第15話 私はただ、俯くことしかできなかった(前編)

「ハルカ」


 セレスティアさんが怒りの籠った声で私を呼ぶ。一方私は、その場でただ固まっていることしかできない。対戦相手であるリアさんも、その様子を困惑した様子で見つめている。


「どうして、止めたんですか!? 私は止めを刺すつもりでやってくださいと言ったはずです! なのに、どうして……?」

「セレスティア、それはもう聞くまでもありません。彼女はその程度だということ。それ以外に、今回のことを説明し様もありませんわ」


 カミラさんが毒づく。しかし、セレスティアさんはそれには応えずまっすぐ私を見据えて尋ねた。


「ハルカ! 聞いているのですか!? 私の質問に答えなさい! 訓練だと思って舐めているのなら、その根性をたたきのめします! そうじゃないと言うのなら、その理由を今、ここではっきりと……」


 セレスティアさんの圧倒的な剣幕を見かねて、遠慮しながらもリアさんが間に割って入ろうとする。


「ちょ、ちょっと落着くネ。いくら勇者と言えどもハルカが真剣を使ったのはこれが初。いきなりあれもこれも求めるのは酷ネ。……自惚れている訳ではないケド、今回はワタシを倒しただけでも十分だと思うネ」


 リアさんが言う。しかし、セレスティアさんは一歩も引かずに言った。


「いえ! そういう訳にもいきません! もし、今の戦いの結末が、単純に実戦経験の少なさから生まれたとするのならその言い訳も通用します。ですが、今のはそうじゃなかった! ハルカは明らかにあなたを圧倒していた! にも関わらず、最後の最後で手を抜いた! この前の訓練の時もそうだ! 戦場で手心を加えることが死を招くと、私が散々言ったにも関わらずです! だから、私は、勝てる戦いにも関わらず手を抜いた理由を聞いているのです!」


 リアさんが黙る。セレスティアさんの剣幕も確かにそうだろうけど、その一番の原因は、彼女自身も最後の私の行動に対して疑問を持っているからに他ならない。

 戦いは、明らかに私が優勢だった。告知なしの実戦形式の演習で、しかも剣を握ったのはほんの数十分前だったというのに、私は戦いのプロであるリアさんの実力を上回っていた。

 演習の最中、リアさんの猛攻を悉く回避した。そして、攻撃を次々かわされ茫然自失となったリアさんに対し、私がフィニッシュをかけるタイミングが訪れた。私は彼女の元へと走り寄り、剣を振りかぶった。でも、その時私は、その剣を、最後まで振り下ろすことができなかったんだ……。


 事の発端は今から数十分前。時間は勇者特別訓練開始時刻へと遡る。



「凛々しいお姿ですね、ハルカ」


 今回の訓練の開始前、私はようやく勇者の正装を与えられ、それを苦労して着てから訓練場へとやって来た。紺色を基調としたアンダーウェアに、白色のマントが実に勇者らしくカッコイイ。そして足元は銀色のブーツ、そして腕は同じく銀色のアームカバーと、細部にまでこだわったデザインとなっていた。


「むふふ、なんか強くなった気がします」


 喜色満面の私に対し、セレスティアさんは自信満々の様子で言った。


「そうでしょう。それもそのはず、これは私があなたの優しさと強さをイメージしてデザインした衣装なのです。これであなたが満足しないはずがありません」


 えへんと、おっきな胸を張るセレスティアさん。


「セレスティアさんって服のデザインとかもされるんですね」

「ええ。こう見えて衣装には凝ってまして、騎士団の服も私がデザインしているんです」

「す、凄いですね。そういうのは独学で勉強されているんですか?」

「だいたいは独学ですね。よく外遊で他の国に行った際にはその国のファッションに気を配るようにしているんです。そうすると色々思い浮かぶものですよ。あ、もちろん、自由時間がある時だけですがね」


 決してサボってなどいませんからね、と念を押す様な視線を送るセレスティアさん。いやいや、誰もあなたほどの人がサボるとは思っていませんよ。


「……と、少し余計な話が過ぎたようですね。そろそろ訓練開始といきましょう」


 セレスティアさんが表情を引き締める。それに倣い、私も真剣な顔を彼女に向けた。


「ではハルカ、今日からあなたはこれをお使いください」


 そう言って彼女が私に向かって何かを差し出す。


「これは、剣ですか?」

「はい。歴代の女性勇者が使ってきた伝説の剣、名を”フェロニカ”といいます。これは、勇者の持つ聖なる力を全ての闇を切り裂く刃へと替える最強の剣なのです」


 私は彼女から「フェロニカ」を受け取る。長めでシャープな刀身は、素人の私でもかなりの破壊力を有していることは分かった。

 私は鞘から刃を抜き出す。まるで水に濡れた様に光るその刃は、昔博物館で見た刀のように美しく、私の様な小娘程度が持つには恐れ多いほどに荘厳で鋭利な凶器であった。

 遠くない未来、私はこれで人を斬るかもしれない。それを考えただけで、背中に汗がにじむのが分かる。

 我ながら情けない。でも、これが今の私の現実だ。恐怖に打ち勝たねばこれを使いこなすことはできない。私は改めて思い知る。

 一通り「フェロニカ」を理解すると、私はそれを鞘に収めようとした。しかし、その時だった。


「たああああ!」

「うわあああ!?」


 なんと、いきなりリアさんが現れ、私に向かって自身のロッドである「ディートリント」を振り下ろしたのだ! 私は頭が完全に混乱状態に陥りながらも、とっさにまだ鞘に収めきっていなかった「フェロニカ」を抜き、それに応戦する形となっていた。


