第9話 勇者よりも、一人の人間として

 制服から着替えた私たちは、早速王様へ謁見するため、王の間に通された。

 荘厳で重そうな扉を開くと、玉座に座っている初老の男性が目に入った。その隣には、少し小さな座席に長い銀髪をツインテールにした女の子が腰を掛けていた。どうやらあれが王様である、ジョセフ・エル・アルカディア王と、王女であるシャムロック・ルツ・アルカディア様のようだ。


「参りましょう」


 セレスティアさんがそう言うと、私は彼女の後について玉座の方へと向かう。そしてその後ろには、さすがに緊張している様子のあおいがついて来ていた。玉座への赤絨毯レッド・カーペットの横には、他の王族や従者のような姿があった。それぞれの瞳が私に注がれているのが分かる。その瞳に映るのは、私に対する期待なのだろうか? はたまた、私の頼りなさそうな姿に対する失望なのだろうか?


「ハルカ」


 私の動揺を悟ってか、セレスティアさんが私の緊張をほぐすように言った。


「自信を持ってください。あなたは勇者です。ここの誰よりもあなたは強い。それは私が保証します」

「はい」


 私は彼女に聞こえるぐらいの小さな声で、でも、彼女にこれ以上心配を掛けたくなくて、出来るだけ力強さを込めてそう応えた。彼女は一度私に笑顔を向けると、今度は面前の王様に向き直った。


「王様、勇者様をお連れいたしました」


 王様達の面前まで来ると、跪き彼女が言った。


「御苦労であった、セレスティア。下がってくれ」

「はい、王様」


 王様の言葉に従い、セレスティアさんが脇によける。その途中、彼女は私に軽く頷いて見せた。私は彼女に代わり、一歩を踏み出す。

 二人の顔が間近に迫る。自然と鼓動が高鳴る。すると、再び王様が口を開いた。


「よくぞ参られた、勇者よ。私が貴女をこちらにお招きした、アルカディア王国第十三代国王、ジョセフ・エル・アルカディアである」


 いかにも王様らしい荘厳な声。私は、上ずりそうになる声を必死に抑え応えた。


「お初にお目にかかり光栄です王様。召喚に従い参上致しました。勇者としてこの地に赴いたからには、全身全霊でこの世界の平和のために尽くさせていただく所存です」


 自分が知っている最大限の丁寧な言葉を使い、私は必死に言葉を紡ぎ、深々と頭を下げた。


「うむ。聞き及んでいることと思うが、この国は現在、隣国プレセアと戦争状態にある。貴女に期待するのは、この戦争の終結、並びに恒久平和への礎を築くことにある。大変な任務ではあるが、貴女の活躍、大いに期待してる」

「は、はい! 全身全霊で、任務に当たらせていただきます!」


 王様の威圧感は、さっきまで単なる高校生であった私にとってみれば、学校の怖い先生とかの比じゃなかった。この時点で既に私の緊張は極限まで上りつめていた。途中で慣れるかとも思ったけども、この空気はとてもじゃないが慣れられるようなものじゃなかった。

 すると、途端にネガティブな感情が身体の中を駆け廻り出してしまう。やっぱり、私みたいな平民風情じゃ王様なんて雲の人なんだとか、私みたいな勇者じゃきっと誰にも相手にされないのかもしれないといった不安ばかりが増大されていく。


「うむ、期待しておるぞ」

「は、はい……」


 期待すると仰る王様に対してすら、覇気がない返答をしてしまう。


「ところで……」


 ところでの言葉で、ええ、まだ続くの? と絶望しかける。でも、その時だった。


「こういう堅苦しいのは、ハルカ殿も当然好みではあるまいな?」

「はい。…………へ?」


 予想だにしていなかった言葉に思わず変な声が漏れる。それはあおいも同じだったのか、私の後ろで同じく「は?」と間の抜けた声を漏らしていた。

 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。キョロキョロ辺りを見渡すと、色んな人が笑いを堪えるように口に手を当てているのが目に入った。


「え? ええ?」


 私は訳が分からず王様の顔を凝視すると、


「ははははははははは!」


 まるで堪えていたかのように、王様が噴き出した。私は尚も目を丸くして王様を見つめていると、王様が仰った。


「いやいや、驚かせて申し訳なかった! 一応王家として、最初くらいは真面目にやろうかとも思ったのだが、さすがにハルカ殿が気の毒に思えてきてしまってな。勇者といえども、年端もいかない女の子を威圧するのも趣味が悪い」

「ど、どういうことでしょうか?」

「なに、格式ばかり気にしているような古臭い王家では、この先生き残ることなど到底不可能ということだ」


 そう仰ると、なんと王様が玉座から立ち上がり、二段ある階段を軽い足取りで降り、こちらに向かって来られたのだ!


