ、その下の地面は一帯を大きくひび割れさせた。
「か、カミラ、さん……?」
金縛りにあったみたいに私は動くことができなかった。
カミラさんを倒した人物は、ようやくその両の足を地面に付け一度大きく息を吐いた。そして、この私の方に首を回したのだった。
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