第2話 ハルカ、アルカディアに立つ!
「ハルカ、ここがアルカディア王国の首都、セオグラードです」
セレスティアさんの言葉を合図に、私は目を開いた。
「うわぁ、綺麗……」
目の前に広がっていたのは、黄緑色の屋根が特徴的な家々が広がる、統一感のある街並みだった。それはまるで、古の歴史を残すヨーロッパの都市の景観のような優雅さがあった。
「素敵な街ですね、セレスティアさん」
「そう言っていただけて光栄です。あ、あとハルカ」
「なんですか?」
「私のことは呼び捨てで結構ですよ。もしあなたが勇者になったら、私はあなたの部下になるのですから」
"勇者"という言葉に、心臓がドキリとした。確かに彼女にアルカディアを見せて欲しいとは言った。でも、まだ勇者を引き受けるかどうかは決めかねていた。
困っている彼女を見捨てるのは気がひける。でも、ことがことだ。こんな重大なことを、一時の感情で決めることはできない。
「もしそうだとしても、私はあなたをそういう風に扱ったりはしませんよ」
「でしょうね。まぁそれはそれとしても、私はあなたには是非呼び捨てで呼んでいただきたいと思っていますよ」
彼女は私に可愛らしい笑顔を向けた。私はその笑顔はずるいと思った。私は女だけど、可愛いものは可愛いのだ。そんな笑顔を向けられたら、うっかり簡単に勇者を引き受けてしまいかねない。
「そうだ、これから街の案内をさせていただくにあたって案内人を連れて来ましたので、早速お呼びしてもよろしいでしょうか?」
「え? 案内人、ですか?」
「はい。私は基本、城内での仕事が多いものですから、あまりこの街の細かいところまでは詳しくないのですよ」
なるほど、それで助っ人を、ということなのか。私は特に何も考えずに頭を縦に振った。
「それではお呼びしますね。リア!」
「はいはーい!」
ハイテンションな返事と共に現れたのは、
「はーい、ハルカ! ワタシの名前は、リア・ヴァインベルガーと申しマース! よろしくお願いしマース!」
片言の言葉を話す背の高い女性だった。
彼女は上は白っぽいキャミソールにアームカバー、下は黒のミニスカートのヘソ出しルックに、長い足を強調するような黒色のニーハイと、なかなかに刺激的な格好をしている。
そして髪型は艶やかな茶色のロングヘアーと、とにかく目立つ容姿だった。
私はその見た目と雰囲気に圧倒されていたが、「ハルカ」と私を呼ぶセレスティアさんの言葉で我に帰ると、ようやく惚けた顔を正して応えた。
「こちらこそよろしくお願いします、リアさん。私は一ノ瀬遥と申します。今日は1日、よろしくお願いします」
「おー! 丁寧な挨拶ありがとうございマース! 可愛い上に礼儀正しいのですネ、ハルカは!」
「か、可愛いだなんて、あなたの方がよっぽど可愛いですよ」
私は思ったままそう言った。すると、
「うー、もう我慢できまセーン!」
「きゃあ!?」
リアさんが私に思い切り抱き着いてきたのだ! 不意打ちだったせいで、私はその場に倒れこみ、リアさんの下敷きになってしまった。
「ちょ、ちょっとリア! いくら可愛い子に目がないからっていきなり過剰なスキンシップはやめなさい! このままだとハルカが潰れてしまう!」
セレスティアさん、申し訳ないけどもう潰れております。しかも、私の顔に2つのおっきな膨らみが押し付けられて窒息寸前です。あー、もしかしてこれは胸の小さい私に対するとんでもない皮肉なんじゃないだろうか? 貧乳が巨乳に圧死させられるなんて、どんな嫌な死に方なんだろうか?
