第7話 聖なる加護(ホーリーガード)

「ハルカはまだ自覚がないと思いますが、あなたは今魔術を発動させています。しかもそれは、あなたにしか出来ない神聖なる力です」

「魔術ですか? それは一体、どんな魔術なんですか?」

「それは『聖なる加護(ホーリーガード)』といいます。その名の通り、聖なる力があなたを身の危険から守っているのです。それがある限り、悪意のある者は容易にあなたに攻撃することはできない。それに更に、その力は周りにいる味方の怪我を癒やすこともできるのです」

「そ、そんな物凄い力が、この子にはあるっていうの?」


 あおいは驚愕の色を隠していない。まだ魔術を一度も見たことがなく、しかもいきなり私がそんな力を使えると聞いたら驚くのは当然だろう。

 当然、私自身もビックリしているし、正直実感がないのが本音だ。魔術を使っているという割に疲れを感じないし、それを発動させるのに頭を使った訳でもない。

 なんとなくだけど、魔術というものは、発動させるのに複雑な詠唱があったり使うのに体力を消費する様なイメージがあるけど、この世界ではそういうことはないのだろうか?


「この程度の力で驚いてはいけません。勇者とは圧倒的な存在、すなわち普通の人間ではなしえない様な高等な魔術をいくつも使うことができるのです。ホーリーガードはその中でもほんの序の口にしか過ぎません。あなたはそれを息を吐くのと同じ感覚で使用することができ、それを維持するのに地面をゆっくり歩くのとほとんど同じほどの体力しか使わないはずです」


 セレスティアさんはサラッととんでもないことを言う。


「なによそれ? そんなのほとんどチートじゃない?」

「スペックだけ考えればそれに近いですが、まあ実際はそれほど簡単なことではありません」

「どういうことですか?」

「魔術はその人の精神状態に依存します。いつもベストな状態にあれば、その人はいつも最良の力を発揮出来ますが、人間ですからそうもいきません。気持ちが沈んでいる時もあれば、逆に極度に高揚していることもある。そのムラを少なくすることが実は難しいのです。いくら強い魔力素養があるからといって極端に精神力が弱い人間は戦いにおいて足手まといになりかねない。だからこそ訓練が必要なのです。それはハルカ、あなたとて例外ではない。最強の魔力を持つあなたですが、あなたが真に強くなるには、安定した精神力を身に付ける必要があるのです」


 その理論は私たちの世界で言うとスポーツと相通ずるところがあると私は思った。いくら高いポテンシャルがあろうとも、本番で緊張して手が震えてしまっては元も子もなくなってしまうものだからだ。いくら魔術といえども、その辺は私の世界と何ら変わらない。


「まあ、基本的なことはまた次の機会にお話しします。今はとにかくお城に行きましょう。これだけ時間がかかっては皆が心配します」

「でもあなたその怪我で歩けるの? ハルカのなんちゃらって力で怪我は少しは良くなってるんだろうけど、あれだけ派手にやられちゃね」


 あおいがわざとらしく肩をすくめる。その様子にセレスティアさんがムッとして言った。


「あ、あなたに言われる筋合いはありません! 私は大丈夫です! 今はとにかく、急いで城を目指さないと……」

「危ない!」


 言っている傍からバランスを崩すセレスティアさん。どうやら全然大丈夫ではないようだ。


「な、情けない……。いきなり勇者の足を引っ張るなんて、あってはならないことです……」


 私の肩を借りながら、彼女は唇を噛みながらそう言った。すると、


「ここにいたか!? いったい何をしていたんだ、セレスティア!」

「み、見つかってしまいましたか……」


 向こうから、数十人の人だかりがこちらにやって来るのが目に入った。その人たちは半分近くがさっき私たちを襲った人たちのように薄い青色の軍服を着ており、残りは思い思いの派手目な衣装に身を包んでいた。一瞬、また新たな敵がやって来たのかとも思ったけど、その中の一人を見てその不安はすぐさま吹き飛んだ。


