対岸の彼女(Episode1-2)
第13話 激闘! VS セレスティア・アークライト
コンコンと、扉を叩く音が聞こえる。私は眠気まなこをこすり、まだ見慣れない新居を見渡した。そして、すぐにあることに気付く。
「ミナトちゃん、どうしよう……」
連れ込む前に気付けというに……。
「おはようございますハルさん。入ってもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! ど、どうぞ!」
そう叫び、慌てて扉まで駆ける。鍵を開けると、ゆっくり扉を開いた。そこには、麗しの爆乳メイド、フランさんが立っていた。
「おはようございます、ハルさん。昨晩は良く眠れましたか?」
「え、ええ、なんとか……」
「? どうかされたんですか? 妙に焦っているように見えるのですが」
「い、いや、別に……」
どうするべきか? このまま彼女を部屋に入れれば間違いなくミナトちゃんは見つかる。もし彼女がまた追い出されるようなことになれば、彼女は本当に行く当てを失ってしまう。それだけは避けないと。
私は改めてフランさんの顔を見た。
「?」
小首を傾げ困り顔のフランさん。彼女なら、無理やりミナトちゃんを追い出すということはないんじゃないだろうか? 歓迎はしないだろうけど、口裏を合わせて彼女の存在を隠すのに協力してくれるんじゃないだろうか? いや、さすがに考えが甘いかな? いくら小さな女の子とはいえ、彼女は身元不明の不審人物と言えなくもないんだ。うーん、一体どうすれば……。
「ハルさん」
「は、はい!?」
「もしかして私に隠し事してますか?」
「うえ!? そ、そんなこと、してませんよ!」
「……やっぱりしてますね」
フランさんが溜息をつく。私は観念して、「すみません……」と言った。
「それで、一体どうしたんですか?」
フランさんは特に咎める風でもなくそう尋ねた。
「実は、女の子を拾ってしまいまして……」
「なるほど、女の子をね。……………………って、ええ!? お、女の子って、人間の女の子をですか!?」
「タメが長いです! あと人間じゃなかったら怖すぎます!」
「で、でも、まさか女の子を拾っていたなんて思わなかったんですよ! わたしはてっきり、その、おねしょとか、そういうレベルのことかと……」
「あなたの中で私の精神年齢は何歳なんですか!?」
と、今はこんなことをやっている場合じゃない。私はフランさんを連れて室内へと向かう。そこには、変わらず気持ちよさそうに寝息を立てているミナトちゃんの姿があった。
「ほ、ホントに女の子ですね。しかもまだ小さいです。きっと親御さんが心配していますよ。早く自宅まで連れて行ってあげないと」
「あの、そのことなんですけど……」
「どうしました? 何か気になることでも?」
「はい。恐らくこの子は、この世界の人間じゃないと思うんです」
私は昨日、ミナトちゃんから聞いた話をフランさんに伝えた。
「マキムラ、ミナト……。確かに、その名前はこの世界にはない名前ですね。それに、その学校の制服というのも気になります。その服はあなたが着ていた服とよく似ています……」
フランさんはうーんと唸っている。
「しかし、だとしたらどうしてその子はこの世界に? 今回召喚されたのは、あなたとカツキアオイさんだけのはず」
「正式な召喚の手続きによらずにこの世界に来ることは可能なんですか?」
「うーん、絶対にありえないことではないですかね。数年に一度、別の世界の人間がここに迷い込むという噂話は聞いたことがあります。もちろん、政府の正式な発表ではありませんが……」
結局、ミナトちゃんが何者で、本当に私の世界と同じ人なのかどうかは分かりそうもなかった。
「あ、それよりもそろそろ集合時間なんじゃないですか? 遅れたらセレスティアさんに怒られますよ!」
「でも、ミナトちゃんを放っておく訳にも……」
「彼女のことはわたしが見ておきます。心配しないでください、彼女のことをいきなり騎士団に引き渡したりはしませんから」
「い、いいんですか!? もしバレたら、フランさんだってタダじゃ済まないんじゃないですか?」
