第四章 4 ガロウ隊、躍進する

 石畳の王宮前広場は、選抜会に参加する諸部族軍のために開放されていた。

 先に到着した部隊の色とりどりのテントが建ち並んでいて、ガロウたちの一行はその隅っこにようやく場所を確保した。


 もう何日も前から開会を待っているらしい隊の屈強な若者たちが、剣や槍を振り回す手を止め、獲物を値踏みするような眼で傭兵たちを眺めている。

 ガロウの部下たちでさえ、それを感じてぎこちない手つきで荷をほどいた。


「何かわかったのか?」

 参加の申請を済ませてもどってきたガロウに、ダブリードがたずねた。

「募集の名目は、やっぱり緊急増員となってるだけだ。任務の内容まではわからない。耳にした話では、帝国軍の大集結がらみじゃないかってことだ」


「大集結だと? スピリチュアルのやつら、いよいよ北方王国へ攻め込もうってのか?」

 傭兵たちは緊張の面持ちになった。

 人目や集落を避けて逃げ回ってばかりいたために、もっとも肝心な情報にまでうとくなってしまっていたのだ。


「まさか王国の中まで侵入されるとは思えないが、警戒のために国境を固めとく必要はあるだろうな。そのための増員だろうって、もっぱらの噂だ」

「しかし、それなら、なぜ募集している三〇騎隊が一隊だけなんだろう……」

 ゴドフロアが、いぶかしげに横から口をはさんだ。

「いざ本当に戦いとなれば、兵員はいくらでも欲しい。追加召集して正規軍に組み込めそうな三〇騎隊がどれほどあるか、予測をつけとく意味合いもあるのかもしれん」


「で、ほかの隊の様子はどうだ?」

 選抜会にはガロウとともに何度も出場した経験があるらしいバルクがたずねた。

「こんな時期の募集だから参加数は多くないが、今回は優勝しなけりゃ意味がない。数は問題にならん。おれの見るところ、強敵は二隊だな。いちばん手強そうなのが、王都守備隊の常連であるトゥランの部隊。主力のケガで今年の大選抜会は敗退したが、次の大会に向けて巻き返しをはかっているという。きっと準備万端だろう」


「もうひとつは?」

「新顔さ。遊牧民じゃない。武術学校のモルガーとかいう指導教官が、王都の荒くれ者を集めて鍛え上げたっていう部隊だ。個人技には相当自信があるらしいぞ。その寄せ集め連中がいたおかげで、おれたち混成部隊の参加もあっさり認められたんだ」


 選抜会の前日にやっと到着したゴドフロアたちは、その程度の情報だけを頼りにして本番に臨まなければならなかった。


 翌朝、北方独特の装飾的な文字で入り口に『勇者の門』と書かれた暗くて長い通路を騎馬で抜けると、突然、洪水のような無数の拍手と歓声が沸き起こって戦士たちの隊列を迎えた。

 王宮の中庭は巨大な闘技場になっていたのだ。


「すげえ……街じゅうの人間が集まってきたみたいだ!」

 パコが眼を輝かせ、ぐるりと取り囲んでそびえ立つ観覧席を見回した。

 楽に万を超える人々が観戦に駆けつけていた。

「こ、これじゃまるで、おれたちは見世物じゃねえか」

 ディアギールが腹立たしげにガロウに食ってかかった。

「戦士が敵との戦いに血をたぎらせるのと同じさ。北方王国の民にとっては、選抜会で死闘をくりひろげるおれたちの姿を見物するのが最高の娯楽なんだ。新年の大選抜会となったらもっとすごいぞ」