「ハルカお久しぶりネ! アルカディアにようこそネ! それとセレスティアはどうしたノ? まるで酔っ払いみたいデス!」


 一団の中には、この前この世界で出会ったハイテンションの女性、リアさんも含まれていたのだ。彼女は相変わらずへそ出しルックの刺激的な格好をしていた。


「何!? そちらの方が勇者殿だと!? 皆の者何をしている! 早く勇者殿に敬礼せぬか! あとセレスティア! 貴様も勇者殿にすがりついていないでこちらに来い! 無礼であろう!」


 さっきから大声を張り上げているのは、胸に勲章を沢山付け、上品な白い顎ヒゲを蓄えた男性で、どうやらこの人達の中でも位の高い人のようだった。その男性の言葉で全員が同時に敬礼のポーズをとった。リアさん以外。


「Oh! よく見るとセレスティア顔が痣だらけだし、あちこち血が出ているネ! 何があったノ?」


 男性の言葉を完全に無視し、リアさんはセレスティアさんの額に手を当てている。すると例の男性は大慌てで彼女に向かって言った。


「こらリア! 敬礼をしろとあれほど……」

「うるさい、頭に響きます……」


 傷が痛むのか、それとも老人のことを敬遠しているのか、セレスティアさんがあからさまに嫌そうな顔をした。


「あの、セレスティアさんの怪我に触るので大きな声は……」

「あれえ、そっちの子は誰ネー? よく見ると、結構可愛いネー!」


 私の言葉を完全に遮ってリアさんが言う。


「ちょ、ちょっと!? 顔近付けないでよ! いきなり馴れ馴れしいわよあんた!」

「HAHAHA! ヨイデハナイカー!」


 いきなり息がかかる距離に顔を近づけられて焦るあおいと、それを全く意に介さないお代官リアさん。


「だからもっと小さい声で喋ってくださいって……」

「セレスティアさんしっかり! あの皆さん、お願いですから少しはこっちの話を……」

「セレスティアもいつまでそんな格好でいるんだ! 貴様に勇者殿の先導役を任せた以上最後まで職責を全うせい! その程度の任務もこなせないようではアークライト家の当主として恥ずべきこ……」