「確かにリスキーですが、わたしはあなたのメイドです。ご主人様の意向が最優先です。もしあなたがこのまま訓練に赴けば、ミナトさんのことが心配で訓練に身が入らないかもしれない。それでは困ります。わたしはあなたの精神衛生の管理もしなければなりませんから。だから、ここはわたしに任せてください」
フランさんは可愛らしい顔を引き締めてそう言った。その表情は真剣そのもので、頼り甲斐があるものだった。
私はもう一度眠っているミナトちゃんを見た。目が覚めた時に私がいないという事実は、彼女を大いに動揺させるかもしれない。でも、フランさんならそんな彼女を落ち着けることはできるはずだ。ここは、フランさんに全て任せることにしよう。そして私は、自らの使命を果たしに行こう。
「分かりました! ではミナトちゃんをよろしくお願いします!」
私が深々と頭を下げると、
「はい! わたしにお任せください!」
フランさんもそれに応えるように頭を下げたのだった。
動きやすい服装に着替え、指定された訓練場へと向かう。そこには、沢山の訓練中の騎士団の方々と、既にお待ちかねの様子のセレスティアさんの姿があった。
「おはようございます、ハルカ。なかなか新しい暮らしは落ち着かないと思いますが、少しは休めましたか?」
「はい! 部屋も綺麗ですし、フランさんも優しくてしっかり休めました」
「それは良かった。彼女もとても優秀な子ですから、どんどん頼りにしてください」
セレスティアさんは、フランさんのことを褒めてもらえて嬉しそうだ。それだけ、彼女はフランさんのことを気にかけているということだろう。
「さて、今日からあなたには勇者として任務を果たしていただくべく、魔術に関する訓練を施させていただきます。昨日の戦いの通り、あなたに備わっている力は常人を大幅に凌駕するものだ。だが、その使い方が分からなければ、それはまさに宝の持ち腐れになってしまう。そんなことにならないために、この訓練では、あたなに魔術の効率的な使用方法や、基本的な戦い方を教えます。ちなみに私の訓練は、キツい、厳しい、怖いの3K訓練と呼ばれているらしいですが、恐らくそれは何も間違っていないと思いますので、ハルカも心して今日からの訓練に励むように!」
「は、はい!」
笑顔でサラッととんでもないことを言うセレスティアさんだが、訓練が厳しいものだということはフランさんからよく聞いていたので、改めて驚くことはなかった。最初からナヨナヨしていては、セレスティアさんの期待を裏切ることになる。そうならないよう、できるだけ弱音は吐かずに頑張ろうと、私は心に決めていたのだ。
「では、今回は訓練ですから、武器はこれを使ってください」
そう言って、セレスティアさんが渡してきたのは所謂木刀だった。
「勇者は剣を使って戦いますが、いきなり真剣を渡すのも酷ですから今回はこれで戦ってもらいます。しかし、木刀だからって気を抜く事無かれ。これで殴られれば痛いですし、当たりどころが悪ければ死ぬこともあります。これをはっきり、”凶器”だと認識して訓練には臨むこと」
「はい!」
「良い返事ですね、ハルカ。それに目にも力がみなぎっています。それではさっそく訓練に移らせていただきます。まずは基礎訓練です」
セレスティアさんがどこからともなく自身のワンドを取り出す。
「これは私の武器、”シャルロッテ”です。ワンドですからあくまで魔術使用の補助のために使いますが、これ自体意外と強度もあります。よって、時によって武器を持つ相手と物理戦を繰り広げることもあります。ハルカ、今回はあなたに渡した木刀と、私のシャルロッテで打ち合いをしていただきます。私に木刀で一太刀でも入れられたら、この訓練は終了にします」
「え? 早速魔術を教えてもらえるわけじゃないんですか?」
「ハルカ、あなたは私の話を聞いていましたか? 私の訓練はそう甘くない。私に一太刀も入れられない未熟者に教えられることなど一つもありません。もちろんハルカは違いますよね?」
……な、なるほど、確かに厳しいとは聞いていたけど、これは予想以上だ。この人、とんでもない鬼教官だ! ドSだ! ムチとか持たせると凄い似合いそうだ!