 ガロウの部下たちは、大観衆の歓呼に応えてこぶしを高く突き上げた。

 それは他の隊も同じで、当惑しているのは傭兵たちだけだった。


「これくらいで怖気づくなよ。最初は個人戦だ。何より冷静さがものをいうぞ」

 ゴドフロアが、いつもの減らず口が出てこないゴールトの肩に手を置いて、耳元に励ますようにささやきかけた。


「そうだ。おれたちは、ただ数合わせのために連合したわけじゃない。混成軍の利点を最大に活かして戦うんだ」

 ガロウのその言葉は強がりではない。

 とくに個人の技量を競う個人競技では、急造の仲間同士で連携を取り合う必要はなく、かつ、それぞれが特長のある得意技を持っている傭兵の力を示すには絶好の機会だった。


 個人競技はいわば予選に当たる。

 各種目ごとに部族から三人ずつの代表を出し、各人の順位によって与えられる点数の合計で決勝トーナメントへの進出部隊を決定するのだ。


 ムチ、投げ縄といった北方独特の競技はガロウの部下たちにまかせ、傭兵たちは、槍投げ、ナイフ投げ、射撃、弓術といった種目に一人ないし二人ずつ交じって出場した。

 実戦にはさまざまな障害や悪条件がつきものだが、ここでは静止した的に神経を集中するだけでよく、会場の雰囲気にもすぐに慣れて力を発揮しはじめた。


 強敵はやはり、選抜会を想定して各専門の練習を重ねてきた武術学校隊だった。

 観客には街の顔なじみも多く、登場するたびにひときわ大きな声援を浴びた。


 傭兵たちは最初、南部人の風貌と専用の武器のもの珍しさで人目を引いたが、しだいにその実力がかなりのものであることが観客にもわかってきた。

 とくに、弓術に出場したパコが見せたクロスボウによる百発百中の神業には、観衆が総立ちになって歓声をあげた。

 パコは得意そうな若々しい笑顔で応えた。


 緊張ぎみだったゴールトも三回の槍の投擲をすべて的に当て、そればかりか、ただ一人ど真ん中にみごとに命中させてみせた。

 その他の傭兵もすべて六位以内の入賞を果たし、貴重な得点を部隊にもたらした。


 傭兵が加わった分、ガロウはそれぞれの技にいちばん長けた部下だけを選んで出場させればよく、相乗効果を生んでさらに好結果につながった。

 戦前の評価ではほとんど問題にされていなかったガロウ隊だったが、終わってみれば僅差の三位に食い込み、決勝への進出を決めたのだった。


 勝ち残ったのは四部隊。

 予想どおり一位がトゥラン隊、二位が武術学校のモルガー隊だった。


 決勝トーナメントは、いよいよ実戦さながらの騎馬戦となる。

 各部隊から二〇騎ずつを出して戦い、相手の旗を先に奪ったほうが勝つ。

 まず二位と三位が対戦し、その勝者が次の一位対四位の勝者と決勝戦を行うという方式だった。


 予選で敗退した部隊の引き上げや会場の再設営のために、トーナメント開始までしばらく時間があった。

 決勝に残った四部隊はそれぞれ、さしわたし百メートルくらいもある円形闘技場の四隅に陣取り、作戦を確認したり気合を入れ合ったりしている。


「旗はゴドフロアにあずける。傭兵たちは背後に回り込まれないように壁際からけっして離れず、旗を死守するんだ。いいな?」

 ガロウが、青い色の旗をゴドフロアに手渡しながら言った。

 その作戦がもっとも理にかなっていることは疑いなかった。


〝三〇騎隊〟は、全員がどれかの競技に最低一回は出場しなければならない。

 個人戦に出なかった者は、トーナメントに進出した場合にはかならず騎馬戦に出ることになる。


 ゴドフロアとダブリードはガロウの年若い部下と遜色ないくらいに馬を乗りこなせるが、残りの傭兵が騎馬で機敏に戦闘参加するのは無理である。

 ましてや、ガロウたちが大鹿狩りで見せたような一糸乱れぬ動きには、ゴドフロアでもとてもついていけそうにない。

 足手まといになりたくなければ、動かずに旗を守っているしかない。


「それと――」

 ガロウは、ゴドフロアにむかって言いにくそうにつぶやいた。


「その娘を背負ったままで戦う気か?」

 ゴドフロアは、当然だというようにうなずいた。

 マチウはカゴから顔を出して得意そうに旗を振っている。

 それを眼にした観衆は驚きの声を上げたり、思わず微笑んだりしている。


「だが、敵は娘をめがけて殺到してくるんだぞ。どんなことが起きるかわからん。それでもいいというのか?」