「ちょっと! いい加減にしてくださいよ! さっきから勝手にしゃべらないでくださいって言ってるんですから静かにしてください!」


 堪忍袋の緒が切れるとはまさにこのことだ。このしっちゃかめっちゃかな状況につい大声を出してしまった私。でも、その効果は十分にあったようだ。


「も、申し訳ございません、勇者殿! 久々の任務につい張り切り過ぎてしまいまして……」

「お爺さんは早く引退すべきだと思います……」

「なんだとセレスティア! って、よく見たらお前、怪我しているじゃないか!」

「いや気付くの遅いでしょ!」


 年の差が50ぐらいありそうな二人のコントに突っ込みを入れるあおい。


「ん? そちらの方はどなたかな?」

「こちらはハルカの学友の、アオイといいます。彼女は騎士団入団希望ですから、団長、ビシバシ鍛えてやってください」


 団長と呼ばれたのは、金髪で長身の男性だった。彼はこちらに笑顔を向け、一度軽く会釈した。偉い人なのだろうけど、随分と気の優しそうな人だ。

 一方ビシバシ鍛えられてしまいそうな張本人は恨めしそうにセレスティアさんを睨みつけていた。


「ところでいったいどうしたんだ? その怪我ということは……まさか!?」


 老人が表情を一変させる。すると他の人達にも緊張の色が走った。


「まさか、アンガスの一派ですカ!?」

「そのまさかです。勇者召喚のタイミングを狙ってやって来たようです」

「馬鹿な! あれほどの監視をしていたんだ! ここに来られるわけがない!」

「それが来たのです。もしかすると、『鉄(くろがね)の翼』が一枚噛んでいた可能性があります」

「それはそうと、そのやつらは一体どこに?」


 さきほどの騎士団の団長である金髪の男性が尋ねた。


「あっちに倒れています。まだ逃げてはいないはずです」


 私が指さすと、彼は「よし! やつらの確保に向かうぞ!」と言い、何人かの人物に指示を出し、召喚ポートの方へと走っていった。


「でもよくやつらを退けられたネ?」

「私の力じゃありません。見ての通り、私は魔術(マジック)封(ガード)じでやつらにすっかりやられてしまいましたから……」

「じゃあ、誰がやつらヲ?」


 リアさんが尋ねると、セレスティアさんは沈んだ顔を一変させた。


「こちらのハルカ、いえ、勇者様が退けられたのです! 彼女の力は本物です! 彼女のホーリーガードが簡単に彼らを退けてしまったのです!」


 仰々しく彼女が言った。すると老人が尋ねた。


「そ、それは真か!? 勇者様には、ホーリーガードが備わっておられると?」

「ええ、真です。預言者が予言した通り、彼女には聖なる力が宿っておられる。彼女は間違いなく、力を正しく使いこの世界を良き方へ導いて下さるでしょう!」


 セレスティアさんの言葉に一同がざわつく。さっきまで怒っていた男性も、あのマイペースでハイテンションなリアさんも、今は私を特別なものを見るような目で見つめていた。


 分かっていたつもりだった。この世界が今どれほどの戦禍にあって、勇者という存在にどれほどの期待を寄せているのかぐらい。でも、実際は私の思っていた以上だった。期待なんてものじゃない。私という存在は、”希望”そのものといっても過言ではないんだ。彼らが私を見つめるのは、希望を見出すことと同義なんだ。

 私はここで初めて知った。私がこれからやろうとしていることは、小娘が生半可な決意でどうこうできることではないということを。

 少し息が詰まりそうになる。私はつい不安になって、親友の姿を探してしまう。すると、


「大丈夫よ、あんたなら」


 あおいはそう言って、私の背中を叩いた。


「そんな顔あんたらしくないわ。いつもみたいに強引過ぎるくらいにこの人達を引っ張ってけばいいじゃない?」

「あおい……」


 あおいはそれ以上何も言わず、一団と少し距離を開けた。私はその後ろ姿を暫くの間見つめていた。


「ハルカ」


 ふと、耳元でセレスティアさんが囁く。ハッとして、私は意識を現実へと引き戻す。


「は、はい」

「あなたにだけ無理をさせるような真似はしません。だから、気負う必要はありませんよ」


 そう言って彼女は笑った。その笑顔は、私の不安だらけの心を覆い尽くすほどの包容力を兼ね備えていた。いつも思うけど、この人の笑顔はずるい。基本的には責務のせいか、少し険しい表情をしていることが多いけれど、ここ一番で見せる笑顔は、何と言うか、年相応の可愛らしさがあるというか(私よりは年上だろうけど)、性別を問わず人を魅了してしまう力があるというか……とにかく、それは卑怯なほどの彼女の武器足り得るものなのだと思った。


 でも、それで私が少し安心できたのは確かだった。

 あおいも、セレスティアさんも、方法は違えど、この私の背中を押してくれている。怖がることはないと、優しく諭してくれている。

 そうだ、気負い過ぎる必要はないんだ。期待が大きかろうと、私は独りで戦う訳じゃない。


 手を胸に当ててみる。あの日の絶望が蘇りそうになる。でも、すんでの所でそれを飲みこむ。


 確かに、独りになった時もあった。でも少なくとも、今は独りじゃない。それだけで、十分また前に進める気がする。まだ何も知らないこの地に、一歩を踏み出せる気がする。


 だから、私は大きく息を吸った。そして胸を張り、こう言ったのだった。


「召喚に従い、参上致しました。私はハルカと申します。これから私は勇者として、あなた方の盾となり、剣となりましょう。必ずや、皆さんの”希望”になってみせます」


 それが私の心からの想い。セレスティアさんたちの希望になるため、私は戦ってみせる。そして……


「だから皆さん……これからどうぞ、よろしくお願いします!」


 色んな想いを込めて、私は深々と頭を下げたのだった。

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