「何やら失礼な妄想が漏れ聞こえてきますが……」
「き、気のせいです! 分かりました、やります! あなたに一太刀、入れて見せましょう!」
私はその辺で訓練している人の姿を見て、見よう見まねで木刀を構えて見せた。ギターは長いこと持っていたけど、木刀を持つのは生まれて初めてだった。
「行きます!」
「どんどん来てください!」
私が走りだす。だが、セレスティアさんはその場から動かない。なんとも不気味だけど私が待っていも仕方ない。勢いそのままに、私は木刀を振り下ろした。一撃、二撃、三撃! とにかく連続で振り下ろすも、セレスティアさんはそれを全て防いでしまう。いくら打ち込んでも結果は同じ。これでは埒があきそうもなかった。それでも攻撃をやめる訳にはいかない。この程度で集中力が切れてしまっては問題外だろうから。すると攻撃を緩めない私に向かって彼女が言った。
「なかなか良い太刀筋です! 木刀でこれなら上出来でしょう! では、このままの流れでSTEP2です。次は、”どんな手を使ってもいい”ので私に一太刀入れてください。次は反撃しますから、覚悟して下さいね!」
「え、え!?」
いきなり何!? どんな手を使ってもいいってどういうこと!? 混乱する私を他所に、セレスティアさんはさっそく反撃の体勢に入っている! このままだと、あんな堅そうなもので殴られる!? 冗談じゃない! 頭を使え私! 彼女の言葉の意味を考えるんだ!
「はあ!」
「来る!?」
空を飛ぶように、彼女が私の元へと駆けより、シャルロッテを振りかぶる。その動きにはまるで隙がない。でも幸い、私の眼でもまだ動きは捉えることができた。
「たあ!」
「ぐっ!?」
またしても鋭いスイング。受ける度に、私の手に電撃が走る。ホンッとに容赦がないよこの人! 3Kとはよく言ったものだよ!
「気を散らしている場合じゃありません、よ!」
「きゃ!」
彼女のシャープなスイングを受けたせいで、バランスを崩しかける。駄目だ! 余計なことを考えるのはよそう! 今は目の前の彼女に集中すべきだ! 私はすぐに体勢を立て直して攻撃を受ける。
セレスティアさんはとにかくとんでもない動きを見せている。とても普通の人間の動きじゃない。跳躍なんて明らかに上空五メートルを超えているし、振りの速さなんてプロのスポーツ選手よりも速そうだ。でも、それに対応できているあたり、私ももしかしたらあっちの世界にいるよりも高い身体能力を得ることができているのかもしれない。
だが、どちらにせよこのままではジリ貧だ。彼女は”どんな手を使ってもいい”と言ったんだ。それはどういうことなのか? いや、そんなの考えるまでもない、魔術を使って、彼女の動きを撹乱せよということだ。でも、私はまだ何も教わっていない。教えてもらうために来たと言うのに、まさか最初からそれを使えなんて無茶も大概にして欲しい。それでも、これを乗り越えないといけない。本当の戦いになったら無茶で理不尽なことなんて山のようにあるに違いない。ならば、今から嘆いていてどうする! 頭を使うんだ! 気合とか根性とか精神論的なことも大事だろうけど、それだけでなんとかなる相手でもない。だからこそ、頭を使え私。思い出せ。私はあの時どうやって戦っていた? 「ホーリーガード」は無意識に発動していたけど、魔力を使っている感覚は確かにあったはずだ。
「どうし、ました? もしや、ずっと、このままの、つもりですか! このまま、殴り合っていて、この私に、一太刀入れられると、お思いですか?」
ワンドをブルンブルン振り回しているのに全然噛まないこの人とは恐らく戦いの年季が違い過ぎる。まともにやり合ったって勝てない。だから頭を使え! 感覚を研ぎ澄ませるんだ!
イメージだ。身体の中に、確かに魔力が流れるイメージが浮かび上がる。あっちの世界にいる時には一度も感じなかった感覚だ。外界に存在する魔力を収集させているものと、内で生成しているものの二種類があるんだ。「ホーリーガード」は主に外から収集し収束させた魔力を使用している。だから、長く戦っていても私自身はほとんど疲労を感じることはない。でも、これは邪悪な意識を持っているものにだけ通用する。つまり、これがセレスティアさんに効くことはない。
ではどうすればいいか? 答は単純。ホーリーガード以外に、魔力を収束または生成し、攻撃できる手段があればいいんだ。
考えて! 攻撃のイメージを考えて! 彼女の強固な守りを打ち砕くような刃を! 彼女の速すぎる動きを止めるような足枷を!
「腕が鈍ってきていますよハルカ! あなたの力はそんなものですか! この程度のことが出来ずして、世界など救えるとお思いですか!? この私程度打ち倒せずして、数万の軍勢に勝てるとお思いですか!?」
挑発に乗る必要はない。彼女は私が何も出来ずに闇雲に木刀を振るっていると思っている。でもそうじゃない。今の私の頭は意外とクリアだ。もう少しで、具体的なイメージが浮かぶんだ。そうすれば、セレスティアさんに一太刀を入れることだってできるかもしれないんだ!