 ガキッ! と、ロッドと剣が交錯した瞬間猛烈な金属音が鳴り響いた。それに動揺することなく、リアさんは第二撃、第三撃と攻撃を繰り返した。


「あっ! ぐっ! えい!」


 私はその全てを受け止め、攻撃から逃れるためにバックステップした。


「ほほう! やりますネ、ハルカ。真剣を持ったばかりにも関わらず、ワタシの攻撃を全て防ぐとハ! そして軽やかに後方に逃れるとはネ!」

「た、たまたまです! とっさに身体が反応して、運良く防げただけです」

「いえいえ、ハルカ。それは運ではなく、あなたのsenseに他なりまセン! それがあなたの最大の武器である戦いのsenseなのデス! それを鍛えることができれば、きっとあなたは誰にも負けない、最強の勇者になれることでshow!」


 リアさんは喜色満面だ。自分では実感がないけれど、ひとまず私は勇者として及第点らしい。


「ハルカ、その調子です! 今日の訓練はそこのリアとの実戦訓練です! あなたとリアの武器には演習用のリミッターが掛けてあるので、本気で戦っても死ぬことはありませんのでご安心ください。ですが、この前も申し上げましたが勝負に手心は無用です! リアを本気で倒す覚悟で臨んでください!」

「HAHAHA! その通りですハルカ! 今回は演習にはなりますが、ワタシは全力であなたを”殺し”に行きマース! だから、あなたもワタシを”殺す“つもりでかかってくるといいデース!」


 リアさんの「殺す」という言葉に思わず戦慄する。だが、それは全くおかしな事ではない。相手に手心を加えては、命を落とす可能性は格段に上がる。戦いを知り尽くしているからこそ、リアさんは非情にもその単語を用いたんだ。そしてそれはきっと、私の覚悟を試す意味もあるのだと思う。


 私は一度ゴクリと唾を飲み干す。リアさんの眼光は鋭い。私を褒めつつも負ける気などない、そんな強い気持ちが伝わってくるようだ。


「ハルカ! あなたは確か、光の力ホーリーパワーの持ち主でしたネ! 光属性の力を持つものはそう多くない希少種デス! 一方ワタシは、炎の力フレイムパワーの使い手デス! 炎は全てを燃やし尽くすpowerfulな力を持ちマス! いくらあなたが、鉄壁の守りを誇ろうともワタシの力であれば突破することは可能デス!」


 ディートリントをこちらに向け挑発するリアさん。リアさんの戦いぶりは、初めてこの世界に来た時に見た。強烈な火球を用いて敵に大打撃を与える豪快な戦い方に、魔術初見の私は度肝を抜かれた。確かにあんな攻撃をまともに食らったら大ダメージを与えられかねない。でも、その分彼女の攻撃には隙が大きいのも事実。実際、彼女はあれだけの火力で敵を追い詰めていたにも関わらず、ちょっとした気の緩みからもう一人の敵の攻撃をまともに食らってしまった。

 今回はあの時とは違って私一人だ。でも勝機は絶対にあるはず。その瞬間を見逃さないようにしないと。

 私は両手でフェロニカを構えた。


「早速食らうネ!」


 リアさんはディートリントの先に魔力を収束させると、


「シュベルマー・ツィーレン!」


 開幕いきなり例の火球を放ってきた! 火球は全部で三つ。私はそれを……


「たあああ!」


 フェロニカで全て弾き飛ばして見せた。火球は軌道を逸れ、私の遥か後方で爆発した。


「ワーオ、これはこれは……」


 リアさんがニヤリと笑みを見せるも、すかさずディートリントを構えようとする。しかし私は、その暇は与えない。リアさんの魔力装填の一瞬の隙を狙って彼女に向かって走りだしていた。


「ナニ!?」

「はああああ!」


 突っ込んで来る私に驚いたリアさん。しかし、私の振るった刃を華麗なバック宙で避ける。そして、不安定な体勢ながらも、彼女は空中でロッドを構え、


「食らいなさいナ!」


 再び火球を放った! 今度は至近距離からの砲撃。私はフェロニカで防御態勢をとった。なんと火球は、刃に触れた瞬間爆発を起こした!

 やられた! 瞬間的にそう思った私だったが……


「ナント……?」

「だ、大丈夫、みたい、です」


 リアさんが驚いた通り、私の身体には傷一つついていなかった。我ながら私を守る光のガードが堅いのは非常に助かる。


「いやいや、まったく反則的な硬さデスネ……。ですが、その力も無尽蔵ではナイ! 爆発の影響でガードに傷はついたはずデス! その修復には、あなたの魔力が使われているはずデス!」

「確かに、修復に体力を使いました。でも、疲れたと言ってもそれはほんの一瞬呼吸が乱れた程度です。もうすでに、私は正常な呼吸を取り戻しています。この程度で、あなたに遅れを取ることはありません!」


 私はフェロニカの切先をリアさんに向けて宣言した。


「私はあなたに勝ちます! この勝負、絶対にもらいます!」


 この前まであらゆることに怯えていた私とは全然違う。今の私は、ありとあらゆることが上手くいく、そんな自信で満ち溢れていた。


「Oh……こうもハッキリ勝利宣言をされるとハ、大した自信デスネ……」


 あまりの私の変わり様とその物言いに、リアさんが初めて私に対して苛立ったような感情を示した。そして、私に対し、先程以上に激しい攻撃を開始させたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る