第3話 そして、私は出会った
「ヘーイ! そこのスリ待つネー!」
馬を駆り、ようやく私たちはリアさんに追いついた。それにしても、リアさんもスリの男も自分の足で走っているのになんて速さなんだ! そのスピードはとても人間のそれとは思えなかった。
「リア! この辺にはもう住宅はありません! 攻撃を許可します!」
私の前で馬に乗っているセレスティアさんが厳しい口調でそう言った。
「こ、攻撃って、まさか……」
私の動揺を悟ったのか、セレスティアさんは少し表情を崩して言う。
「大丈夫です。彼女は力の加減をよく知っていますし、攻撃するといっても足止め程度です。このまま追いかけっこをしても埒があきませんからね」
セレスティアさんがリアさんを見る。リアさんもこちらを見つめ、
「サンキュー、セレスティア!」
と言って、一度ウインクした。すると今度は、彼女は一度その場に立ち止まり、目を瞑った。
「それじゃいくネー!」
掛け声と共に、リアさんは目を開け、今度は何もない空間より黒色の杖、ディートリントを取り出した。すると、みるみるうちに杖の先に赤色の光が収束していくのがわかった。
それが、初めて見る、神秘の力によって繰り出される魔術の光だった。
「シュヴェルマー……」
先端が眩い光を放ち、そして、
「ツィーレン!」
リアさんの詠唱を合図に、複数個の火球が打ち出された! そしてそれは、あの男目指して一直線に飛行し、男の足元で炸裂した。
「うわあああ!?」
叫ぶ男。
「うわああああ!?」
叫ぶ私。
「落ち着いてハルカ! あれはただの威嚇です! あの男はまた立ち上がりますよ!」
あれで威嚇とは、リアさんの本気の魔術はいったいどれほどのものなのか? 私は思わず身震いした。
セレスティアさんの言う通り、転倒していた男はスクッと立ち上がった。そして再び逃走を試みようとした。でも、
「無駄無駄! ワタシから逃げようなんて無理ネー!」
すかさず、リアさんは火球の第二弾を叩き込む! それは豪雨のごとく、容赦なく降り注いだ。
「ヘイヘーイ! そろそろ降参した方がいいネー! ワタシに勝てっこないネー!」
リアさんは男が逃げられないように周りを攻撃し続ける。男は巻き上がる砂埃に目をやられたらしく、目を抑えている。
圧倒的とはまさにこのことだ。まだまだ本気ではないのだろうけど、素人の私でもリアさんの力が物凄いのはよくわかった。
「あの子、また調子に乗って……」
ふと、私の前のセレスティアさんがボヤいた。
「どうしたんです?」
「またあの子の悪い癖が出てしまっているんです……。いくら圧倒的な戦力差があるとはいっても油断するなと、いつもあれほど言っているのに……」
「でも、あんなに強いなら大丈夫じゃないですか? あの男は逃げることしかできないみたいですし、とてもリアさんが負けるとは思えません」
しかし、セレスティアさんは頭を振る。
「ハルカ、あなたは戦いを見るのはこれが初めてですから致し方ありませんが、戦場では一瞬の気持ちの緩みが死を招くということだけは覚えておいてくださいね……。リア! 早く彼を確保しなさい! ハルカの前でこれ以上そのような戦い方をすることは許しませんよ!」
「あー、ハイハイ、分かったヨー」
やれやれといった表情でリアさんが応える。彼女はセレスティアさんの言葉を重く捉えてはいないようだ。
「オジサン、これ以上抵抗を続けるようなら、今度はお腹に叩き込みマスが、いいんですカ?」
リアさんは改めてディートリントを男に向けて言った。
「これで観念しないようなら、一撃食らわせて卒倒させても構いません」
セレスティアさんもそう言った。彼女の厳しい表情を見れば、それが冗談でもなんでもないことはよくわかった。
今度は本当に威嚇では済まないはず。もちろん、リアさんの攻撃がヒットしても男が死ぬことはないのだろう。