「心配するな」

 短く言って、ゴドフロアはためらいもなくもう一度うなずいた。


 静まりかえった闘技場に、ついに戦闘開始のドラが鳴り響いた。

 と同時に、両軍はどちらからともなくゆっくりと右回りに動き出した。

 全員が、布を何重にも巻いた同じ長さの木剣を手にしている。

 無用な負傷者を出しては選抜会の意味がなくなる。

 それと公平を期すために、主催者側から支給されたものである。


「ゴドフロア、合図するまで離れずついて来いよ」

 ゴドフロアには、ガロウの目論見がほぼ読めた。

 騎馬兵たちは、ガロウに合わせて自在に速度を変えた。

 モルガー隊はそのたびにわずかずつ足並みが乱れる。


 さらにガロウ隊は、ときどき数騎が中央に飛び出すような動きを見せて牽制する。

 相手は思わずその動きにつり出されそうになり、馬体同士がぶつかるなど、さらに隊列は混乱して間延びした。

 馬に乗り慣れない都会者の集まりでは、人馬一体となった騎馬民族の動きには楽についてこられないだろうと、ガロウは敵を翻弄する作戦に出たのだ。


 ガロウは約束の合図も忘れていきなり突撃を開始した。

 部下たちも、一瞬の遅滞もなくいっせいにそれにつづく。

 彼らの騎馬は、相手の隊列にむかって偃月刀を振り下ろすかのように、きれいな一列縦隊を形づくって斜め前方から斬り込んだ。

 モルガー隊はたちまちぶざまに真っ二つに分断された。


 すると、次には当然旗を守っているほうへ殺到するものと思われたが、ガロウはまたもや意外な行動に出た。

 彼らが襲いかかったのは、マチウの旗を狙う攻撃隊のほうだったのである。

 闘技場の中央へ逃れた敵を、こんどは輪のようにぐるりと取り囲み、猛スピードで駆けながら攻撃を加えはじめた。


 鋭利さのない木剣では、止まって振り回してもさほどの打撃は与えられないが、そこに疾走する乗馬の速度を加えれば、何倍もの威力を発揮するのだ。

 ガロウたちは、乗り手だろうが馬だろうがかまわず、勢いにまかせて殴りつけた。

 敵軍の主力はみるみる無力化されていった。


 旗を守る残り三分の一ほどの敵軍は、ガロウたちの速攻にたじろぎ、呆然となって手出しできずにいたが、旗を持つモルガーがハッと眼が覚めたようにこちらをふり返り、なにやら大声を上げた。


「来るぞ。こんどはおれたちが突撃する番だ」

 ゴドフロアが落ち着きはらった声で言った。

「な、なんだって! だけど壁に張りついていろって……」

 ディアギールが声を裏返らせた。


 敵の残りは、同じく旗を守るゴドフロアたちが自分たちの半分ほどの人数しかいないことに気づいたのだ。

 勝負は旗をどちらが早く取るかで決まる。

 形勢逆転は不可能でも、旗さえ手に入れれば勝ちだ――そう思い定めたモルガーが指示を出し、味方がやられている横を迂回すると、一目散に壁際の傭兵たちめがけて突進してきた。


「心配するな。馬をまっすぐ走らせるだけでいい。一瞬でかたがつく。行くぞ!」

 ゴドフロアが先頭を切って駆け出すと、ダブリードがすぐにつづき、ディアギールやランペルもあわててその後ろに従った。


「マチウ。もう一本取ってやろう。けっして落とすんじゃないぞ」

 ゴドフロアが言うと、背中でマチウがうなずく気配がした。


 双方の距離はあっという間に縮まっていく。

 旗手同士が正面から激突しそうな派手な展開に、ガロウたちの奇策に興奮していた観衆が新たな歓声を上げる。

 ガロウたちもこちらの動きに気づいたが、もう手出しはできない。


 ゴドフロアは剣を振りかざさず、後ろに隠すように引いておき、駆け抜けざまに太くて長い腕を利してまっすぐ差しのばした。

 剣先は猛烈な勢いで旗手の眼前に迫り、その胸板をドンッとひと突きした。


 モルガーの身体は馬の背からむしり取られたように後方に吹っ飛び、それと同時に赤い旗が首筋から抜けて宙に舞った。

 マチウがカゴの中から伸び上がり、ちょうど頭上に来た旗の柄をパシッとつかんだ。


 敵を左右になぎ払いながら追っていたダブリードがそれを見届け、剣を高々と突き上げて勝利の雄叫びを上げた。

 とたんに観衆は全員総立ちになり、割れんばかりの大歓声が広い闘技場をどよもした。


 ガロウ軍の完勝だった――。

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