第5話 Time to get to Arcadia
「あおい、自分の言っていることの意味分かってる?」
私は真剣なまなざしを向けたままのあおいに向かって問うた。
「分かってるわよ。そのアルカディアとかいう世界に行くってことよ」
「それもそうだけど、それだけじゃないよ。あっちの世界に行くって事は、世界を救うために戦うってことなんだよ? あおいは本当にそれが分かっているの?」
「じゃあ逆に聞くけど、あんただって本当に理解してるの? あんたみたいな気の弱い人間が、誰かと戦うなんて到底できるとは思えないんだけど」
「うぐ……」
あおいの言葉に思わず私は顔をしかめる。正直言ってそれは図星だった。私はあっちの世界に実際行ってみて、戦いというものを初めて体感した。セレスティアさんも、リアさんも普段は優しいけど、戦いの時はその表情を一変させていた。戦いとはそれほどまでに緊迫したものであり、命を賭けるとはそれほどまでに覚悟のいることなのだと思い知らされた。けれどもだ、それを知ったからといって、本当に自分がそれを実践できるかというのは別問題ではないだろうか?
自分が勇者になり、いざ実戦になった時、私は本当に命を投げ打って戦えるだろうか? 震えず、まっすぐ敵を見据えて刃を振れるだろうか? 明確なる殺意を向けられて正気を保っていられるだろうか? それは今の私にはまだわからなかった。
「ほら見なさい、あんただって全然自信ないじゃないの。そんな人にいちいち心配してもらう必要なんてないわ」
「お言葉を返すようですがアオイ、確かに今のハルカはまだ戦いに挑む覚悟はできていないかもしれません。ですが彼女の持つポテンシャルはそんじょそこらの魔術師とは次元が違うものだ。戦いに慣れることさえできれば、彼女の右に出る者などいないでしょう」
セレスティアさんは自分のことのように胸を張って言う。
「あなたは分かってないのよ、遥がどれほど臆病で怖がりかってことをね。この子はね、一人じゃ虫も殺せないのよ。いつも虫が出たらあおいの後ろに隠れて震えているの。そんな人間が、他人を簡単に傷つけられると思う? どんだけ強くなるか知らないけど、敵を前にして乙女みたいに泣いてちゃどうにもならないでしょ?」
「そ、そこまで怖がったりしないよ!」
あおいのあまりに失礼な物言いに思わずムッとする。
「ふん、どうだか」
それに対し、あおいはやっぱり失礼なことを言った。
「まあ、とにかくよ、遥はあおいがいないと駄目な子なのよ。だからあおいが付いていてあげないといけないわけ。分かるかしら?」
質問がセレスティアさんに向けられる。彼女はしばし思案した後、こう言った。
「……つまり、あなたはハルカと離れるのが嫌だ、ということでしょうか?」
ああ、あなたはどうしてそう正直に言っちゃうのかなあ、と思ったけど、それはすでに後の祭りだった。
「はあ!? どうしてそうなるのよ!? あんた本当にあおいの話聞いていたの!?」
「全て聞いたうえでの結論ですが」
「だとしたらあんた一回耳鼻科行った方がいいわよ! ったく、遥といい、類は友を呼ぶってやつなのかしらね!」
あおいはすっかり機嫌を損ねてしまった訳だけど、セレスティアさんはなぜあおいが怒っているのか本気で理解していないようだった。
「とにかく! あおいはアルカディアという所に行くわ! 駄目って言われたって絶対聞かないからね! 分かった!?」
「で、でもそう言ったって、急にあおいがいなくなったらご両親が心配するでしょ?」
「あ、それは問題ありません。お二人に関しては上手く情報操作させていただきますので」
「一体何をする気なの!?」
と、唐突なのだけれど、私だけでなくあおいまでもアルカディアに行く事が決まってしまった(細かい話は私もよく分かりませんが……)。私自身、覚悟を決めるのに随分時間がかかったのに、あおいはそれを即決してしまった。正直私は不安だった。勢いに任せて決めて、後で後悔するのがおあいの一番悪い癖だったからだ。
「せめて一度アルカディアで魔法を体感してからの方がいいんじゃない? 考えないで決めちゃうのはよくないって」
「いいの! もう行くって決めたの! あおいは誰の指図も受けないからね!」
やっぱり、あおいはもはや聞く耳を持っていない様だった。こうなってしまうともう私でも彼女を止められない。私は諦めて、彼女の決断に任せるより他になかった。
翌日、私とあおいは私の自宅に待機していた。もうしばらくすればセレスティアさんが迎えに来る。次に向こうの世界に行けば、当分の間こちらの世界に戻って来ることはできなくなる。
未練があるとすれば、お母さんのお墓参りができなくなることと、他のバンドのメンバーに会えなくなることだろう。
私はふと、窓の外を眺めているあおいを見た。あおいは橙色の世界を見つめていた。その様子は微かに憂いを帯びているようにも見えた。
