不死者

「ぐぅっ」

 我は即座にベルフェゴンの腕を掴もうとするも、何時の間にか腕は抜けており、頭上から巨大な氷が落ちてくる。

 痛む腹を無視して我は横に跳ぶ。氷は回避出来たが、回避した先には先程まで存在しなかった噴き上がる溶岩がある。

「ちっ」

 我は無理矢理床に踵落としを喰らわし、がりがりと削りながらも速度を殺して寸での所で止まる事が出来た。

 しかし、止まった我の下から闇が噴き上がり、全身が絡め取られてしまう。

 闇を振り払う為に全力で腕を振るおうとするも、光線が我の四肢の関節部分を的確に貫いてくる。

 それの所為で、上手く力が入らず闇を振り払えない。

 くそっ。【停止の魔眼】は至極厄介な物だ。

 時間にして数秒だが、自分だけの時が止まるような感覚は少しばかり混乱を招くな。

 一応、奴の位置や魔法は魔力を感知する事で分かる。

 しかし、分かっていても【停止の魔眼】によって連続で止められたり、我が反応するよりも早くに魔法の構築が終了して解き放たれたりするので対処が遅れてしまう。

 それ故に、我の為す事が全て後手に回り、一方的にやられてしまっている。

 先程まで使っていなかったというのは、力を温存する為か、はたまた使わずとも勝てると踏んでいたのか。

 ……いや、違うな。使えなかっただけか。

 何せ、【否定の魔眼】を持つレイルがいたのだ。【停止の魔眼】を使ったとしても、効力を打ち消されるだけだ。

 今現在、レイルは光の玉を防ぐ為にシェルミナと共に二重の障壁を張っており、未だに障壁内部にいる。

 レイルからは、光の玉によって視界を邪魔され我の姿は見えない。故に、我に【停止の魔眼】が使われている事も気付いていない状態だ。

 なので、【停止の魔眼】はその力を十全に発揮出来る環境となっている。

 このままでは我の敗北は必至か。そうならない為にも……レイルがこちらに気付いてくれるしかない。

 我ながら人頼みとは情けないが、【魔眼】のギフトを所持していない我では【魔眼】相手の対処は出来ない。

 いくらエルダーリッチーと言えども、ギフトの効果はばっちりと効くみたいだしな。

 そう考えていると、今度は手首、足首、肩、股関節を光線で打ち抜かれる。

 これで完全に四肢が使い物にならなくなったな。まぁ、少し経てば完全に再生されるだろうが、その間に我がやられる可能性の方が高いか。

「もう終わりか?」

 ベルフェゴンは闇に囚われ、四肢が動かせない我に心底呆れながら尋ねてくる。

「もうも何も、【停止の魔眼】を使われては我に為す術はない」

「あの時は私が【停止の魔眼】を使っても意にも介した様子ではなかったが?」

「それは貴様が弱体化していたからだ。【魔眼】の有効時間も今よりも短かったのでな。幾分か余裕はあった」

「そうか……」

 目を閉じ、無事な左手で指を鳴らすベルフェゴン。

 すると、我の頭から顎にかけて光線が駆け抜ける。

 視界が真っ赤に染まる。

「魔法使い。どうやら、私はお前に過度の期待を抱いていたようだ」

 更に、右から、左から、前から、後ろから、上から、下から光線が連続で放たれる。我は光線に穿たれ蜂の巣のように穴だらけとなっていく。

 片目を貫き、右の鼓膜が破れ、鼻が抉られる。

 痛みが激流となって襲い掛かってくるが、こうなってもまだ死なないとはな。流石はエルダーリッチー。この程度では死なんか。

 だが、そう長くはないだろう。何処の辺りがデッドゾーンかは分からないが、このままでは確実に消滅するな。

「さらばだ。期待外れの魔法使いよ」

 最後に、我の身体は光の柱に飲まれ、完全に消滅した。

 うむ、肉体は消滅した。

 しかし……どういう訳だ? 意識はこうもはっきりとしている。

 我は死んだと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 別に気付かぬうちにあの世とやらに直行したと言う訳でもない。

 目の前にはベルフェゴンがおり、くるりと踵を返してシェルミナ達の方へと向かって行く様が視界に映っている。

 うむ、これは確実に現実だ。しかし、死んでもこうして魂が現世に留まるとはな……む?

 これは……我を中心に肉が一塊に集まっていく?

