第10話 爆乳メイドさん参上!

「こちらがハルカのお部屋です」

「うわあ、結構広いんですね」


 王様達への謁見を済ませ、王族だけでなく従者も交えた盛大な晩餐の後、私は城内の一室、普段は来賓客の宿泊用に使っているという部屋に案内された。部屋は私一人用とのことだが、それにしては随分広い部屋だ。


「2LDKなんて、夫婦に子供二人いたって十分な広さじゃない」


 部屋を見に来たあおいも驚きの表情で部屋を見渡している。ちなみにあおいはアルカディア騎士団の寮に入るらしく、城には住まないとのこと。しかも、私は明日から勇者用の特別訓練を受けるらしいのだけど、あおいは騎士団の団員用の訓練を受けるようで、当分は離れ離れになってしまうとのことだった。

 私はてっきりあおいと一緒に行動できるものだと思っていたので、あおいと当面別れないといけないのはかなり心細くもあった。


「こんなに広いんじゃあんた夜一人でトイレに行けないんじゃないの?」

「と、トイレくらい一人で行けるもん!」


 あおいがいつものように私を茶化す。本当は少し心配だったけど、あおいに心配かけないよう極力強がって見せた。


「ふーん、どうかしらね。それにしてもいいなあ、こんな広い部屋。どうして遥はこんなに良い部屋なのにあおいは寮暮らししないといけないのよ……」


 あおいがブツクサ文句を言うと、横のセレスティアさんが口を挟んだ。


「ハルカは勇者なのですからこれが当たり前です。そして、あなたは一騎士団員として私の部下になるのですから、寮暮らしがお似合いです」

「な、なんですってぇ!?」

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……」


 私は今にもセレスティアさんに噛みつきかねない勢いのあおいをなだめる。どうにも二人は一緒にいると喧嘩ばかりだ。できればもっと仲良くして欲しいんだけどなあ。


「それにしても、別にこんなに広い部屋を用意していただかなくても良かったんですよ? 私はワンルームだって困らないんですから」


 実際私が住んでいたアパートはここの数分の一ほどの広さだった。お母さんと私と二人暮らしだったこともあり、私は特に部屋の広さなど必要としていなかったというのもあるけど。


「いえいえ、勇者とは国賓級の扱いをするものという古からの風習に従い、あなたのことはしっかりおもてなしさせていただきます」

「でもこれだと手入れが大変ですよ」

「それも問題ありません。入りなさい!」


 セレスティアさんがそう言うと、部屋の外から可愛らしい女性の声が部屋に飛び込んできた。そして、部屋の扉が開くと……


「め、メイドさん!?」


 そこにはコスプレ喫茶のエセメイドとは比較にならないほど本格的な美しいメイドさんが立っていた。


「その通りですハルカ。あなたのお世話と部屋のお手入れは彼女がしますのでご心配なく。ほら、自己紹介して下さい」

「あ、はい。フランチェスカ・フィッツヘルベルトといいます。今日から勇者様の身の回りのお世話をさせていただきます。よろしくお願いします」


 仰々しく頭を下げるそのメイドさんは、ミニスカートと黒色のガーターベルトもさることながら、一番の注目ポイントはその胸の大きさだ。デカい! 大きすぎる! セレスティアさんだって、リアさんだって結構の巨乳なのに、この人は他の人達とはまた段違いの大きさだ! これは……堪らん!


「あ、あの、勇者様、お顔が少し、怖いのですが……」

「え!? あ! すいません! つ、つい、胸が、目に入ってしまって!」

「胸ですか? すみません、お見苦しい、ですよね。わたし、胸がコンプレックスなもので……」

「こ、コンプレックスなんですか? そ、そんなに、ご立派なのに」

「ハルカ、手の動きが妙に卑猥なのですが……」

「完全に親父ね……」


 二人とも、どうしてこう言う時だけ息ピッタリなのよ? まあ、わしゃわしゃ手を動かしていればそう言いたくもなるか。


「この胸のせいで、いつも男の人に変な目で見られるんです。だからわたし、男の人って気持ち悪くて、苦手なんです……」


 フランチェスカさんがしょんぼりしてしまう。ってか私はこのまま親父の様な目で引き続き彼女の胸を凝視していていいものなの? 彼女的には親父の目も私の卑猥な目も同じなんじゃないだろうか?