だが、どれほどの大怪我をするかはわからない。私の財布をスッたのだから同情する必要はないのだけれど、それでも、私は気が気でなかった。もし、万が一、いや億が一、その男が、死んでしまったとしたら……。
脳裏に病室の母が過る。母と男を重ねる必要など全くないのに、私は今、凄く怖がっていた。
止めるべきだろうか? 私は悩んだ。もう数秒もすれば、ディートリントの先から再び火球が放たれ、男はなす術もなく倒れる。
「やめ……」
考えがまとまるよりも早く私の口が動く。私はリアさんたちを止めるために声を上げようとした。でも、その時だった。
「あれは……?」
誰にもそれを伝える間もなかった。一瞬のうちに、それはリアさんを襲った。
「きゃあああ!」
「リア!? おのれ! 仲間がいたか!」
セレスティアさんが怒声を上げる。あまりに一瞬の出来事だったけど私は理解していた。財布をスッた男とは別の男が現れて、リアさんを殴りつけたのだ! リアさんは不意をつかれてディートリントを取り落とし、そして、男は杖を取ろうと手を伸びした彼女の後頭部に蹴りを入れたのだ。
いくら相当の実力者とはいえ、あれほどの力で頭を蹴られたとあれば立っていられる訳もない。リアさんはその場に倒れこんでしまった。どうやら、意識を失っているようだった。
「よくもリアを! 貴様何者だ!?」
「答える義理はない。悪いがズラからせてもらうぞ」
リアさんを襲った男はセレスティアさんと戦う様子も見せずにさきほどの男に肩を貸した。どうやら逃げるようだ。
「そうはさせない。その男は窃盗の容疑で憲兵に突き出す。お前に邪魔はさせない」
「仲間を差し出すと思うのか? それに、あんた一人で俺に勝てると思うか?」
「私を侮るな。それにリアも、今のは不意打ちを食らっただけだ。アルカディア騎士団をナメるな」
そう言うと、セレスティアさんは何もないところからワンドを取り出した。
彼女は見たこともないほどの険しい顔で男を睨みつけている。私は思わず身震いする。これが、戦うということなんだ。これが命を賭けた魔術師の目なのだと思い知らされる。
それを見て、男もその顔に浮かべていた薄ら笑いを霧散させる。セレスティアさんの実力に気付き、彼女を一人の難敵として認識したのだろう。
「ほほう、てっきりそっちの片言女の御付きかと思ったが、どうやらこっちが主人だったようだな」
「リアはただ油断していただけだ。本気で戦えば、貴様を倒すことなど造作もない。無論それは、私も同じだ」
ニヤリと、セレスティアさんは笑う。それは多分、ハッタリでもなんでもない。彼女は確信している。自分とこの男には明確な戦力差があるということを。
私は男に視線を移す。表情が険しくなったのは明白だ。男にはもはや先ほどのような余裕は存在していないようだった。
「来ないなら、こちらからいかせてもらう」
そう言って、セレスティアさんはワンドを構える。すると、次の瞬間男は踵を返した。
「逃げるつもり!?」
男はスリの男と同時に走り出していた。
「逃がすか!」
セレスティアさんがその背中に向かって叫ぶ。しかし、それを悟ってか、男は走りながら私たちに向かって手をかざした。
「きゃあああ!?」
私たちの前の地面が突如として爆発を起こした。そして、辺りは一面砂埃にまみれてしまった。
「目潰しのつもりか!?」
靄の中からセレスティアさんの焦る声が聞こえる。そして同時に、何か光るものが飛んでいくのが見えた。どうやら、セレスティアさんが敵に向かって魔術攻撃を行っているようだ。だが、これだけ視界が悪くては当たるものも当たらない。
男たちの足音が遠ざかる。
「ま、待て!」
彼女が尚も叫ぶ。でも、その声は恐らく私にしか届いていない。男たちとの距離はもはや埋めようのないものへと変わっていた。
だけど、次の瞬間だった!