後悔しているのかなとも思った。でも、彼女に対しそれを口に出すことははばかられた。彼女がここに来た以上覚悟を決めていることは間違いない。それをくじくようなことは言うべきではない。それに私は、心の底では少し嬉しかった。これから自分の全く知らない世界に行く訳だけど、行くのは独りではないのだ。あおいという存在は、私の心に光を差し込んでくれていた。それだけで、これからの辛い日々もきっとなんとかなる、そう思えてならなかったんだ。
「ねえ、遥?」
唐突に、あおいが尋ねた。
「なに?」
「…………」
尋ねても、なぜかあおいは答えなかった。窓の外を見つめ、物憂げな表情を浮かべたままだった。だから、私もそれ以上は尋ねなかった。私はただ、
「大丈夫だよ」
と、それだけ言った。ふふと、あおいが笑った様な気がした。それにつられて、私も微笑みを返した。
「お待たせいたしました」
突如として中空が光り出し、その中からふわりと現れたセレスティアさんが私たちにそう言っていた。
「ず、随分自然に凄い出方するわね……」
「これぐらいで驚かれては困ります。あなたはこれからこの世界ではあり得ない現象にゴマンと触れることになります。ある程度の耐性を持っていただかなければなりませんよ」
あおいは少し不服そうな顔をしていたが、セレスティアさんは気にせず話を進める。
「それでは参りましょうか。勇者様のご登場を、沢山の人々が待っています」
そう言って、セレスティアさんは私の前にひざまずく。すると、
「そういうのはいいから早く行きましょうよ。時間がないんでしょ?」
先程の復讐とばかりに、あおいが言った。
「アオイ、あなたはこれからアルカディア騎士団に入団することになる。そうすると、私はあなたの上司になります。そういう上から目線な言葉は、なるべく吐かない方が身の為かと」
セレスティアさんが不敵な笑みをあおいに向ける。うわあ、悪そうな顔と私はこっそり思った。
「な、なんですって!?」
セレスティアさんの言葉にあおいが食ってかかろうとするも、彼女は華麗にそれをスルーする。
「では参りましょう。私の手を取ってくださいハルカ……あ、後ついでにアオイも」
「ついでとは何よ! この、絶対後でぶん殴る……」
「あおい落ち着いて。ほら、セレスティアさんもうちのあおいを弄るのやめてください」
「ハルカがそうおっしゃられるのならば止めましょう」
「この対応の違いは何!?」
「ほら!! 二人ともいい加減にしてってば!!」
尚も食ってかかるあおいと、涼しい顔をしてあおいをいじり続けるセレスティアさんに業を煮やした私が声を荒げると、
「もー! なんであおいが怒られないといけないのよ!」「す、すみません……」
あおいは不貞腐れ、セレスティアさんはやり過ぎた自覚があるのか申し訳なさそうにそう言ったのだった。
「それではお二方、用意はいいですか?」
「はい!」「はいはい」
彼女がそう言い、私たちはその手に自らの手を重ねた。
「では行きます! 意識を私の手に集中させてください!」
その言葉を合図にセレスティアさんの手が光り出す。そして一気に室内が眩い光に包まれ、そして身体がねじれるような、空中に浮遊しているような、とにかく不思議な感覚に覆われた。
「目を開けてください、お二方」
次の瞬間には、私の身体の感覚は元に戻っており、セレスティアさんの言葉は普通に私の耳に届いていた。目を開けると、広がっていたのは先日見たものと同じ、アルカディア王国の首都、セオグラードの整った街並みだった。先日と同じ様に、私たちは街はずれの小高い丘の上にいるようだった。
「うわぁ、すっご……」
「綺麗だよね?」
「ま、まあまあね! 思ったよりも少しってところね!」
あおいが大きく目を見開いたまま強がってみせた。彼女もやはり、私が初めてこの街並みを見た時と同じ様に感動しているのだろう。
「それではお二方、城に参りましょう。勇者歓迎の式典の準備が整っておりますので」
「し、式典ですか!? な、なんか猛烈に緊張してきた……」
「あんたって昔から上がり症だもんね。勇者がしょっぱなから膝ガクガク震わせてたら笑えるわよね」
あおいは私の様子を面白半分に冷やかす。こっちは本気で焦ってるのにひどい……。すると、私の動揺を見てセレスティアさんが言った。
「大丈夫ですよハルカ。基本的にはあなたを皆に紹介するだけです。あなたは自然体でいればいいんです」
「自然体ができるなら苦労しないって」
またしてもあおいがにやける。流石にこの私も怒りたくなってきたよ……。
「まあ、とにかく城の方に参りましょう。もうあまり時間がありません。その格好ではマズイので着替えも必要ですからね。では、こちらの方へ……」
しかし、セレスティアさんがそう言いかけた時だった。それは一瞬のことだった。今の今まで、ここには私たち三人しかいなかったはず。でも、気付いた時には既に十人ほどの人たちに取り囲まれていたのだった。
驚く間もなかった。その内の一人、青色の軍服のようなものを着た男がこちらに走り寄り、あっという間にセレスティアさんを拘束してしまったのだった。
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