「この通り、彼女は男性恐怖症なのです。仕事は有能なのですが、なかなか活かす場所がないのです。ですから、是非ともあなたのお世話をさせてほしいと思いまして」

「な、なるほど。そういうことでしたら構いませんよ。……いえ、違いますね。フランチェスカさん、是非ともよろしくお願いします」


 私はそう言って頭を下げる。すると慌てた様子で彼女が言う。


「あ、頭をお上げください! わたしはただのメイドですよ。わたしになど気を使わないでください!」

「フランチェスカ、いいのです。ハルカはそういうお方なのです。優しく、誰に対しても気を遣えるのが彼女の良い所なのです。だからハルカの言葉は素直に受け取っておいた方がいい」

「そうね。ま、この超お人好しなところが遥だからさ、分かってやってよ」

「ははは……」


 なんか二人にそういう風に言われると少し照れる。


「そ、そうなんですね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます! わたしも、どうぞよろしくお願い致します」


 フランチェスカさんが頭を下げると、彼女の白いサラサラのショートカットがふわりと揺れた。私は純粋に、本当に綺麗な人だと思った。


「それじゃ、あおいは行きたくはないけどその寮とやらに行くとしますよ」

「あ、うん、それじゃまた、ね……」


 私は去りゆく二人の背中を見つめて言う。


「ではハルカ、お休みなさい。明日の朝、訓練場でお待ちしていますから」

「はい、お休みなさい」


 私がそう応えると、セレスティアさんは軽く微笑み、部屋を出た。でも、あおいはまだ部屋を出ようとはしない。彼女はやれやれといった表情を浮かべながらも私の元へやって来る。そして、耳元でこう囁いた。


「城の正門前」

「え?」

「待ってるから」


 それだけ言って、あおいは私から離れる。そして今度はもうこちらを見ることなく部屋を出て行った。


 部屋には私とメイドのフランチェスカさんが残された。彼女が言った。


「お疲れだと思いますので、そろそろお風呂に入られてはいかがですか?」

「お風呂ですか? 確かに少し汗もかきましたし、いいですね。浴室はどちらにあるんですか?」

「この部屋にもありますが、せっかくなので大浴場に行かれてはいかがですか? あ、ちゃんと男女別になっているのでご安心ください」


 さすがは男性恐怖症、そのへんはしっかり抑えている。それはつまり、こういう物語でありがちなラッキースケベ的な展開はないということですね。い、いや、どっちかと言うとその被害に遭うのは女である私になるのだろうから、ぶっちゃけそういうのは全然いらないけどね。

 それにしても残念でしたね読者のみなさん。この物語はそういうテンプレは狙うつもりはないので、あしからず。ふひひ。


「あ、あの勇者様、先ほどからどなたとお話しされているんですか?」

「へ? べ、別に誰とも話してませんよ! 嫌だなもう、あははは……」

「そ、そうですか? ではご支度いたしますので、しばらくお待ちください」

「あ、そうだフランさん」


 踵を返そうとする彼女に向かって私が言う。すると、


「え? そ、それはわたしのことでしょうか?」


 彼女はオロオロしてそう尋ねた。


「あ、ごめんなさい。フランチェスカさんだと長いので勝手に縮めて呼んじゃいました。やめたほうがいいですか?」


 さすがに馴れ馴れしかったかなと思ったのだけど、それに対して彼女は、


「いえ、今までその様に呼んでいただいたことがなかったので驚いただけです。フラン、ですか……。ふふ、そういうのもいいですね。勇者様がよろしいのなら、どうぞその名でお呼びください」


 良い笑顔であだ名を許可してくれた。私はホッと息をついた。


「気に入ってもらえたなら良かったです。本当は、セレスティアさんも愛称で呼べたらなあとは思うんですが、彼女はそういうの嫌いかなと思ってなかなか切り出せなくて」

「確かに彼女は仕事の時は隙がなくて、いつも凛としているから、愛称は難しいかもですね。ですが、彼女はオフの時はとても優しいんですよ。今度時間があったらお酒でも持って彼女のお部屋に行ってみてはいかがですか? もしかしたら、隙を狙って愛称で呼べるかもしれませんよ」


 セレスティアさんがとても優しい方だということは、付き合いの短い私でもわかる。いつも凛としているけど、初めて会った時に私に対して見せた涙は今でも忘れられない。あれが、彼女という人間をよく表しているはずだと、私は確信していた。それだけに、私は彼女とは勇者とかそういうのを取っ払ってお付き合いしてみたいと思っていた。一人の普通の女の子として、彼女と何の気遣いもなく普通に接してみたかったんだ。