「おー! やりすぎてしまいましター! 大丈夫ですカ!?」
「フィジカル的にもメンタル的にもダメージが大きいです……」
「ああ、ハルカ! そんなに痛かったのですか!? ヒールを施しますので痛いところを言ってください!」
大慌てのセレスティアさん。でも申し訳ない、私の痛みは簡単には癒せないと思います。私の胸部が大きく成長でもしない限りは、ね……。
と、ふざけるのもその辺にして、そろそろセオグラードを案内してもらうとしましょう。
「まずここが武器屋デス。街の外は非常に危険デスから、旅行者は必ずここで武器の調達をしていきマス。ちなみにワタシは魔術師なので、ロッドを装備していマース」
そう言って、彼女はどこからか黒色の杖のようなものを取り出した。
「これの名前はディートリントといいマス! 得意な攻撃は炎の魔術デース!」
リアさんは悪戯っぽい笑顔で、杖の先から軽く炎を発射させてみた。でも、その程度であっても私は初めて見る魔法に驚きを隠しきれなかった。
「す、凄い……」
「新鮮な反応、ありがとうございマース!」
「リアはアルカディア王家の王女シャムロック・ルツ・アルカディア様の親衛隊に所属しているのです。彼女は親衛隊の中でもかなり高い魔力を誇っていますよ」
「へぇ……」
アルカディアをこの目で見た今でも、まだ魔力という存在を実感できてはいなかったのだけど、実際に魔術を使う人を目の当たりにすると、さすがにもう彼女らの言っていることに疑う余地がないことはよくわかった。
もし、私が勇者になれば、彼女らと同じく武器をこの手に取るはず。そうすれば、否が応でも私は戦いに身を投じていくのだ。
「ハルカ? どうされました?」
「え?」
「何やら顔色が冴えない様ですが、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫大丈夫! ちょっとビックリしただけだから」
私は、セレスティアさんにこの手の震えを悟られまいと強がってみせた。
私は怖かったんだ。今は優しそうなこの二人も、いざ戦いになればきっと容赦なく敵を攻撃するはず。リアさんが本気を出せば、きっと人一人を焼き殺すことなど造作もないことだろう。
そんな力を、私も手にするのだろうか? 正しいことに力を使うのだとしても、相手にも命がある。その命を奪うことが正義なのだとしたら、私は耐えられるだろうか?
「ささ! 武器屋はこの辺にして、次はアイス屋さんに行きまショウ!」
私の暗い考えを吹き飛ばすかのように、リアさんはそう宣言した。
「へ? アイス屋さんって……?」
「その名の通りデース! このセオグラードの観光名所に案内するのデース!」
「ハルカ、この国、アルカディア王国は畜産が盛んな国でして、セオグラードの名産は牛乳なんです。その牛乳を原料にしたソフトクリームがこの街では大人気なんですよ」
「ソフトクリームかぁ……」
さっきまでのシリアスシンキングはどこにいったのかと言わんばかりに、私の頭の中はソフトクリームで一杯になっていた。きっと異世界では私の好きな食べ物などほとんどないだろうと思っていたのだけれど、早速馴染みの食べ物が食べられるとあれば是非とも食べたいところだった。
「あの、ハルカ、涎(よだれ)が……」
「……え? はっ! しまった!」
「Oh! もしかして、ハルカもソフトクリームが大好物なのですカ?」
「い、イエス! ソフトクリーム私も大好きネー!」
「ハルカ! 口調がリアのようになってますよ!」
「構いまセーン! それではセレスティアさん、リアさん、早速行きまショーウ!」
「ハ、ハルカが壊れていく……」
頭を抱えるセレスティアさんを後目(しりめ)に、私たちは足取り軽くアイス屋さんを目指した。
「ソフトクリームは一個五ディナルですネ!」
「ディナル? ディナルって、日本円に換算するといくらなんですか?」
「一ディナルが日本円だと二十円くらいですね」
「ってことは、ソフトクリームは一個………………百円ってことですね!」
「随分と時間がかかったような気がしマース……」
「ギクッ!」
「ははは、仕方ありませんよ。なにせハルカの数学の成績は……」
「うわああ! それ個人情報ですから! 簡単に暴露とかしたら私許しませんからね!」
私は得意げに私の秘密を明らかにしようとするその口を両手で塞いだ。
「ヘーイ! じゃれるのはいいデスけど、そろそろ買っちゃいまショー!」
「ああ、すいません」
私はさっきセレスティアさんからもらった財布をポケットから取り出し、小銭を出そうとした。でも、その時だった。
「いただきー!!」
「へ? ……って、ええええ!?」
「しまった! スリです!」
なんといきなり財布をスラれてしまった!
「リア! 追いかけてください!」
「了解デース!」
指示を受けるや否や、リアさんは猛烈な勢いで加速し、スリの男を追った。
「ボッとしないでくださいハルカ! 追いかけますよ!」
「追いかけると言われても……って馬!?」
振り返ると、セレスティアさんは馬に跨り、私に向かって手を差し出していた。どうやら乗れと言っているようだ。いや、その前に一体その馬をどこで調達したのだろうか聞きたい……。もちろん、そんな暇はないのだけれど。
私は大いなる疑問を内に秘めたまま、馬上のセレスティアさんに向かって手を伸ばした。
「では行きますよ! しっかり私に摑まっていてくださいね!」
「は、はい!」
こうして私たちは、前を行くスリとリアさんを目指して走り出したのだった。
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