「うわあああ!」
「なんだお前!? や、やめ……うげっ!」
「「!?」」
突如として遠方にて響く男たちの悲鳴。煙が晴れ、私とセレスティアさんは同時に顔を見合わせる。どうやら彼女も何が起こったのかわからないようだった。
男たちの声が完全に聞こえなくなると、今度はこちらに向かって足音が向かってきているのが分かった。それと同時に、何かを引き摺るような音がしていることも分かった。そしてそれからすぐに、その音の主が私たちの前に姿を現した。
「お、女の子……?」
「何者だ……」
現れたのは、フード付きのローブのようなものを羽織った人物だった。その表情をはっきりと見ることはできないけれど、それがさっきの二人とは対照的な、少し華奢な女の子であることは理解できた。
彼女は私たちの近くまで接近すると、その両手に持っていた気絶しているであろう男たちをゴミでも扱うかのように投げ捨てた。
「欲しいのはこいつらでいいかしら?」
彼女は弾んだ声で私たちにそう言う。それはまるで、友達にでも話しかけているくらい軽いトーンだった。
「私の質問に答えなさい。あなたは一体何者なの?」
「なによ、せっかく捕まえてあげたってのに。こういう時は、先にお礼を言うものじゃないの?」
セレスティアさんの警戒心むき出しの応対に、彼女は機嫌を損ねたようだ。私は堪らず声を上げた。
「あ、ありがとうございます! その人たちを、捕まえてくれて」
私は取りつくろうように彼女に頭を下げた。
「あら、こっちの子は随分と素直ね。で、あなたはどうなの?」
「セレスティアさん、せっかく捕まえてくれたんですから、お礼は言った方がいいですよ」
囁くように、私はセレスティアさんに言う。するとようやく、
「犯人の逮捕に協力いただき、感謝する……」
事務的ながらも、彼女はフードの少女に礼を述べた。
「初めからそう言ってくれればいいのよ。それじゃね」
「あ! ちょっと待ってください!」
「何?」
「どうして、その人たちを捕まえてくれたんですか?」
「通りがかったら、あんたの財布をそっちの男がスッているのが目に入ったのよ。それでこっそり追いかけてみたら、随分と苦戦している様だったから、助けてあげたってわけ」
「だ、誰が苦戦など!」
少女の言葉に、セレスティアさんが過剰に反応する。
「一々うるさいなぁもう……。あんたじゃなくて、そっちで倒れてる子よ。あんまり余裕ぶってるから危ないなあって思っただけよ。実際、危なかったのは確かでしょ?」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「話はそれだけよ。あたし忙しいから、それじゃあね」
少女が踵を返そうとする。
「待て! そんなことよりお前は何者だ!? なぜ顔を見せない? もしかして、テロリストの一味じゃないだろうな?」
「ちょっと! いきなり何言い出すんですかセレスティアさん!? 助けてくれた人をテロリスト呼ばわりなんて!」
「ハルカ、あなたにはまだ伝えていませんでしたが、わが国では現在テロが頻発しているのです。狙いは、我が国と敵国プレセアとの和平交渉の妨害です。いつどこにテロリストが潜んでいてもおかしくはないのです」
そう言って、セレスティアさんは再び少女に向き直る。
「アルカディア王国の防衛を任されている身として、怪しい人間を野放しにすることはできない。悪いが、ちょっと来てもらうぞ。もし何もなければすぐにでも釈放しよう」
セレスティアさんが手を伸ばす。その間に、私は思わず割って入った。
「待ってください! 人には人の事情があります! 顔を見せられないのにも理由があるかもしれないじゃないですか!」
「ではどんな理由がありますかハルカ?」
「えっと……」
言っておきながら思わず口ごもってしまう。女の子が顔を見せたくない理由とはなんだろうか?
「ほら見なさい。理由など一つです。私に顔を見られては今後の活動に支障が出るから、これ以外考えられません。ハルカ、そこをどいてください。いくらあなたの頼みでも、聞けることと聞けないことが……」
「あ、ありますよ他にも! きっと、そうだ! きっと目の下にクマができているからです!」
「は?」
セレスティアさんはあからさまに怪訝な表情を浮かべている。でも私はめげない。だってもし、朝起きて顔が最悪だったらその日は外に出たくないくらい憂鬱になるものだもの! それは年頃の女の子ならきっと共通していることのはずだもの!
「それか、きっとコンタクトの買い置きがなくて、昔使ってたダサい眼鏡を掛けざるを得なかったのかもしれません! それか、日ごろの寝不足がたたって、顔におっきなニキビができているのかもしれません!」
「えっと、ハルカ……」
「とにかく! とにかく、女の子には顔を晒せない時があるものなのです! だからセレスティアさんはこれ以上この子に顔を晒せと迫るのはやめるべきです! それに、人助けをしてくれるような優しい人をテロリスト呼ばわりすることも許しません!」
「で、ですが、ハルカ!」
「ですがではありません! セレスティアさんさっき言いましたよね? 私が勇者になったら、あなたは私の部下になるのだと。私は勇者になります! 今決めました! だから、私の言うことには従いなさい!!」
「そ、そんな!」
セレスティアさんの顔に絶望が広がる。でもやめない! 無理にでも納得してくれるまで私はやめない!
