第16話 私はただ、俯くことしかできなかった(後編)

 それからしばらく、リアさんが火球を連続で放ち、私がそれを防ぐという展開が続いた。

 リアさんは高速移動からの攻撃や、フィールドを攻撃することに砂埃を起こす目潰し戦略(これはこの前の戦いでスリの一行が使っていたものだ)など、色々と手を替え品を替えてはいたが、その内の一つとして私に攻撃が通ることはなかった。


 いつしか、リアさんは肩で息をすることが増えていた。体力を消耗しているのは一目瞭然だった。


「そろそろバテてきましたか?」


 そう尋ねる私も決して楽な状態ではないが、魔力を消費し続けていた彼女よりは余裕があった。


「この程度、大したことはありませんヨ……。それにしても、あなたの力は想像以上デス。あなたの可愛らしい見た目に、少し惑わされていたかもしれませんネ……」


 瞬間、彼女の雰囲気が変わったのが、戦いの素人の私でも分かった。今度こそ彼女の本気が来る! 私はそう覚悟した。


「ふふふ、ではそろそろwarming upの時間もこれまでにするネ。今度は本気であなたを……倒しマース」


 私を見つめるリアさんのあまりの鋭い眼光に、私は思わず身震いする。あれがあのリアさんなのか? 温厚で、冗談をいつも言っているあの人なのか?

 思わず足が震える。こんな時に怖がっている場合じゃないのに、私の四肢が命令を無視して寒さに凍えるように震えが止まらない。

 偉そうに勝利宣言をしておきながらなんて様だ! マズイ! このままだと本当にやられる! でも、焦れば焦るほど私の鼓動は激しくなり、手の震えを制御できなくなっていく。


「ハッ、ワタシを侮るには少し年季が足りませんでしたネ! そんな風に、小さな女の子みたいに震えていては、ワタシに勝つことなど不可能!」


 今度は先程とは比較にならないほどの魔力がディートリントの先端に充填されていく。あんなものをまともに食らってはホーリーガードでも守れる自信はない。


「大いなる神々の火を、かの者を焼き尽くし、汝の元へ送り賜え……」


 静かなる詠唱。そして、それが止んだ瞬間、


「ブレンネン・シュラーク!!」


 強烈な閃光が巻き起こった! あまりの熱! 全てを焼き尽くす炎! 彼女の炎ホンキはその全てが、あまりにも規格外だった。


「あはははははははは! さぁ燃えるがいいネ! そして、ワタシの元に跪くネ! ハルカあああああああ!」


 聞こえるのは、爆音と、リアさんの咆哮。私は、これこそが戦い、命の奪い合いなのだと痛感した。


「決して跪いたり、しない!」


 そう、確かに痛感はした。でも、それで負けを認めるようなことは決してなかった。


「なん、で……? どう、して……?」


 絶望を抱いた少女がそう漏らす。圧倒的な火力。全てが灰燼に帰す、はずだった。

 だが、私はその身体をまだはっきりと保っていた。身体の節々が軋む。でも、彼女の攻撃による怪我は皆無だ。この疲れの原因は、この炎を絶え得るだけの力を維持し続けたため。それ以外に、私に通った攻撃など、一つもなかった。


「さしずめ、聖なる領域ホーリーサンクチュアリといったところだろうか。リアの本気の一撃を無傷で避け切るとは、恐れ入りましたよ、ハルカ」


 どこからか発せられたセレスティアさんの声が私の耳に届く。そして彼女は次にこう告げた。


「勝負は決しました! ハルカ! さあ、止めを刺して下さい!」

「え……?」


 私は彼女のあまりに無慈悲な言葉に驚いた。なぜ? どうして力が尽き果て、もう先程のほどの火球を放つ事はできない相手に対しそこまでする必要があるのだろうか?

 初日の訓練の後の彼女の言葉が思い出される。油断をするなと私を叱責した彼女の姿が脳裏をよぎる。それでも、私はこう叫んだ。


「セレスティアさん、止めといってももう勝敗は決しています! リアさんはもう勝負を放棄している! これ以上、彼女を痛めつける必要はないと思います!」


 私は思いのたけをぶつけることを選択していた。しかし、


「ハルカ、またそのようなことを言っているのですか! 確かに今の戦いではあなたはリアを圧倒した。ですがもし、ここで彼女に止めを刺さなければ、彼女は今まで以上に訓練をし、次こそはあなたを倒すために力を磨いてくるでしょう。止めを刺すのは、次の脅威を排除するためです。ここで根を摘んでおかねば、あなたといえでも寝首をかかれかねない。だからやりなさい! 今すぐに、彼女の止めを刺しなさい! 一時の油断は必ずあなたを殺すことになりましょう!」


 セレスティアさんの口から発せられた言葉は、圧倒的な正論だった。

 私の言葉など、所詮は戦いを知らない少女の戯言ざれごとだ。それに比べ、セレスティアさんの言葉には戦いを勝ち抜いてきた兵つわものの重みがある。戦場を経験してきた人間にしか分からない深みがある。

 今の私に、それを否定する言説などない。論理などない。反駁はんばくなどない。


 私は、茫然自失のリアさんを見つめる。これは演習だ。本気のぶつかり合いではあった。でもこれはやっぱり演習なんだ。だから恐れることはない。私が刃を振るっても、リアさんは死なない。要は、セレスティアさんが言いたいことは、私にそれほどの覚悟があるのか? ということのはずだ。

 だったら、私はここで覚悟を見せなければならない。私はやれる。勇者として、皆を導く覚悟ある。それを示す必要がある。


 私は再び、フェロニカを鞘から抜き放つ。リアさんは尚、ディートリントで抵抗の構えを見せる。だが、全力の炎が私に傷一つつけられなかったという事実が彼女を蝕んでいる。今の彼女は普通の女の子も同然。私でも、簡単に止めを刺すことはできるだろう。


「わ、ワタシはまだ、負けてないネ……。もう一度、この炎で……」

「どうぞ。もう一度ぶつけてください。その全てを切り裂いてあげますから」

「ぐ……」


 その程度の言葉で怯むリアさん。私は、フェロニカを振り上げた。


「さあ、やりなさい!」


 セレスティアさんの言葉と共に、その剣をリアさんに向かって、振り下ろ……


――ガキッ!


 強烈な金属音。そして気付いた時には、私はその手から、フェロニカを取り落としていた。

 私は瞬間的にリアさんを見た。彼女もまた、その顔に驚愕の色を滲ませていた。そこにいたのは……


「勇者というから、どれほどの担い手かと思っていましたが、とんだ見当外れのようですね。これではただの、か弱い女の子ですね。セレスティア」


 長髪のポニーテールをした、優美で可憐な女性だった。彼女は肩に長剣を携え、見下すように私のことを見つめていた。


「カミラ、どうしてあなたがここに……?」

「リアとその娘が模擬戦をやっていると聞いて来たのですが、どうやらとんだ期待外れのようですね」


 カミラと呼ばれた女性は、私を失望の眼差しで見つめている。私はあまりに唐突なことに思考が追いつかず、虚ろな目で彼女を見ることしかできない。


「最後のをあなたも見たでしょう? あれで勝負を決められないなんて愚かとしか言いようがありませんわ。その程度で勇者を名乗るなど、片腹痛いですわ」

「か、カミラ・ブラッドフォード! いくらなんでもハルカに、勇者様に失礼ネ! 自分の立場を少しはわきまえて発言するべきネ!」

「ふん。危うくその娘にやられかけた方がよくおっしゃいます」

「な、なんデスってえええ!?」


 馬鹿にしたような視線を浴びせられ、リアさんは怒り心頭だ。一方のカミラさんも少しも引く様子がなく、辺りは一触即発の雰囲気となる。だが、


「やめてください、二人とも! ここは騎士団の神聖なる訓練場ですよ!」


 見かねたセレスティアさんが二人を制す。


「ふん! ちょっと腕っ節がいいからってカミラは威張りすぎネ! 魔術だけならワタシの方がダントツなノニ!」

「戦いは魔術だけで決まるものでありません。私は魔術は苦手ですが、体術で十分カバーできます。私に文句を言うのは、私に勝ってからにしていただきたいですね……」

「やめろと言っているのが分かりませんか!? これ以上揉めるようなら二人とも謹慎処分にしますよ!」


 止まない罵り合いについに堪忍袋の緒が切れた様子のセレスティアさん。さすがの二人も、激怒している彼女を前にしては黙らざるを得ない。カミラさんは面白くないのかソッポを向き、リアさんも怒りが収まらないのか、唇を噛みしめながら彼女を睨みつけている。

 ひとまずは黙った二人を見てセレスティアさんは溜息をついた。だが、すぐに茫然と佇んでいる私の方へと向き直った。そして、ゆっくりと私の方へと近づいた。その顔は、今まで見た内でも最も険しいものだったことは、もはや説明するまでもないだろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る