第6話 勇者が目覚める時
「ちょっと! あんた達何者よ!?」
気付くと、あおいが私の身体を自身の手で守りながら、謎の集団に対し問いかけていた。私もようやく意識が追いつき、この状況への疑問を素直に口にした。
「ど、どうしてセレスティアさんにそんなことをするんですか?」
すると、別の大柄の男がこちらに歩み寄って答えた。
「突然の無礼、大変申し訳ない。だが、これは我々にとって必要なことなのだ。悪いことは言わない、早々にここから立ち去るがいい」
あまりに唐突な物言いに再び思考が麻痺する。いきなりセレスティアさんに暴行を働き、今来たばかりの私たちが今すぐ帰れなどとなぜ言われなければならないのか、私は全く理解出来なかった。
「はあ!? あんたたち何言ってんの!? そっちが遥が必要だからって言うから来たんじゃないの! 立ち去るのはあんたたちの方じゃないの!?」
あおいが凄む。こんな状況なのに臆していないのを、私は呑気にも凄いと思ってしまった。
でも、本当はそれは違っていた。
私の身体を守るあおいの手が震えていたのだ。あおいは自身の恐れを見せないように虚勢を張っているだけなのだ。
こんな状況、怖くない訳がない。今こそ私がしっかりしなければ! そうして私は、再び意識を集結させた。
「いきなり立ち去れと言われてもそうはいきません。私たちはセレスティアさんに頼まれて、この世界を救うためにやって来たんですよ。なのに、どうしていきなりそんなことを言うんですか?」
「全ての人間が君を待ち望んでいる訳ではないということだ。少なくとも我々は君を欲していない。自分の国くらい自分たちで守ってみせる。だから、勇者の力などいらぬのだ!」
「は、ハルカ! 彼らの話を聞く必要はありません! 彼らの意見は異端のものだ! 王は勇者の召喚の王命を既に下しているし、議会もそれを承認した! 勇者召喚は既に国の総意なんです! 今さらそれに逆らうのは反逆罪に当たるぞ!」
身体を拘束されながらもセレスティアさんが叫んだ。
まったくもって理解不能だったこの状況も、ようやくその片鱗が掴めてきた。なるほど、確かに日本だって政治家には派閥があるし、この国にも色んな考えを持っている人がいたっておかしくはない。つまりは彼らは勇者召喚反対派なんだ。理由は分からないけど、私が皆の前に行く前に帰らせてしまおうとしているんだ。
しかし、帰れと言われてのこのこ帰るほど軽い決意をしたつもりもない。私たちは覚悟を決めてこっちに来た。それに、この国が実際に戦禍にあることは本当なんだ。彼らを助けずしておめおめと日本には帰れないし、当然帰るつもりもない。
「ふん! もとより覚悟を決めてここに来ている! しかし王に逆らってでも勇者召喚は阻止しなければならない!」
「ど、どうしてそこまで拒否されないといけないのよ!?」
「この世界には過去に勇者が召喚されたことがあるが、その勇者がこの国にどのような被害をもたらしたか忘れた訳じゃあるまいな、セレスティア? 預言者も万能ではない! 君たちはまた同じ過ちを繰り返すつもりなのか!?」
「当然忘れたりはしない! だが、今回の勇者は違う! 彼女は強さだけでなく、優しさも持っている。前の勇者にはなかった慈しみの心だ! その心さえあれば、彼女はこの国を平和に導いてくれるはずだ!」
セレスティアさんは拘束を解かんばかりに怒声を上げる。すると、それを恐れてか今度は三人がかりで彼女を取り押さえてしまった。
「は、ハルカ! 私のことはいいから、早く城に向かってください! 城にさえ着いてしまえばこちらのものです! こいつらも、そうしたらもう抵抗など……」
「黙れ!」
怒声と共に大柄の男が拳を振り上げ、そして、
「あ!?」
容赦なくセレスティアさんの顔面を殴りつけた。
セレスティアさんは今の一撃で唇の端が切れ、そこから出血してしまっていた。
「な、なんてことするのよあんた達!?」
「この状況でも尚抵抗するからだ。これ以上この女を傷つけられたくなかったら、大人しく言うことを……」
「……や、く……」
それは、確かに私たちの耳に届いていた。そして無論、男にもそれは聞こえているはずだ。
「貴様、まだ無駄な足掻きを……」
「早く! 早く、行ってください! あなたはこの世界に必要な方です! だから、私のことはいいですから、あぐっ!?」
目を背けたい光景だった。男は今度、屈服を見せない彼女の腹を思い切り殴りつけていた。
「黙れと、言っている!」
さらに、容赦のない暴力が彼女を襲う。しかし勇敢であるが故に、彼女が従順を選択することはない。
