第8話 アルカディア騎士団

「は、ハルカ! あなたは頭を下げなくていいんです! あなたは勇者なんですから!」

「え? そうなんですか?」


 大慌てのセレスティアさんと、イマイチ理解が追いつかない私。


「そうです! あなたは勇者なんです。あなたはお願いする方じゃなくて、お願いされる方なんですから、堂々と構えていればいいんです!」

「で、でも、私の方がゲストなんですから、ホストの皆さんに頭を下げるのは当然だと思うのですが……」

「いやだからゲストとかホストは関係なくてですね!」


 押し問答を繰り広げる私たちに対し、


「でも、それでいいんじゃない? 気弱な方が遥らしいし。ドンと構えてる方が不自然よ、あんたの場合は」


 サラッと、あおいが若干失礼な物言いで場を収めにかかった。すると……


「た、確かに、ハルカの場合はこれでいいのかもしれませんね。逆に堂々としているハルカも想像付きませんし……」


 同じく失礼な理由でセレスティアさんが納得しかかる。


「あれぇ、セレスティアさんから色々言ってきたんだと思うんですが……」

「と、とにかく、勇者様の自己紹介は以上です。それでは早く城に戻りましょう! 王様もお待ちかねでしょうし!」

「私の反論には取り合ってくれないんですね……」


 なんとなくモヤモヤした気持ちを残しつつも、私はセレスティアさんの言葉に従うことにした。と、その前に……


「勇者殿、ワシはブライアン・アークライトと申します。そっちのセレスティア・アークライトの祖父で、現在は騎士団の元帥を務めております。以後、お見知りおきを」

「あ、セレスティアさんのお爺さまだったんですね。いつもセレスティアさんにはお世話になってます」


 私はアークライトさんの求めに応じて握手を交わした。


「いやいや、あやつなどまだまだひよっこで勇者殿にご無礼を働き、誠に申し訳なく思っております」

「ちょっと、お爺さん!」

「やかましいわひよっこ! 早々に家督を継いだからといって良い気になるなよ!」

「あはははは……」


 なかなかに癖のありそうな方みたいです、ハイ。でも、


「まあ、色々言っておりますが、根性はあるし、魔術に関しては一級品です。大きい声じゃ言えませんが、あれで結構やりおると思いますゆえ、しっかり使ってやってください」

「あ、はい!」


 なんだかんだで、仲の良い二人みたいです。


「こちらはアルカディア騎士団を率いるフレデリック・ヴァン・フック騎士団長です。まだお若いですが、王様から全幅の信頼を置かれていて、私も非常に頼りにしているお方です」


 次に紹介されたのは、スラッと背が高く、金色の髪が良くお似合いのハンサムな人で、セレスティアさんの紹介の通り、騎士団の一番上の人なのにまだ年は随分若そうな印象を受けた。


「勇者様、お初にお目にかかり光栄です。勇者様のお陰で、早速王国に仇なす者たちを逮捕することができました。本当に、感謝いたします」

「い、いえいえ、あんなの私が意識してやったことじゃありませんし、偶々ですよ!」

「いえ、偶然などということはございません。あなたは神から力を授かっている。そしてその力を正しく使われた結果なのです。今後とも、あなたのご活躍を期待すると共に、アルカディア騎士団長として、あなたを全力でバックアップさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」


 フレデリックさんは、そう言って片膝をつき、仰々しく私に頭を下げた。私は、まるで少女漫画の王子様みたいなその見た目と言動に思わず心を奪われそうになった。こんな人に壁ドンとかやられたら、堕ちてしまいそうな気がするよ……。


「あ、あと、私のことは遠慮なく”フレッド”とお呼びください。私、あまり堅苦しいのは好きではないので」

「そ、それはなかなか……」

「そうですか? では、まず私があなたのことを”ハルカ”と呼ばせていただきましょう。そうしたら、私のことも名前で呼べますよね?」

「そ、それならまあ……」

「そうですか、それは良かった。では、近いうちにハルカをお茶にでも誘わせていただきます。そうしたら、もっと気さくな間柄になれると思いますので」


 ニコリと笑うフレデリックさん。あれ? でも勇者と騎士団長って気さくな間柄になる必要あるの?


「ではハルカ、城でお待ちしております。すれ違ったら声を掛けてくださいね」

「あ、はい」


 颯爽と走り去っていくフレデリックさん。私は呆けたまま彼を見送った。


「ハルカ、気を付けてくださいね」

「うへ!?」


 思わず変な声が出てしまう。


「な、何を気を付けるんですか?」

「彼の口車にです。彼は非常に女癖が悪いのです。色んな女性に声を掛けては、お茶に誘い、場合によっては……いえ、それ以上はやめておきましょう」

「ええ!? 気になる!」

「と、とにかくです! 彼には気を付けてください。仕事に関しては彼を信頼しても大丈夫ですが、プライベートで彼に会うのは控えてください! て、貞操の安全は保証しかねますので……」

「そんな人が騎士団長になっていいんですか!?」

「仕事面に関しては完璧な人なのです! それに、女癖が悪いと言っても、出世に関わるほど大きなミスはしていないので、きっと、大丈夫、なの、かと……」

「全然大丈夫そうじゃない!」

「これ以上はもういいです! とにかく、私はあなたのプライベートまでしっかり管理しますからね! 変な虫がついては困りますから!」


 やはり、それ以上の質問は遮られてしまった。それにしても、私そんなに簡単に籠絡されたりはしないつもりなんだけどなあ……。

 とまあ、そんなくだらないやりとりはさておいて、ようやく私たちは本当に城へと向かうことになった。


 目の前にそびえるのは、ファンタジー作品で一度は見たことはある中世ヨーロッパ特有の巨大なお城。白い外壁と赤い屋根が私たちをどっしりと見降ろしている。私とあおいは、そのあまりの迫力にすっかり圧倒されてしまった。


「お二方、こちらです」

「あ、はい」

「これからどこに行くわけ?」

「王様に謁見していただきます」

「お、王様!?」

「え、それってあおいも? あおいは勇者じゃないんだけど?」

「勇者ではなくても、あなたもとりあえずは客人なんですから、王様が一度お会いしたいとおっしゃったのです」

「とりあえずってなによ!? いっつも思うけど、あんたって失礼よね……」


 あおいがぶすっとした顔を向ける。私は心の中で、「いやあ、それはお互い様なんじゃないかなあ」とこっそり思った。


「なんです?」「何よ、言いたいことでもあるの!?」


 どうやらそれが顔に出ていらしく、二人同時に食いつかれてしまった。


「べ、べべ別になんでもないですって!」

「嘘ですね」「嘘ね! 絶対失礼なこと考えてる!」

「どうしてこういう時だけ息ピッタリなの!?」

「私があおいと息が合っていることなどあり得ません」「あおいがこんなのと息ピッタリな訳ない!」


 いや、やっぱり息ピッタリじゃないですか、というつっこみは飲みこむことにした。これ以上二人を怒らせても埒があきそうにないのでね、あはは……。

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