第五章 5 探しものの行方

「聞きたいのは、ある傭兵のことについてだ。それと、その前に傭兵そのものについて知りたい。今まで私たちは傭兵というものを頭から軽蔑するあまり、彼らのことに無関心すぎた」


 ロッシュは率直に尋ねた。

 これまでの話を聞いていて、デュバリにへたに虚勢をはることは無意味だとわかっていた。


「傭兵は、俺があやつってきた情報の中で最大のものだな。金で雇われて戦う兵士と簡単に言うが、忠誠を誓った正規兵を多数かかえるのはフィジカルのどこの国だろうと大変なことだった。数の上ではそうした常備軍の半分にも満たないが、戦場の最前線で戦うのは傭兵のほうがむしろ多いくらいで、その優劣が勝敗の大きなカギを握っていたのだ。傭兵にもいろいろあって、得意とする武器の種類から、戦闘能力、闘争心のあるなしも大きいし、それにランクづけもあった」


「傭兵のランクとはどういうことだ?」

 ツェントラーが興味深そうに口をはさんだ。


「昔から推薦状というしきたりがあった。報酬のほかに、いい働きをした傭兵には次の仕事にありつくのに有利になるようにと、雇い主が推薦状を書いてやっていたのさ。報酬の額は契約のときに決まるから、放っておけば手を抜くやつや命惜しさに途中で逃亡する者もいる。だから、金は前金と後払いの二回に分けて渡すのがふつうなのだが、推薦状にはさらに報奨金というものがつく。傭兵はそれを目当てに懸命に戦うわけだ」


「では、渋って推薦状を出さない雇い主もいただろう」

「もちろんさ。だが、推薦をケチるようなやつには悪い評判が立つ。次の機会にはろくな傭兵が集まらないことになる。負けたほうの雇い主だって、少々無理してもいくらかの推薦状はかならず出したものだ」

「なるほど」


「俺はそれに手を加えて、獲得した推薦状の枚数と、そこに記された報奨金の額で傭兵をランクづけしたんだ。これが評判を呼んでたちまち広まった。雇う側は、最高ランク何人、第二ランク何人と周旋屋に注文すれば、頭数だけでなくバランスのとれた傭兵部隊を編成できる。ランクは報酬の額を決める目安にもなるから、予算も立てやすくなるってわけさ」

「傭兵のほうも、ランクを上げたい一心でつねに真剣に戦おうとするだろうしな」


「そういうことだ。俺は、傭兵どもに統一した書式で登録させ、各地の周旋屋に一覧表にして定期的に配っていたんだ。大陸じゅうから必要に応じていくらでも傭兵を集められるし、傭兵にすればどこにいたって自分にふさわしい仕事にありつける。なかなかうまい仕組みだろう」

 デュバリは自慢げにツェントラーを見上げた。


「おまえはそいつを使って、雇い主と傭兵の両方から手数料をかすめ取って肥え太ってきたってことか」

「需要と供給の問題さ。需要があったからもうかった。つまり人の役に立ったってことだ」


「それがフィジカルの支配者の没落を早めたのも事実だぞ。情報がすばやく浸透していくようになって、勝てそうもない戦いには傭兵が集まらなくなった。だからわれわれは、手薄なところからつぎつぎ攻め落としていけばよかった」

「そうか。おまえたちの制覇にいちばん貢献したのは、なんのことはない、この俺だったってことだな」

 デュバリは冗談のように言って笑った。


「で、俺に聞きたい傭兵ってのはだれのことだ?」

「ゴドフロアという男だ。知っているか」

 ロッシュはあらためて質問した。


「ああ。傭兵としては、一〇……いや、五本の指に入るだろう。かつて、七つの技をあやつって無敵と恐れられた傭兵クルテアや勇猛で名高かったクリムセルドの聖騎士隊長ドゥグランを倒したこともある。最高ランクの一人だ」


「どんな男だ?」

「でかい戦場剣を平然と振りまわす剛力の戦士だ。自分勝手な戦い方はしないし、報奨金の額でもめたとも聞かない。雇い主の評判はずば抜けてよかった。ただ、仕事の選り好みをするところがあった。戦場の寸前まで来て、契約を一方的に反故にしてプイと立ち去ったりするものだから、やつを主力にすえる予定が狂って大あわてした国もあったな」


「その男は何が気にくわなかったのだ?」

「盗賊まがいの一方的な略奪戦争だったり、一般の民衆への攻撃だったりする場合らしい。そういうところさえなければ、おそらくランクはトップだったろう。あとは、スピリチュアル相手の戦いとなると、とくに勇猛果敢な戦いぶりを見せたという。そういえば、スピリチュアルが一気に制覇にむかって怒涛の進撃を開始したのは、ちょうどゴドフロアの行方がわからなくなった時期と重なるな。あいつがいてくれれば、キールだってもしかすれば持ちこたえられたかもしれん。それくらい伝説的な男だった」


 その時期には、まさにゴドフロアは捕虜になって、ここと同じようなブランカの独居房に閉じこめられていたのだ。


「では、ゴドフロアは行方不明のままなのか?」

 ロッシュは、それがもっとも知りたい点だとデュバリにさとられないよう、さりげなく声の調子を落として尋ねた。


「どうなんだろう……」

 デュバリは首をひねった。

「キールが落城してからは、俺もおおっぴらに商売がやりにくくなった。傭兵狩りなんていうろくでもない通達が出る前から、スピリチュアルに知られるのを恐れて登録をしない傭兵の割合も増え、前のようには全体を把握しにくくなっていたしな。だが……」


「だが?」

「情報網のほうに引っかかってきた噂がある。ある戦場に、やつを思わせる剛力の大男の傭兵が現れたというのだ。ゴドフロアと名乗る者がいるという別経路からの情報もあった」


「それは、キールが落城してからのことなんだな?」

「ああ。しかし、この世界には、名の通ったやつのフリをしていい条件で仕事にありつこうとするやつはいくらでもいる。それに、独立独歩だった以前のゴドフロアとは、明らかに違った特徴があるのだ」


「というと……」

「まず、相棒がいるというのがいかにもやつらしくない。丸刈り頭の長身の男だという」


 ロッシュの脳裏に、カナリエル追跡劇の光景が鮮やかによみがえった。

 盗賊団の先頭に立って馬を駆けさせていたのは、まさにそういう男だった。

 しかし、捕らえた盗賊の尋問によれば、あの男は首領である兄をゴドフロアに殺され、復讐に怒り狂って彼らの後を追っていたのではなかったか……。


「それと、なんだか知らないが、背中にいつもかごのようなものを背負っているというのだ。戦うときにもけっしてそれを離そうとしない、と。はたしてそいつが本物なのかどうか……俺にはさっぱりわからん」


 だが、ロッシュは、それがまちがいなくゴドフロアだと直感した。


 ロッシュの記憶の中のゴドフロアは、つねに黒い布に包まれたカプセルを背中にくくりつけて現れる。

 カナリエルはカプセルに入っていた幼体の誕生を見届けて亡くなり、ゴドフロアは生まれたばかりのその子を抱えて逃げていった。

 報告では、スピリチュアルに追いつめられ、子どももろとも谷川の急流に転落していったという。


(カプセルがかごに変わっただけだ……そうか、ゴドフロアは生きていたのだ!)


 国境紛争にも水利権争いにも無縁な最南端の小国ベルジェンナでは、傭兵の姿は皆無だった。〝傭兵狩り〟のことは噂に聞くだけで、その実態もわからない。

 ロッシュは行軍の途中で周旋屋のデュバリがキールで投獄されていることを知り、自分が何を求めているのかもはっきりと意識しないまま、彼と面会したい旨をツェントラーに連絡した。


 仮に戦争が起こるとしても、今やスピリチュアルの領国間の交戦になることしか考えられなくなりつつある。

 スピリチュアルに嫌われている傭兵が、そこに割って入る余地はほとんどないだろう。


 あの男が、どこで、どうやって生きていこうとしているのか、ロッシュにはまるで見当がつかない。

 だが、そうと知るまでは予想もしていなかった、なにかずっと心に重しのように引っかかっていたものがコロリと落ちたような、妙に晴ればれとした感覚があった。


(とにかく生きていたのだ。そして、あの子も……)

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