「もうやめて! これ以上やったら、セレスティアさんが死んじゃうよ!」
彼女の意思を尊重して、城を目指すべきだったかもしれない。でもそれはできなかった。世界を救うのも大事だけれど、その世界を救うために一生懸命な人を見殺しにすることなんて、私にはできなかった。
男は殴り疲れたのか、その拳を止めていた。セレスティアさんは、顔面の至るところが腫れ上がってしまっていた。男たちが拘束を解くと、意識を失ったセレスティアさんの身体が、まるでスローモーションみたいに崩れ落ちた。
「し、死んじゃったの……?」
あおいが、あまりの恐怖に声を引きつらせる。
「殺しはせんさ。だが、これで当分は動けまい」
男が言う。セレスティアさんは倒れたままピクリとも動かなかった。
「どうして、こんなことができるの……?」
動かない彼女を見て、身体の奥で何かが脈動するのを、私は感じた。
「我々の主張を通すためには、これぐらいは致し方ない」
「こ、これで、これぐらいですって!?」
「殺さないだけありがたいと思ってもらいたいな。これで分かったはずだ。この世界は、君たちのような小娘が来る所では……」
「あんなに一生懸命で、優しい人に、どうして……?」
男の言葉なんて、もう聞きたくなかった。今の私は、男の戯言を聞く心のゆとりはなかった。
セレスティアさんは、孤独に押しつぶされそうだった私を抱きしめてくれた。涙を受け止めてくれた。
彼女は、世界を救うために必死に私に頭を下げた。そして、この世界まで私たちをエスコートしてくれた。
「絶対に、許せない……。絶対に、あなたたちは……」
それは、この常軌を逸した行動を起こした彼らに対する拒絶心、彼女が受けた痛みに対する哀しみ、そして世界の平和を願う彼女がなぜこの様な不条理な暴力を受けなければならないのかという激しい怒りだった。そしてそれは、一つの大いなる衝動へと変わっていく。
「なんだと? はん! 今のお前に、一体何ができ……」
「許さない!」
だから私は、衝動が指し示す通り、その力を発動させた。
「な、なんだ!? おい! 大人しく帰らないというのなら、力ずくでも……」
「これ以上好き勝手には、させない!!」
それを合図に、私の身体から強烈な光が発せられた。
「なんだ!? 何が起こった!? なぜ、お前から光が……」
「セレスティアさんを、放して」
私は少しの躊躇いもなく、まっすぐ男たちの方へと歩いていく。
「貴様何をした!? おい! 早くそいつを取り押さえろ!」
男の指図で、セレスティアさんを拘束していた三人の男が私に向かって来る。でも怖くない。もう既に、私には恐れなど微塵もなかった。
「邪魔しないで」
「な、何をする!? うわあ!?」
「どうなってやがる!? 触れることすら、ぎゃああ!?」
男たちは叫びを上げ、散り散りに吹き飛ばされていく。全員が敵意むき出しの状態なのに、誰一人として私に触れることすらできない。
「いったい、どうなってるの……?」
驚愕しているあおい。そして当の私自身も、今起きている状況を完全に理解している訳ではなかったけど、今はとにかく湧きだす衝動に身を任すことにした。
気付くと、私たちを襲った人間たちは例外なく地面に突っ伏していた。私は一切手心を加えていないのに、誰一人として私に指一本触れることすらできなかったんだ。
「あ、あんた何かやったの? ま、まるで魔法みたいに、あいつらが吹っ飛ばされていたように見えたけど……」
「わ、分からない。私も一体、何が何やら……」
「他人を傷つけようとする悪意を持ち、尚且つ力の劣る者は、ハルカに触れることすらできない」
「セレスティアさん!?」
声がした方を見ると、倒れていたセレスティアさんが、なんとか起き上がろうとしているところだった。
「だ、大丈夫なの、あんた?」
「ええ、なんとか……」
あおいが肩を貸して、セレスティアさんはなんとか立ち上がった。
「酷い怪我なんですから、無理に立ち上がらない方が……」
「大丈夫です、心配には及びません」
「それはいくらなんだって無理でしょ?」
「ま、まあ確かに、あれだけ殴られましたからね……」
セレスティアさんが苦笑いする。よく見ると、あれほど酷かった顔の怪我がさっきよりも少し良くなっているように見えた。
「まあ、怪我のことはともかくとして、やはりあなたを勇者に指名したのは正解だったようです。この調子なら、あなたはきっと立派な勇者になれます」
「それは、どういうことですか?」
私は、笑顔でそう言う彼女に問うたのだった。
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