 もしかしなくとも……どうやら我の身体は再生を始めたようだ。

 あぁ、そういえば文献に乗っていたエルダーリッチーは、例え肉体を消滅させてもほんの僅かな時間で肉体を復活させると書いてあったな。完全消滅には肉体を消滅させた後に聖属性の魔法をぶつけたとか。恐るべし、エルダーリッチーの不死性及び再生能力。

 つまり、だ。

 この戦いで、我の敗北はあっても死は存在しないと言う事だ。

 何度も肉体を滅ぼされようと、ベルフェゴンは聖属性の魔法を扱う事は出来ない。もし、この場にアリステールがいたとすれば、我は完全消滅に危機に晒されていた事だろう。

 しかし、幸運な事にアリステールは自らベルフェゴン復活の贄となり、消滅した。

 この場で聖属性の魔法を扱えるのはシェルミナとレイルだが、彼女等が我に危害を加える事はしない。我が変な真似をしない限りはな。

 このまましつこいくらいに再生し続けてベルフェゴンと戦っていれば、そのうち奴の魔力は底を尽き、打ちのめす時が来るだろう。

 この勝負は、我にとって少しばかり有利なものだったようだ。

 完全に肉体が再生した我は、我に背を向けているベルフェゴンへと一息に近付き、足を砕く為に下段蹴りをかます。

「ぬっ⁉」

 我を倒したと思っていたベルフェゴンは闇で防御する間もなく、両の足を我に砕かれ、その勢いのまま彼方へと吹っ飛んで行く。

「魔法使い……っ!」

「次は残ったその手だ」

 我は間髪入れずに無事な奴の左手へと拳を放つが、当たる寸前でベルフェゴンの姿が掻き消える。ちっ、【停止の魔眼】を使われたか。

 上からベルフェゴンの魔力を感じたので、そちらを向けば苦々しげな表情で我を見下ろしている奴が飛んでいた。

「……魔法使い。肉体は完全に消滅させた筈だが?」

「生憎だが、どうやら我は肉体を消滅させた程度では死なない身体になっているらしい」

「そうか…………どうやら、私はまたお前を過小評価していたようだ」

 ベルフェゴンは翼をはばたかせ、更に上へと飛んで行く。

「お前への過小評価。そして私自身の慢心と驕りが前回の敗北を呼んだ。今回は慢心も驕りもしないようにしていたが……無意識のうちに驕っていたようだ」

 ある程度の高さまで来ると、ベルフェゴンの十二の翼が蠢き、円を描く。

「認めよう。魔法使いシオン=コールスタッド。お前は正真正銘の強者であると。例え魔法が使えなくともな」

 指を鳴らす。すると、翼で作られた円の中に文字や紋様が描かれていくではないか。

 まさか、魔法陣を描いているのか。

 そして、今描いている魔法陣の図柄……これはっ⁉

「故に、私は全力を持って魔法使い、お前をこの世から消滅させよう。以前私が受けたこの魔法でな」

 我は全力でその場から飛び退く。

 すると、我がいた場所に黒い球体が出現する。

 その球体は一瞬で人間くらいまで大きくなり、一瞬で縮小して痕跡も残さずに消え去る。

 やはり、あの魔法陣は消滅魔法【バニッシュ】だ。

 しかし、我は【バニッシュ】を誰にも伝えた事はない。なので、我以外が使う事は出来ない筈なのだが……。

 ……もしや、ベルフェゴンは解析したのか? 一度喰らった事により、その魔法を構築出来るまでに。

 時間はたっぷりあった。レイルの中に潜んでいる三年と言う月日が、【バニッシュ】の再現を可能にしたのだろう。

 さしものエルダーリッチーも、魂ごと消滅させられれば再生する事は叶わない。

 もし、先程【停止の魔眼】を使われていれば、我は知らぬ間に消滅していただろう。

 ……いや、可笑しい。普通なら今の場面で【停止の魔眼】を使う筈だ。奴は全力を持ってと言った。なら、使わなければ可笑しい。

「ちっ」

 ベルフェゴンは【バニッシュ】が躱されたのを見るや、舌打ちをして視線を我から別の方へと向ける。

「おい、シオネ! 今奴が放った魔法は何だ⁉」

「師匠、無事ですか⁉」

「あれは……掠っても危なそうですね」

 そこには、光の玉を防ぎ切り、こちらにやってきているシェルミナ、レイル、クオンの姿があった。

 どうやら、ベルフェゴンの【停止の魔眼】はレイルの【否定の魔眼】によって打ち消されたみたいだな。

 まだ、我は天に見放されていないようだ。

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