「ふん、つまらないですね。もう手が尽きた様なら、終わりにしてしまいます」
セレスティアさんは、私から十分に距離を取ると、今度はワンドの先に魔力を充填し始めた。大きな魔術を発動させようとしているのは明白だ。そんなものを食らった、それなりの防御力を誇る私だって一たまりもない。
さらに魔力が生成されていく。大きな魔力塊になるのも時間の問題だ。それが撃ち出されれば、私の負けは確定する。
「はあ、反撃はなしですか……。少し、あなたに期待し過ぎていたかもしれませんね。これを食らって、意識を取り戻す頃には、あなたには、更なる地獄を体感させて……」
「更なる地獄が、なんですか?」
「え?」
確かに、あんなものを受ければ私は負ける。でも、受けなければ負けることはない。どんな兵器だってそうだ。パワーが大きすぎるものは、それを準備するだけでも沢山の時間がかかる。いくら相手が戦闘の素人の私だって、そんな隙だらけの技を喜んで食らってあげるようなことは、絶対にない。
「まさか、ハルカ、あなた……?」
「そのまさかです、セレスティアさん。お待たせしました」
そう言って、私は彼女にサッと右手を向ける。何かを察した彼女が回避行動を取ろうとする。でも、そうはさせない!
「うわあ!? ま、まさか、この鎖は!?」
セレスティアさんの身体を、光の魔力で編み上げた鎖で縛りつける。想定外の魔術だったせいか、ワンテンポ逃げるのが遅れた彼女を、鎖は容赦なく締めつけた。
「ぐっ!?」
「これで逃げられませんね!」
「まさか、たったこれだけの時間で、これほどの魔術を!?」
「あなたのスパルタ指導の賜物です」
驚愕の表情を浮かべる彼女に、嫌味ったらしく笑顔を向ける。「ぐぬぬ……」と彼女は悔しそうに唇を噛んだ。でも、彼女にできることはそれだけだ。もはやそこから逃げることはできない。
「そしてこれが、私の、”答”です!」
そう言って、今度は私は木刀を彼女に向ける。そして、世界に散らばる光の魔力の収集を開始した。
この力一つでは、何かを破壊するほどの威力はない。でも、それが沢山集まれば、どんな壁でも突破できる刃になる。
収束は一瞬だ。撃ち出すのも一瞬だ。後はそれを、いかに持続させるか。これは単ひとえに、そこにかかっている。
「いきますセレスティアさん!」
木刀を向けたまま彼女に向かって叫ぶ。そして、
「食らいなさい! 光の刃、『アローヘッド』!」
切っ先から、光の閃光を無数に飛ばした!
無数の光は一直線に彼女へと向かう。
「ちっ!」
彼女は拘束をなんとか解くと、さきほどまで作りかけていた魔術を放った。光の矢のいくつかはそれで消滅した。でも、それはほんの一部でしかない。アローヘッドは次々と生みだされ、彼女に向かって飛び続ける。
「ぐ!? なんて! 数を! 飛ばすんですか!? う、うわあ!?」
数が多すぎて、さすがの彼女でも対応しきれない。そして今の彼女は、光の刃の大群にのみ神経を使っていた。そしてそれが、彼女の最大の敗因だった。
「隙あり!」
アローヘッドと共に、私は彼女の元へと走り寄っていた。気付いた時にはもう遅い。魔術の守りにのみ気を取られていた彼女に、私の木刀は防げない。
「しまっ……!?」
「遅い!」
私は木刀を横に振るった。それは彼女の右腕を殴打し、彼女のワンドは遠くまで弾き飛ばされた。それでも集中力を切らさないのはさすがだ。彼女はすぐさま頭を守るべく防御姿勢を取る。そこで私は、がら空きになっていた、セレスティアさんの両脇に手を突っ込んだのだ。
「……ひゃああ!?」
あまりに予想外だったのか、それとも単純に脇が弱いのか、彼女はとても甘くて可愛らしい声を出してその防御を解いた。私はその時なんとなく、とても可愛らしい彼女の一面が見られてほっこりした気持ちになった。
そして、守りの外れた頭に対し、私は木刀を、
「えい」
コツンと、軽くぶつけたのだった。
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