 あ、それよりも気になることが一つあった。フランさんはサラッと言ったけど、私は聞き逃さなかったよ。


「フランさん、今あなたお酒って言いましたけど、私はまだ16です。お酒が飲める年齢じゃないですよ」


 当然ながら私はこれまでお酒など一滴も飲んだ事はなかった。ウイスキー入りのお菓子とかなら少しは食べたことはあるけど、それは流石に勘定には入れないと思うのでね。


「あ、ご存知なかったですか? この国じゃお酒の制限はありません。あまり小さな子供だとオススメはできませんが、15歳くらいの方なら飲むのになんら問題はないと思いますよ」

「な、なんというカルチャーギャップ! それはつまり、フランさんもお酒を嗜まれるということですか?」

「ええ、そんなに強くはないので少しですけど」


 フランさんは照れ笑いを浮かべながら言う。もしかしてだけど、この国の女の子たちが妙に大人びているのはそういう大人な趣向品を既に嗜んでいるからじゃないだろうか? 私みたいにコーヒーを飲んで大人ぶってる子供とは訳が違う! 彼女たちの趣向に合わせることができたら私ももう少し大人っぽくなれるんじゃないか? そ、そしたら、きっと控えめな胸も、フランさんみたいに大きくなるんじゃないか!? だとしたら、善は急げ! 今すぐにお酒とやらを飲むしかない!


「フランさん、そのお酒とやら、今すぐ飲めたりはしないでしょうか?」

「い、今すぐですか!? いやぁ、しかし厨房ももう閉まっているでしょうし難しいですね。明日以降なら、もらえるとは思いますが……」

「で、では明日! 明日お願いします! 私を是非とも大人の世界に連れて行ってください!」


 私は前のめりになりながら叫びにも似た懇願を繰り返した。引かれても構わない! この胸が少しでも育つなら、私は泥水だって啜る覚悟です!


「あはは……」

「あ、あれ? もしかして、いやもしかしなくても引きました!?」

「ふふふ、違いますよ。勇者様ってとても面白い方なんだなって思っただけです。今までお使いした人には、こういう人はいなかったなぁって」


 フランさんは楽しそうに笑っている。良かった、どうやらドン引きしているわけじゃないみたいだ。ちょっと喋っただけだけど、彼女とは上手くやっていけそうそうな気がしていた。自然と私も笑みが溢れる。

 そして、仲良くなれた勢いで私はこう提案した。


「フランさん、良かったら私のことも名前で呼んでもらえませんか? 勇者様、というのはかなり堅苦しいので」


 実際フランさんと私は行動を共にする機会も増えるだろうし、あんまり堅苦しい関係は望ましくない。


「よ、よろしいのですか? 私は、あなたとは身分があまりに違うのに……」

「フランさんが迷惑じゃないのなら私は一向に構いません。あと、私にとって身分とかそういうのはどうでもいいんです。あなたとは単純に、仲良くなりたいと思ったんです。だから、名前で呼んでもらえたら嬉しいなって」


 フランさんは驚いた様子で私を見つめている。その表情には少しの躊躇いがある。さすがに彼女なりの立場もあるので、それを決断するのは簡単ではないようだ。でも、私が彼女をまっすぐ見つめていると、しばらくしてようやく彼女は口を開いた。


「オフィシャルの場では、私もメイドの身ですので、あなたのことはそのまま勇者様と呼ばせていただきます。ですが、それ以外の時は、あなたのことは…………"ハル"と、お呼びしても、よろしいでしょうか?」


 フランさんは躊躇いがちにそう尋ねた。ハル、というのは少し新鮮だった。そう言えば、今までその様に呼ばれたことはなかった気がする。あおいはずっと「遥」だったから、他の友達も私のことはずっと「遥」とか「遥ちゃん」とか呼んでいた。でも新しい場所に来たのだから、呼び方もまた新しくてもいいのかもしれないと私は思った。


「ハル、ですか……うん、なんか、すごく良いですね!」

「そ、そうですか?」

「はい! 私気に入りました!」


 私はそのままガッチリ彼女の手を取った。すると、少し不安げだったフランさんの顔にも笑顔があふれた。それから私たちはしばらくの間お互いに笑い合っていた。


 いつしか、時刻はすでに深夜0時を回ろうとしていた。

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