「お、王様!?」

「ハルカ、気にすることはありません。王様は堅苦しいのはお嫌いなのです。今回の謁見は、あなたを驚かせるためのサプライズだったのです」


 さっとセレスティアさんが出てきてそう言う。


「さ、サプライズですか!?」

「ええ、そうですともハルカ殿。今の我々は、古臭い格式、上下関係など気にしている場合ではないのです。使えるものはどんどん使う、協力して下さる方には王であろうとも頭を下げるのが当然。それがこの国、アルカディア王国のルールなのです」


 するとなんと、王様は頭に載せていた王冠をその辺に投げ捨てて、重苦しい正装を外してしまった。そして、きょとんとしている私に向かって手を差し伸べられた。


「本当によくぞ参られた、ハルカ殿。貴女あなたが来られるのを首を長くして待っていた。この国は今、とんでもない苦境に立たされている。我々も方々手は尽くしているが、なかなかこの局面を打開するには至っていない。どれもこれも、王である私の力不足以外に他ならない……」


 王様が辛そうな表情を浮かべる。すると今度は王様が私の両手をとった。


「そこで、古いにしえから続くしきたりに従い貴女を召喚した。貴女にはきつい役目を背負わせてしまうことになるが、もう、我々にはこれしか方法が残されていないのだ。だから、どうかお願いしたい!」


 私は目を疑った。なんと、王様が私に向かって跪いたのだ。そして、王様に従い他の人達も、もちろんセレスティアさんも、私に向かって跪いたのだ。


「ちょ、ちょっと、皆さん!?」

「今の我々にはこれぐらいしかできないが、どうか、お願いしたい。是非とも我々に力を貸し、この世界の平和のために、共に戦ってほしい」


 跪く人々が、更に深々と頭を下げる。私は唖然としてしまった。こういう世界の王族は、きっと神にも似た権威を持っているはずだ。なのに、その当人が勇者といえども私みたいな小娘に対して頭を下げている。


「…………」


 ここにいる人達の姿を見て、心に込み上げてくるものがないはずがなかった。でも……


「違う……」


 これは少し違うと思った。だから、私は言うことにした。ここまでしてくださっている人たちには申し訳ないけど、私は私の心を言わずにはいられなかったんだ。


「皆さん、頭を上げてください」

「ハルカ殿?」

「頭を下げられる必要はありません」

「し、しかし!」

「お心遣いは嬉しいです。ですが私は、お願いするとかされるとか、皆さんとはそういう関係ではありたくないんです」


 私の言葉に、一同が驚きの表情を見せる。


「私は、この国のために全力を尽くしている皆さんが好きになりました。最初に私の元に来て、私の力が必要だと言ってくれたセレスティアさんも、私に街を案内してくれたリアさんも、もちろん、皆さんのことも、私はとても好きになりました。だから私は、好きな人たちのためにただ一生懸命に頑張りたい、そう思ったんです。お願いされたからとかじゃありません。もし私が、勇者じゃなかったとしても、何かやれることはないかと考えたはずです。その想いは、決して変わることはありません」


 そして、私は王様に向かって右手を差し出した。


「ハルカ殿……」

「偉そうなことを言ってしまってすみません。ですが、ちゃんと自分の本心は言っておくべきだと思ったんです。それを分かった上で、なお私を必要としていただけるなら、私は全力で戦います。それだけは、お約束します」


 綺麗事かもしれない。小娘ごときが何を言っていると思われるかもしれない。でも、それが私の心からの想いだ。だから、私を必要としてくれたこの世界の人たちには、私の想いを受け止めて欲しかったんだ。


「な、なんという清い心の持ち主なんだ、貴女は……」

「き、清いとか、そういうんじゃありません! 私はただ、難しいことを考えるのが苦手なだけです。本音でしか人と接しられない。だから、皆さんとも本音で話したい。ただ、それだけです!」


 私は顔を真っ赤にして言う。清いなんて、私にはあまりにもったいない。私はそんな次元の人間じゃない。だからそんな綺麗な言葉で私を形容してほしくなかった。


「ハルカ殿、私は先程の行為を謝らねばならないな。貴女にはああするべきではなかった。貴女とは、この様に語り合うべきだった」


 差し出した右手を、王様も同じく右手で握りしめ、真っすぐ目を見据えて仰った。


「この国の平和のために、共に戦おう! ハルカ、頼りにしているぞ!」


 王様はニッコリと笑ってくれた。だから私も、


「はい! 頑張ります!」


 笑顔で、そう返したのだった。

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