「私はこの世界の勇者になる人間です! 規律を重んじるあなたが、勇者に従わないおつもりですか!?」
「ぐ、ぐぬぬ……。わ、分かりました、あなたには、従います……」
「わ、分かればよろしいんです! ほら、早く犯人を護送してください!」
私の命令に、セレスティアさんは実に不服そうな表情を浮かべていたが、しばらくして諦めたのか、何やら誰かと通信を行いだした。恐らく、誰か仲間を呼んでいるのだろう。
しばらくして、私の中に後悔の念が押し寄せてきた。だけど、何もかも後の祭りだ。会って初日の人を怒らせてしまった以上、きっと私はもうここにはいられない。一体何をやっているんだと、私は思わず泣きそうになった……。
「えっと、ねえあんた」
「へ……?」
「あの、助けてくれてありがとう。何か、迷惑かけちゃったみたいね……」
「い、いや、助けただなんて、助けてもらったのはこっちですから」
「……あんた、もしかして勇者なの?」
「へ? ええ、まあ……。まだ正式になったわけじゃありませんけどね」
と言っても初日からこの大失態だ。果たして本当に勇者になれるかはわかったものじゃないけれどね……。
「そっか、あんたが勇者なんだ……」
「なんですか?」
「何でもないわ! とにかく勇者さん、助けてくれてありがとう。それじゃ、あたし行くわ」
「あ、待ってください!」
去りゆく彼女を必死に呼びとめる。すると、彼女は首を回して尋ねた。
「何?」
「ハルカです! 私の名前は、ハルカって言います! あなたの名前は何て言うんですか?」
そう尋ねると、彼女は答えづらそうに下を向いてしまった。
「ご、ごめんなさい、答えづらいこともありますよね。嫌なら無理しないでも……」
「フィオナ」
「え?」
「あたしの名前。あ、あたし、実は地方巡業中のアイドルだから、フルネームは秘密なの」
彼女、フィオナはニシシと笑う。
「フィオナ……。かっこかわいい名前ですね!」
「あ、ありがとう」
「アイドルじゃあ、顔とか見せちゃうと騒動になっちゃいますもんね。まったく、テロリストなんてとんだ見当違いですよ。人はそう簡単に疑うものじゃないですよ」
「そうね……」
と、気付くと、近くにはセレスティアさんの姿がなくなっていた。ついでに犯人の姿もなく、リアさんと私だけが取り残されていた。
「もしかして、私置いてかれちゃったのかな……。大変だ、追いかけないと!」
「待って!」
走りだそうとする私の手を、フィオナが掴んでいた。
「どうしました?」
「もし、良かったら、一瞬だけ顔、見せてあげる……」
「ホントですか!?」
「あ、あんまり期待しないでよ! 別にあたし顔に自信あるわけじゃないから」
そう言って、フィオナは恥ずかしそうに、顔を覆っていたフードを取り払った。
そこには、肩ぐらいの長さのブラウンの髪の毛を可愛らしいリボンで左右で結んだ、可愛さの中にもかっこよさを含んだ美少女の顔があった。
私は思わず目眩に襲われた。だって、セレスティアさんたちも大概美少女だけど、更にその上を行く私の理想形がそこにいたのだから。
「か、可愛いじゃないですか! 何が期待しないでよ、ですか!?」
「か、可愛い!? そ、そんなわけないでしょ! はい、もうお終い!」
顔を真っ赤に染めたフィオナがまたフードを深々と被ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください! まだじっくり見てませんよ! もっと美少女を堪能させてください!」
「め、目つきがいやらしいっての! じゃああと一回だけよ! 一回見たらもう絶対帰るからね!」
そしてフィオナは言った通りまたフードを外してくれた。私は、彼女が照れてフードをすぐに被らないように、じっくり心行くまでその美少女っぷりを見つめていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます