第12話 月夜の贈り物
あおいの姿が見えなくなると、私は決意を新たに城を見上げた。もう、涙は出なかった。
私は城へと再び一歩を踏み出した。その足取りも軽い。どうやらもう大丈夫そうだ。私はそのまま入口を目指した。でも、その時だった。
「え?」
目に入ったそれを、私は一瞬ただの見間違いだと思った。
「ええ?」
でも、それは明らかに目の錯覚なんかじゃなくて、実体がしっかりあるものだった。
「えええ!?」
大声を出しそうになって慌てて口を手で抑える。でも、私の驚きは消えない。だってそれを見たら誰だって驚くに決まっている。なんと、私の目線の先には、女の子が倒れていたのだから!
「ど、どうしてこんなところに人が? そ、それよりも……」
女の子が倒れている。それだけでも驚くべきことなのに、なんとその女の子、
「これって、私たちの世界の、制服……?」
明らかに私たちの世界の学校の制服と思われる服を身にまとっていたのだ。私は困惑しながらも、少女の身体を揺すってみる。
「あの、大丈夫? ねえ、ねえってば」
すると、少女の目元が少し動いたのが分かった。どうやらちゃんと生きているようだ。私は安堵しながらも、どこか怪我をしている可能性を考えて、ひとまずこの子を自分の部屋まで連れて行くことにした。
少女を背負う。私やあおいよりも小さいことから、どうやら彼女は中学生くらいのようだ。ただ軽いとは言っても人一人を背負うのはそれほど簡単なことじゃない。私は若干よろけながら前に進み始めた。近くにセレスティアさんの気配はない。もしいれば助けて欲しかったけどいないのなら仕方がない。このまま頑張って部屋まで運ぶことにしよう。
幸いなことに、城の十階くらいにある私の部屋まで誰ともすれ違わずに済んだ。ちょっとこの城の警備ザル過ぎやしませんか? と心配してしまいそうになる所ではあるけれど、今は彼女をすんなり部屋に連れて帰れたことに感謝した方がいいんだろうね、うん。
部屋に入ると、私は少女を自分のベッドに寝かせた。黒のロングヘアーのその少女は、目を瞑っていても分かる位可愛らしい顔をしている。ただ身体に関しては年相応に凹凸はほとんどなく、フランさんの時の様な興奮は……
「いかんいかん、何女の子を不埒な目で見てるんだ私は……」
私はおほんと咳払いする。それにしてもおかしいのは、やはりその制服だろう。
「やっぱりどう見ても学校の制服にしか見えないよね」
ブラウンのブレザーに、赤のチェックの入ったスカートは、この世界の服とはどう考えても異なるものだ。
では、この子も異世界から来たのだろうか? でも、わざわざ私たち以外に女の子を呼び寄せる必要なんてあるのかな? しかもよりにもよって、こんな小さな女の子をだ。
「うーん、分からない……」
しばらく悩んでも答は全く出なかった。私はとりあえず、彼女の服を着替えさせることにした。制服はだいぶ汚れているし顔も砂ぼこりがついているから、身体も拭いてあげた方がいいだろう。
「とにかく服をまず脱がそう。汚いままだと嫌だろうし」
私は彼女の制服を脱がし始めた。それにしても自分ではじめておいてなんだけど、夜の部屋で知らない女の子の服を脱がすのって妙に背徳的じゃない? え、そういうのいらない? あ、すいません、真面目にやります……。
ブラウスのボタンを外すと、出てきたのは水色の可愛らしい下着。
「あ、これ可愛い。ほしいかも」
スカートを脱がすと、今度は上と同じ様な柄のショーツがその姿を現す。
「あ、これも可愛い。いいな、これどこで売ってるのかな……」
と、脱がすたびに服の感想を言うのもどうなのだろうか? とセルフツッコミしながらも、とりあえず身体を拭くのに邪魔なので下着も取り外すことにした。
一糸まとわぬ姿の少女の身体を拭き始める。気付くと時刻は二時を回っていた。どうりで眠いはずだ。眠気と戦いながらも少女の身体を拭き続ける。でも、いつの間にか私は……
「はっ!?」
気付くと、時計の時刻は四時を回っていた。しまった! 女の子が裸のままだ! 大慌てで辺りを見回すと……
「うわっ!?」
眠っていたはずの女の子が私の顔を覗き込んでいたのだ!
「め、目が覚めたの?」
私は急いで平静を装って尋ねる。でも、女の子は答えない。オロオロと辺りを見渡し、ただ困惑している。私が近づこうとすると、彼女は「ひっ」と身体を震わせてしまう。どうやらかなり怯えているようだ。何か怖いことがあったのだろうか?
「大丈夫よ。私はあなたに何もしないから」
優しい声で彼女を落ち着ける。すると、彼女はやっと私と目を合わせてくれるようになった。
「驚かせてごめんなさい。私は、あなたが外で倒れているのを見つけて、ここまで連れてきたの」
「そう、なんですか……?」
可愛らしい声。震えながらも、少女はようやく私と会話をしてくれた。
「どうして、わたしは、こんな格好なんですか……?」
「ご、ごめんなさい! ちょっと身体を拭いてあげようと思ったんだけど、途中で寝ちゃったみたいで……」
「あなたが、拭いてくださったんですか……?」
裸のまま、彼女は私に近づいてくる。私はなぜか金縛りみたいに身体が動かなくて、その少女の幼いながらも色っぽいその動きに釘づけにされていた。
「ありがとう、ございます。わたしのために……」
少女はどこか寂しそうにそう言う。私は頭を振って意識を寄り戻す。
「気にしないで。それよりも寒いでしょ? 服ならあるから貸してあげる」
私は衣装ケースから服を取り出す。どうやらサイズは私用らしく、彼女には少し大きそうだ。でも何も着ないよりはマシだ。
「ほら、これ着て。風邪引いちゃうといけないから」
私が服を渡すと、「ありがとう、ございます」と言って、彼女はおもむろにそれを着出した。
「そうだ、あなたお名前は何て言うの? ちなみに私はハルカ。一ノ瀬遥よ」
「ハルカ、さんですか。わたしは、牧村、湊ミナトといいます」
「ミナトちゃん……とっても素敵な名前だね」
私は心からそう言った。でも、ミナトちゃんの表情は冴えない。
「どうしたの?」
「わたし、あまり自分の名前が好きじゃないんです……」
「どうして?」
ミナトちゃんは言いづらいのだろうか、可愛らしい顔に似つかわしくない渋い表情を浮かべていた。これ以上理由を聞くのは躊躇われた。私だって無神経じゃない。触れられたくないところくらいはわかる。
「ごめんね、嫌なこと聞いちゃったかな?」
「い、いえ。わたしも、すいません、助けていただいた方に、嫌な思いをさせてしまって……」
落ち込むミナトちゃん。私はそんな彼女の頭を撫でていう。
「大丈夫だよ。私は気にしてないから。それよりも、もう疲れたでしょ? そろそろ寝ない?」
時刻は既に四時を回っている。これ以上起きていては明日に響くのは確実だ。
「そう、ですね。では、わたしはお暇します」
「ちょ、ちょっと待って。お暇って、いったいどこに行くの?」
「特に決めていません……。ですが、これ以上ここにいたら、ハルカさんにご迷惑が……」
「全然迷惑じゃないよ! ってかむしろ逆! 実は私、今日からここに住んでるの。一人だと少し寂しいから一緒に寝ようよ! ね?」
今彼女が一人で外に出たら大騒ぎになるのは必至だ。私も大差ないけど、まだこの世界の右も左も分からない状態の小さな女の子を放っておくほど私は冷血じゃない。それに、私はこの子に縁を感じていた。あおいと別れ、一人になった瞬間に出会ったこの子は、もしかしたらあの綺麗な夜空が私に送ってくれたんじゃないかと思ったくらいなんだから。
「本当に、いいんですか? ご迷惑には、なりませんか……?」
「ならないならない! ホントに大丈夫だから! だからね? 一緒に寝ようよ」
「は、はい」
私の必死の言葉に、彼女はようやく頷いてくれた。
私たちは少し広めのベッドに二人で入った。
「あの、ハルカさん……」
「ん? なに?」
「わたしのこと、変だと思わないんですか?」
「どうして?」
「だって、外で倒れていたんですよ? それに、素性だって分からないんですよ……。そんな人間に、優しくしてくれるなんて……」
「うーん、まぁ色々聞きたいことはあるけど……いいんじゃない? ミナトちゃんはきっと悪い子じゃないと思うし」
「どうして、そう思うんですか?」
「うーん、勘、かな」
「勘、ですか?」
「そう、私の動物的勘が告げているの。あなたは悪い子じゃないってね」
我ながら無茶なことを言っている。でも、
「ハルカさんって、楽しい方なんですね」
ミナトちゃんが笑ってくれたから、それはそれで良しとしよう。
明日から、私の勇者としての生活が始まる。あおいと離ればなれになり、不安しかない私にとって、ミナトちゃんとの出会いは、私に不思議な感情を抱かせていた。
この感情が何なのか、今の私には、それがまだはっきりとは分からないのだった。
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