第3話 お姫様はお城の外に出るものでしょう

目が覚める。大学の学食で美穂と話している夢を見ていた。何を話していたのかまでは覚えていない。ただ、美穂にごめんね、ごめんね、と謝っていた記憶はある。美穂にはこれから謝るんだから、夢の中はいいでしょ。あかりんの夢を見させてください。あかりんが出てくる夢以外は全て「獏にあげます」しておけばよかった。

あれ?なんで美穂に謝るんだっけ。あ、今日学校行かないんだ。あ、今日はあかりんを探しに行くんだ。あ、あかりん芸能活動休止しちゃったんだ。えーっと、整理整理。うん、うん、


うん。



まあ、昨日は少しびっくりしたけど、思い返してみれば、あかりんがお姫様の立場から一旦離れるということは、想定の範囲内に収まること。だってそうじゃない?お姫様がお城の外の世界に憧れるのは当然じゃない。お城の外で何日か平民の暮らしを体験するのは、いわばお姫様の職業体験みたいなものかな。お姫様が一度は通る道。お姫様あるあるなのかな。

ただ、お城の外に出てもいいけど、木こりに憧れちゃダメなの。森に連れられてお城に戻ってこられない。

世の中をあまり知らないあかりんは、悪い木こりにつかまってしまうかもしれない。


「俺、スピリチュアルなもの感じちゃうんすわ。あんたも地球のエネルギー感じてる?」

なんてスピリチュアル男が現れても疑うことを知らないあかりんは、なんかすごいかも、と思ってしまうだろうし、

「俺、今はアルバイトで生計立てているけど、将来は音楽で世界を救うんだ」

なんてバンドマン志望男が現れても、疑うことを知らないあかりんは、本当にこの人の音楽は世界を救うのかも、と思ってしまうだろう。こんな人があかりんを森に連れ去ってしまうかもしれないと考えるとむかむか腹が立つ。しかも、こいつらは本当に木こりのような風貌をしている可能性がある。なぜかはわからないけれどそれにも腹が立つ。

あームリムリ、うちの田丸は、お姫様なんで、というお城の方がいればこんな男、あかりんのそばには近づけないだろうけど、今は違う。あかりんはお城の外に出てしまっている。あーこんな男があかりんに近づいてくると考えるだけで、うげっと思う。あかりんを探しにいかなくちゃ。あかりんを説得しなくちゃ。


でもどうやって?え、決まっているじゃない。あかりんのいる街に行くのよ。あかりんのいる街で偶然会うの。え?ストーカー?ストーカーではないんだけど、そう思われてもおかしくないのかも。誤解が無いように言っておくと、私はあかりんの公開情報をもとにあかりんのいる街の目星をつけただけ。それだと会えなくない?あんた質問ばかりでうざったいね。うーん、物分りの悪いあなたにどういえばいいのだろう。

そうね、私は私があかりんに会えなくても別にいいの。それならば、なぜあかりんを探しにいくの?うーん、難しい質問だね。あかりんを説得する可能性がある人で埋め尽くされているプールがあるとするじゃない?そのプールの中に私は入っている。私は、そのプールに入っている以上、あかりんを探しにいくのがスジってものなの。

あかりんにはストーリーがあって、私はあかりんのストーリーのなかで、あかりんを探すという役回り。あ、あかりんのストーリーの筋書きはこうね。「道を行く人に説得されて、あかり姫はお城に戻る気になった」

誰があかりんを説得したかなんて、あかりんのストーリーには関係が無いの。でもストーリーを成り立たせるためには、プールの中にいる私みたいな役回りの人がサボっていてはいけないの。逆に言えば、プールの中の人がみんなきちんと立ち回れば、あかりんのストーリーは成立する。え?それは必要条件であって、必ずしも逆は成り立たないんじゃないかって?あ、ついでに、なぜあかりんのストーリーを知っているのって質問にも答えるよ。


あかりんはお姫様だから。質問の回答はこんなところかな。


頭のなかの教えてちゃんがようやく黙ってきた。よし、行く支度しよ。まず美穂にメール。

「ごめん、今日学校行けない。」

あ、すぐ返ってきた。

「そうだと思った。出席はなんとかしておくよ。」

美穂にも、あかりんのニュース耳に入ったんだ。あ、もしかして昨日の電話も、私にあかりんのこと教えてくれようとしていたのかな。もしそうだとしたら出なくて正解。

なんで、毎日あかりんのブログをチェックしている私が、ネットニュースを読んだくらいの美穂に、あかりんの情報を教えられなきゃいけないの。そんなの私傷つくに決まっているじゃない。そんなこともわからないの、この、おせっかい。


美穂へのイライラとともに私はデスクトップパソコンの電源ボタンを足で蹴った。いつもより強く押された電源ボタンであったが、パソコンはいつもと同じようについた。デスクトップの背景は、いつもと同じように、あかりんが草原で白いドレスをまとって白い日傘を差しているもの。私もいつもと同じようにルーティンをこなす。

えーと、あかりんブログは、と。更新はない。そりゃそうか。えーと、あかりんツイッターは、と。これも更新がない。そりゃそうだ。

えーと。あかりんのラジオ、『めろめろうさぎ放送局』の3/20日(日)の録音を流す。私は毎朝、一番最近放送された『めろめろうさぎ放送局』の録音を聞き、送るハガキの内容を考えている。あかりんが、すぐに復帰しなかったら送るハガキが何十枚と溜まってしまうなぁ。3/20日(日)の『めろめろうさぎ放送局』の主なトピックは、あかりんが、最近サッカーに興味を持ち始めたこと、あかりんの新曲の紹介、あかりんの母からのメールの話、リスナーのお悩み相談。あかりんが芸能活動を休止する話など全く出てこないし、あかりんもそんなことは全く匂わせてはいなかった。私は既に宛書を済ましているハガキに『あかりん、お姫様、早く帰ってきて。』とだけ書いた。


私は電源ボタンを足の指で押し、パソコンの電源を落とし、ささっと身支度を済まし家を出る。

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